新しいそれぞれの居場所
元ウエディングドレスの大まかな形は出来上がり、後は装飾を施すだけになった。装飾の材料はふんだんに揃っていて、噂を聞いた服飾系の協賛のお店が面白がって、次々にあれこれ寄越したのだ。
裏路地の店の店主は、ヨナスが歌う水曜日の売り上げは他の曜日よりも格段に良くなっていると言っていた。彼の歌を聞くためだけに店にくる客が増えていて、立ち見客までいるんだそうだ。噂が噂を呼び、ソールのワズオムと呼ばれているとい聞いて、ヨナスと発覚してしまうのは時間の問題なような気がしている。役員や協力してくれている神祇官と頭を悩ませているところだ。
しかし、まだソールのワズオムと、聖歌隊でソロを歌うヨナスは同じ人物だとは知られていないのが救いだった。店主はバレてしまったなら学校なんか辞めて、専属で歌ってくれればいいなどと気楽なことを言っているが、聖力が高いからこその特別措置だし、何より彼は彼のご両親と決着がついていない。
「店としても、店主としても何か礼がしたいんだろうな」
「知ってます。でもこればかりは学校の許可が降りないとダメなんです」
「回り回って面倒くせぇことをして貰ってるじゃねぇか。それはどんな扱いになってんだ?」
「一応その装飾の材料は、パオル個人への送り物という名目になってたと思います」
「なんだそりゃ」
「ヨナスへ、と言うのがもう学校としては目を光らせる対象になってるみたいですね」
「ほんと、面倒くせぇな」
「そうなんですよ。だから、融通つける算段を僕は頑張ってるんです」
「お礼のお礼でキリねぇな」
「言わないでください、これは僕個人のお礼です」
「そうか」
つまるところ、僕はバカみたいに協賛店が例年以上に盛り上がる方法を画策することにしたのだった。それが満場一致で通通ったはいいが、発案者だからという理由であれこれの雑務を増やしたところだった。
街を巻き込んだお祭り騒ぎになるのはいいが、あまり学校から離れてしまっては意味がない。軽食を公演を見ながら食べることができれば売り上げは上がるのではないかという程度のものだった。演劇部の公演は長丁場で、およそ3時間の演目の間に休憩が1回ある。その時間に駅でよく見かける弁当売りのような形で、ちょっとしたものを売り歩けないかという、なんとも斬新さのない提案だったが、なぜか好評を博した。
しかし、協賛店に提案して賛同を得て、あちらこちらに申請して許可をもらって、協賛店へ許諾を貰ってというなんとも東奔西走する作業だった。新たに様々な様式の書類を作るとろこからの作業だったので、今まさに大変な思いをしている。
「その部分ってそうなってるんですね」
「ここか?本に書いてある通りに縫ったら上手い事いったんだよ」
「パオルって器用ですよね」
「誰でもできるんじゃねぇか?」
「いや、そんな正確無比に針刺すのは難しくないですか?」
「そうでもねぇけどな」
洋裁の店から専門書を借りて読んでいたと思えば、これ見事にひだを作っていく。チクチクと根気よく縫う姿に、不思議なものを感じていた。
ソス以上にならなければならないが、礼装を専門とした職があったはずだ。聖紋の刺繍から、布や糸の聖清など礼装を1から全て作るのだ。それに、新生児用の産着や洗礼式に使用する綬、亡くなった方の神衣に聖紋を刺繍したり、それそのものを作ることも彼らの仕事だったはずだ。
「将来こういう職に就くのはどうですか?」
「ひだ縫い職人か?どうなんだろう、修行させてくれっかな」
「ひだ縫い職人?」
「ひだ縫い職人?」
「ひだ縫い職人?」
「お前ら帰ってったのか」
「ひだ縫い職人って何?」
「俺もワカンねぇ」
「かわ、いいね」
「これドレスの後ろにブワッとつけるんだよ」
「ブワッと」
「可愛くしてやんぞ」
パオルはヨナスをよくかいぐる。ルカのこともかいぐる。僕はあったかな。
「パオルってこういうの器用なんだね」
「俺も自分で驚いてるよ。お前らがなんか色々と頑張ってて、手が空いてるから何かやらねぇとって思っただけなんだがな。頭の飾りとか、これがいいと思うんだよ。どうだヨナス」
