そわそわとした心地の空気
バタバタとしたユマカ祭準備も明日で終わりだ。
昨日から授業は休みになっていて、あちらこちらとせわしなく誰かが走ったり、大声を出したりしている。この時ばかりは廊下を走っても神祇官は見て見ぬ振りをしてくれた。聖歌隊、演劇部のどちらにも手伝いなどでも関わっていない生徒は少なくはないが、そんな彼らも浮き足立っているように見える。
僕の仕事と言えば、すっかり落ち着きを見せていてあれこれ奔走していた数日前までが全く嘘のようだった。フィン先輩はもう僕の手伝える仕事は無いと、最後の資料の受け渡しの時に告げられて以降会えていない。
当初の宣言通り、例年以上に事務員含め教師は全く役員の補助には回ってくれず、かといえば例年以上に美味しいとこ取りでやっと重い腰をあげて挨拶回りや最終調整をしていた。ルカは演劇部の手伝いを続けていて、ずっと備品の管理や修繕に忙しいようだった。
「変に口出されるよりは自由でよかったんじゃないの?こっちはもう顧問の神祇官の目が厳しくて厳しくて、なんであんな何重に備品の点検するのか理解できない」
「本番で使う小道具を使った通し稽古が始まると、余計に大変ですよね」
「そうなんだよ。通し稽古の後に小道具班が袋に入れて、その後またひとつひとつ確認してを3回繰り返すんだよ」
「寄付された高価なものや代々使っている古いものが多いですからね。仕方ないですよ」
「わかってるけど、これを通し稽古の度にやると思うと気が遠くなるよ」
「仕方ないですよ。部員以外のお手伝いは強制的に備品管理と搬入搬出に当てられますからね」
ヨナスも喉が心配なくらい一日中歌の練習をしている。
「だい、じょうぶ。これ、が、あるから」
ヨナスは小さな小瓶を取り出す。
聖力を込めた聖水で、聖歌隊の面々がヨナスへのお詫びの品として送ったものだった。誰が主導になったかは聞いていなかったが、ソロを歌う大変さが身に沁みた各面々が有志を募って送ったらしい。いくら早起きをしたからと言って、朝一からあれだけの声を出せるヨナスはやはり特別なのだと再認識したのだろう。
「これ、とても、あ、甘いの」
「大事に使っていますね」
聖水が甘いのはそれだけ良い性質の聖力が複数込められているということだ。
ヨナスがふわりと笑う。閉じ込めの犯人たちが転校していってしまってから、何も言わないがどこか気に病んでるように見えた。彼らの心の弱さがそうさせたんですとか、きっと今の居場所で健全な心を培えますとか言えたのだろうが、僕はそれを言う機会をすっかり失っていた。ヨナスは今目の前にある優しい心を大切にしたいといった風で、その小さな瓶を大切にしている。
「当日楽しみにしていますね」
「ぼ、くも、た、楽しみ、だよ」
パオルはドレスが出来上がると、次は髪に飾る装飾品を作ると言って、こちらも一日中部屋に缶詰で作り続けていた。どんどん煌びやかになっていくドレスを点呼前に見るのが僕らの楽しみになっている。
特にヨナスは歌うこともそうだが、このドレスを着ることが楽しみなようだ。
仕事が落ち着いたとはいえ、小さな仕事はちょこちょこある。流石に東奔西走することはなくなったが、当日に向けての準備はいろいろあった。それらの終わりが見えて、あとは最終確認を待つだけになったため、一旦部屋に戻るといつもの光景が僕を出迎えてくれた。
パオルは一心不乱にドレスではない何かに石を縫い付けている。
「それ、あのアホが置いていったぞ」
「フィン先輩ですか。いやだなあ、入れ違いになってしまったんですね」
机の上には当日の巡回表と回覧の書類がおいてあった。
フィン先輩の言っていた通り僕らは一緒で、一番最後の巡回当番だった。僕と一緒じゃナンパは出来ないじゃないかと思ったが、羽目を外すというのが目的なら、僕がいても問題ないのかもしれない。
「やばい顔つきになってたぞ」
「もれなく役員みんなあんな感じですよ。ユマカ祭終わったら、バタバタと倒れるんじゃないですか?」
「自治役なんか、もう一日中走りっぱなしみたいですしね。勢いに乗せて血気盛んになるんですかね」
「暇な奴は暇だからな。他にやることねぇからそうなっちまうんだろうよ」
「今年は暇じゃなくってよかったですね」
「ニヤニヤしてんじゃねぇよ」
「今作っているのはヨナスの頭につけるやつですか?」
「ルカが天使って言ってたからな。未分化の洗礼式の花冠をイメージしたんだ」
「綺麗ですね。きっとヨナスに似合いますよ」
「似合ってもらわなくちゃ困るんだが」
僕は回覧の書類を確認する。最後の欄に記名して全員の名前があるか人数を数えた。するとフィン先輩が持ってきたというのに名前が抜けている。普段の回覧の書類なら抜けていても代筆でことが済むのだが、この回覧の書類は学校に提出するもののようで、代筆すれば後が怖い。役員室に行くついでに幾つかの作業確認もしようと、役員室に向かった。
まだ本格的に役員になっていない僕の立ち入りは禁止されていたが、この度の色々で、期間限定かもしれないが僕が入室を許されていた。大抵誰かが作業している役員室には珍しく誰もおらず、部屋を埋め尽くす棚の書類がはみ出ていたり、散乱していたりしていただけだった。
文化祭準備が始まってから何度か入ったことのある部屋だったが、いつも綺麗に整理整頓されていただけだけにこの惨状は今役員がどれだけ忙しいかを物語っていた。そして僕は、今自分かいかに暇を持て余していることに酷く罪悪感を覚えた。ゴミ箱には書き損じと思われる書類が溢れかえっていたし、印刷機は片付けられおらず、刷っている途中のままだった。
一番ひどかったのが、誰か急いでいたのだろう、道具入れがなぎ倒されていて、紐などが散乱していた。とりあえずこれを片付けることくらいは僕にもできる思い自分に近い位置から片付け始めた。一つ片付けたらあれこれ気になり、片付けたなら片付けたで掃除もしてしまい、また手持ち無沙汰になる。役員がいなければ作業確認もできやしない。
これからどうするかと考えた。窓の外では演劇部が、講堂にせっせと大道具を運んでいるのが見える。去年はあの中に居たんだなと思うと、不思議な気持ちになった。
「ベンヤミン?」
「フィン先輩」
「片付けてくれたんだ、助かる、出しなに散らかしてしまって。足の踏み場なかっただろう」
「回覧書類を戻しにきたのと、あと、フィン先輩の記名がなかったので」
「本当だ。ここ数日ずっと何かに名前書いてばかりだから、もう何に書いて何に書いてないか訳わかんなくなってるよ」
「あと、作業確認したかったんですけど、時間ありますか?」
「ベンヤミンの作業確認は僕より、マルティンの方がいいね。開場時に僕は聖歌隊の方にいるからよくわからないんだ」
「わかりました」
「じゃあ、待ってもらうついでに仕事任せてしまっていい?」
「はい」
「そこの報告書とこっちの報告書に不備がいくつかあって、これが新しい資料だけど、これをまとめてもらえる?」
「わかりました」
「絶対に今日中に終わらないと思うけど、終わらなくても大丈夫だからね。後日提出する書類に必要な報告書だから、夕食の予鈴が鳴ったら切り上げるんだよ。ごめんねだけど、僕は今から聖歌隊の練習に行くよ」
フィン先輩はせっかく綺麗に整頓した棚に、無理やり書類を押し込めると、バタバタと走って行ってしまった。掛け持ちしている役員は半数ほどいるらしく、中でも聖歌隊は裏方というものが存在せず、だからといって融通されることもないため、多忙を極めているようだった。
演劇部の裏方はある程度時間の都合が付けられたが、聖歌隊の練習だけは個人の都合で時間の融通がつけられない。今日の今日で個人練習などは無く、少しの休憩時間に役員の仕事をこないしているようだった。僕も何かやってれば良かったなと、何にも従事していない浅い自分が申し訳なくなった。
そうぼんやり感傷に浸れたのは報告書と資料に目を通している間だけで、それからはあまりに無茶苦茶な不備に驚きつつ更なる不備を出さないために神経を使った。
数字を洗い出して一つずつ、どこが間違えているのか確認するところから始めたので、それは途方もない作業だった。その途方も無い作業中、役員の先輩がひっきりなしにやってきてはフィン先輩と同じ様子で役員室の様子に驚いた。しかしそれも最初だけで、片付けても片付けてもキリがない様子に僕は早々に諦め、終いには僕が足を踏み入れた時と同じ散乱具合に戻っていた。
そう諦めたところで、件のマルティン先輩が戻ってきて作業確認ができた。マルティン先輩は持ち出し資料を役員室に返却したら今日の仕事は終わりのようで、作業確認をしながら一緒に役員室を片付けた。
「フィンも難儀な報告書を押し付けたね」
「めちゃくちゃもいいところですよ」
「多分、神祇官がよくわかってなかったんだろうね。最終稿の出店目録と数字が合ってないところで気づいて欲しかったけど、どこかで協賛店と実出店と出資者の個人と店がごちゃ混ぜになったんだろうね」
「出資と寄付が別なのもややこしいですよね」
「そうなんだよね。毎年どこかの時点で入れ替わってたり、混ぜこぜになってたりするよ」
役員室が片付け終わり、一足先にマルティン先輩が役員室を後にする。僕はもう少しキリのいいところまで終わらせてしまいたかった。すぐにキリの良いところまで終わり、一つ背伸びをする。遠くで聞こえる騒がしさがに目を細めた。もしかすると演劇部の通し稽古で大道具に破損があったのかもしれない。
明日は文化祭当日だ。
いつも通りの朝に、いつも通りの朝の掃除と、なんら変わりない朝の風景だったが何処となく皆そわそわしていた。朝の掃除まではいつもと一緒だったが、それが終わるなりバタバタと各々役割を果たしに奔走した。
もちろん朝の掃除前から準備や練習に明け暮れる生徒は数多くいた。公開礼拝後の聖歌隊の演奏を全校生徒で鑑賞するところから文化祭が始まるのだが、それまでは当日にしかできない最後の準備に走り回っていた。僕は協賛出店の受付をするために掃除後、門扉前に設置した受付へ急いだ。既に列ができていて、数人の役員が既に受付をはじめていた。何にも属してない生徒に自分の分もとお願いしたかったが、規則で交代が禁止されているために叶わなかった。
役員の先輩たちは掃除免除でここへ来ていたといい、もうそろそろ半分の受付は終わると言っていた。僕も彼らに倣い受付を始めた。これぞ役員特権かと、羨ましく思った。
受付が終わると校内出店の協賛店は屋台の道具などを校内へ搬入を始める。校内出店とは言っても、主に門扉近くの聖堂から公演会場となる講堂までの間なので、そんなに距離はない。
予定されていた位置にそれぞれを案内すると、屋台の組み立てが始まった。僕らはそれを見届けると、次々に案内した。どうにか公開礼拝の時間までには終わり、屋台の準備を物珍しげに眺めながら聖堂へ集まる生徒の波に紛れた。
「こっちだ」
「パオル」
「僕もいるよ」
「クラスごとじゃなくっていいんですっけ?」
「見事にバラバラだからいいんじゃないか?」
「聖歌隊員が全員ごっそりといないからね。点呼自体は朝食の時にあったし役員もそれどころじゃないんでしょ」
「まあそうですね。あちらはてんやわんやみたいですね」
「てんやわんやの筆頭は随分と涼しげな顔してるけどな」
「フィン先輩どこです?」
「ほらあそこ、中央の上の方」
「よく見つけますね」
「フィンとパオルは仲良しだからね」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
そんな会話をしていると、大きく鐘が鳴った。鳴り終わるとその落差に耳が痛くなるほどしんと静まり返った。
聖歌隊は全校生徒の約3分の1の生徒が在籍している。在籍しているだけで、声変わりなどの影響で歌うことのできなくなった生徒は大勢いたが、それでも200人近い生徒が舞台に立っている。毎朝壇上で歌うのは持ち回りの生徒と一部の上級生と下級生のおおよそ50人程度で構成されている。
それがこの文化祭の当日だけは全員参加で歌われる。生徒は日曜礼拝の時のように前に詰めて、その後ろにたくさんの街の人がつめかけていた。遅れてきた生徒は街の人に紛れているのがちらほら見えた。
壇上にいつも以上に段を設けて、最上段の生徒は下段の生徒の頭より高い位置に足があるように見える。それに普段は見えているステンドグラスも彼らによって覆い隠されている。
彼らが歌い始めればそれはそれは大迫力で、聖堂を音が突き抜ける感覚に終始驚きを隠せなかった。しかしそれでもヨナスの声は抜きん出て耳に届いた。彼のソロはその差からあまりにも清廉な音に聞こえた。
「綺麗……」
ルカの心が口から漏れたのが聞こえた。
ヨナスのソロも合わせて8曲が披露された。去年の5曲より多いのは1公演少ないからだろう。
普段は拍手などしないが、今日ばかりはと割れんばかりの拍手が鳴り響いた。それから校長の訓示と、司教様の訓示が述べられ、全員で始まりを司る眷属神エトニエを讃えた聖歌を歌い、ユマカ祭がはじまったのだった。
手持ち無沙汰だからと着いてきたルカと露店の責任者の設営完了の記名をもらっていると、パオルとヨナスが駆け寄ってくる。どうしてか2人は私服に着替えており、何があったかと心配になる。
「ベン、ヤミ、ン。ルカ」
「ヨナス、パオルもどうしたんですか?午後からも聖歌隊の公演がありますよね」
「さっきお前さんと別れた後にジャデルシャーゼの店長に声をかけられてな。午後の時間まであっちで最後の打ち合わせだよ。店主が心配性でな、昨日の今日でカツラ用意したとか言ってきたんだとよ」
「被るんですか?」
「ドレ、ス…に合う、なら」
「ドレスに似合うといいね。見れないの本当、残念すぎる」
よく見るとパオルは大きな箱を抱えている。
「まぁ俺は夕方までにこれもあっちに持って行く予定ではあったからな」
「夕方まであっちに?」
「いや、ヨナスと一緒に戻ってくる。いい加減完成にしとかねぇとキリなねぇからな」
「そうなんですね。くれぐれも時間厳守でお願いしますね」
「わ、わかって、る」
「大丈夫だよ。カツラ合わせたらすぐに戻ってくるし。それよりお前どうするんだ?一応前お前が前に着たやつは出しといたが」
「今回は自分ので大丈夫だと思います。少ないですが一般生徒も保護者と一緒にウロウロしてるみたいですし」
自分たちも門限までは制服での巡回だったが、それ以降は私服で巡回しなくてはいけない。街の人曰く、いくら文化祭の夜でも制服は色々と危ないとのことだった。
もちろん神祇官も聖衣を脱いで、街の人と同じような格好をするらしい。今回ばかりは神祇官の頼りなさがありがたかった。そのおかげで僕とフィン先輩はヨナスの歌を聞くことができるのだ。
「ではまた夕方に会いましょう」
「わか…った。待ってる。パオルの…ドレス…、は…やく着…たい」
「そうだな。さっさと行こう。店長も待ってる」
大事そうにドレスの入った箱を誇らしげに抱えている。喜ばしいことだが、少しだけ寂しい。パオルの努力の成果が今日お披露目されるのだ。
誰が想像しただろうか、専門書を辞書片手に読む彼を。
誰が想像しただろうか、楽しげに次々に技術を習得していく彼を。
ルカの後見人は仕事の都合でこちらにくることができなくなったらしく、父兄の案内という手が使えなくなっていた。相変わらずフィン先輩とルカの後見人は連絡を取り合っているようで、この度のこともルカにではなくフィン先輩に連絡が来た。それからはどうにかルカを外出させようと頭をひねってくれたが、どう足掻いても無理だった。
「僕もギリギリまで粘ったんだけどね。本当にごめんね」
「フィンの責任じゃないし、後見人であっても保護者じゃないから僕にだけかまけていられないのはようく知ってるよ」
とそんな会話を昨日の点呼の時にしたことを思い出した。
露店の責任者の設営完了の記名を全員分もらい終わるとルカはそろそろ手伝いに行くかと言って、演劇部の方へと向かった。僕はルカを送り出すと、フィン先輩と合流して校外に出る許可証では無いが、腕に腕章を付ける。これがあれば父兄同伴でなくとも制服を着たまま校内と校外を自由に出入りできると言う証だ。
本当なら門限以降だけの予定だった巡回だが、予想以上に脱走者が出るのではないかという各所からの内部告発により、急遽今朝になって巡回の人数を増やすことになったのだ。夕方までは露天の周りの見回りだけでよかったのにと、フィン先輩とため息を漏らす。
校外は出店許可こそ必要だったが、校内の出店と違って販売品の審査も設営完了の書類も必要ない。
そう、この校内出店の販売品の審査が何よりも骨の折れる作業だった。直接事務員が協賛出店のお店とやりとりをしてくれれば話が早かったのだが、ユマカ祭は生徒が主体というのを律儀に守ってくれているお陰で、橋渡し役の僕は右往左往することになったのだった。
そんなこんなで、僕は誰よりも協賛店と顔見知になっていた。なので、道を歩けば見事に方々から声がかかる。不思議と彼らは僕の色なんか気にせずに、話しかけてくれる。珍しくない色とはいえ、今までの扱われ方を考えると不思議で仕方がなかった。
「君はとても小さな世界で生きていたんだよ」
「わかっていたつもりなんですけど、気持ちが追いつかないです」
「これが世界だとは言わないけど、そうだね。今度のことで随分見聞は広がったんじゃないかな」
「ええ、随分と」
「世界は広いよ。僕も最近知ったけどね」
「そうなんですか?」
「世界ってね、どんどん広くなるんだよ」
フィン先輩は大人の顔をしてウインクをした。大部分の食べ物を扱う協賛店は校内で出店する配置にしたが、お酒を扱うお店や酒の肴の類を提供するお店は、当然校外出店だ。当然の処置だが、やはり売上に大きな差ができてしまうため、その格差を埋めるためにも頭を悩ませた。その悪戦苦闘ぶりが好評だったのか、あちらこちらから差し入れを貰えた。
「大人気じゃないか」
「努力が報われた気がします」
「そりゃあ、努力に努力を重ねてたからね」
「でも、フィン先輩たちはこれもわかってたことですよね」
「ん?」
「これを予測してたって意味です」
「そんなことはないよ。これは完全に副産物。僕はヨナスへの贖罪を考えるのに忙しくて、君のことなんか全く考えていなかったね。彼はどうしたら喜ぶのかばかり考えてた。そこで思いついたのが、君たちが彼の歌を聴きにいけば喜ぶんじゃないかって。ね。打算だよ」
「そんなことはないです。それならもっと別の方法があったはずです」
「買いかぶりすぎだよ」
なんでも明け透けに物を言うフィン先輩は、ヨナスの話になると途端に口が重くなった。聞きづらいことは数あれど、どんな理由があってもこれだけは聞くことができなかった。
差し入れをお腹の中へ証拠隠滅した僕らは、巡回を再開した。どの店も大賑わいで、フィン先輩を見失わずに歩くのがやっとだった。今年の状況から無断外出の生徒が多いのではないかと予想されたが、今の所はまだ大丈夫のようだった。そもそも保護者同伴でない外出は全て許可されていない。
ヨナスとパオルについてはジャデルシャーゼの店長と神祇官が口裏を合わせているだけの話だ。
「午後はきっと見つけてしまうだろうね」
そう言うフィン先輩はどこか楽しげだった。
「反省文と聖書の5節分の写しでしたか?」
「そうそう。でもこんな日だからね上手に見逃してあげたいよね。きっと変装とかしてるのかな。ちょっと小汚く装ったり、保護者風にしてたり、でもあからさまなのは見逃してあげられないけどね」
「意外です」
「そう?でも見逃してあげたいけど、見逃してあげられないだろうな。ヨナス大好きのルカが大人しく留守番してるんだからね」
「僕はてっきり抜け出す算段を立てると思ってました」
「流石に今日は無理だね。僕らも学校の後ろ盾があるからこそこうして堂々としていられるんだから。何かあった時、困るのは僕らじゃなく、本人と学校だからね」
その何かには心当たりがあったので、僕は何も言えなくなった。
僕らの巡回は夕食の予鈴までだ。その後は校内の露天は撤収し、門扉は閉ざされる。それからはもう学校としては関与しないことになっている。
神祇官や教師の巡回はあるが、お祭り騒ぎを続ける校外とは隔絶されるのだ。しかし建前上僕とフィン先輩、ヨナスとパオルだけは除外される。もちろん正攻法で許可を取った保護者同伴の生徒はまた別だ、彼らは保護者と食事をしたりすることが多々あるのだ。
神祇官の補助は一応あるが、僕らは撤収した協賛店の管理を一任されていた。彼らをまた所定の位置に案内し、夜の部の屋台に早変わりするのだ。そして僕らはヨナスの歌が終われば彼を引き連れて学校に帰ることになっている。
点呼ギリギリになる予定だが、なんとか間に合うだろう。この非日常を僕は思う存分楽しもうと、遅ればせながら心に決めた。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