本を開いてヨナスに見せる。ヨナスはそれをじっと見つめて顔を綻ばせる。
「きれい、ね、かわいい、ね、好きよ」
「じゃあこれに決まりだな」
パオルはレースの切れ端をしおりがわりにして、本を閉じた。今日はたまたま2人一緒に帰ってきてはいるが、ヨナスは自主練習、ルカは演劇部の手伝いをしている。準備も佳境に入り、ここ数日は常にこんな様子だった。
すっかり埃っぽいルカは帰るなりシャワーを浴びにいくのが日課になっている。その様子は去年の僕を見ているようで、何やら懐かしい気分になった。ヨナスは白いドレスに似合う歌を増やすと言って、協賛店での出店では新曲ばかりを歌うらしく、流石のヨナスも練習でクタクタになっていた。それぞれがそれぞれの役割を担っていて、できるうる限りのことをしようとしている。
翌日僕はそれをついうっかりフィン先輩に打ち明けてしまった。フィン先輩は何が問題なんだと不思議そうな顔をする。
「いいことじゃないか」
「そうですけど」
「あ、ここ違うんじゃない?」
フィン先輩は自分の仕事も忙しいのに、こうしておぼくの書類仕事の確認作業もしてくれていた。彼が言うには、この確認作業は絶対必要な時間なので、ある時間は有効に使う方が良いそうだ。確認作業自体は事務員もやってくれるらしが、あまりに間違えが多いと突っ返されて二度手間、三度手間となるのだ。
僕としてはこの時間だけでも休みにすると言ったほうがフィン先輩のためになるように思ったが、口には出さなかった。
「え、どれです」
「ここ」
「本当だ。すみません」
僕はここも、ここもと言うフィン先輩の指示に従って、書類を訂正した。
「でもパオルがねぇ。それで、ベンヤミンは置いていかれるのが不安なのかな」
「そう、かもしれません」
「含みがあるねって、ここの数字ってこれでいいの?」
「これは昨日修正が入ったんで、これで間違い無いです。えっと、これです」
修正のメモを探してフィン先輩に見せる。
「今頃になって修正してくるとかふざけてるとしか思えない。こっちが下手に出てるからつけあがってるんだ。僕らが逆のことをやれば怒りまくるのに!」
「通常業務しながら、こちらに手を貸していただいているんですから。ってフィン先輩が言ってたんですよ」
「方便だよ。方便。本気で思ってるわけないじゃないか。どう考えてもこの金額の予算は大人の領分だと思うんだよ」
「確かにそうですけど、僕らは数字だけで実際お金のやり取りをするのは事務員の方にお任せしているんですから」
ほんの数日前と立場が逆になっている気がする。
「話を戻そう。それで?」
「えっと、そう。含みは無いですよ。このまま順当にいけば、行き先はみんなアハテの聖殿になりそうですし。ルカもきっと神祇官になれます」
「つまるところ、ルカが死なないか心配なんだ」
「それもありますけど」
「まだ何かあるの?あ、誤字発見」
「完全に覚え間違えしてました。多分全部これです。最悪だ。それで、僕自身がこのままでいいのかと思って」
「どんな神祇官になりたいかってこと?」
「それも含めです」
「まあ、そうは言ってもそんなに急がなくていいんじゃないかな?僕もあれこれ決め兼ねてるし。そのための7年生だからね」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ」
宥めすかされたような気がしたが、フィン先輩も悩むところがあるのだろう。
「ところで、君たち2人の外出許可が降りそうなんだけど、ルカとヨナスが歌うの聴きに行く?」
「本当ですか?」
「特例措置というわけではないよ。もともと文化祭では保護者同伴だと点呼の時間までは外出できるじゃないか」
「ルカは後見人を招待することにして、君は僕と一緒に巡回するんだ」
「役員でも無いのに良いんですか?」
「何のために今この仕事をしているかだよね。責任者は君だよ?」
「ああ。てっきり言い出しっぺの法則から雑務を押し付けられたとばかり」
「そんなことしないから、そういう先輩じゃ無いよね、僕。親切な後輩思いの先輩だよね?だんだんパオルやルカに毒されていないかい?」
「そんなことはないと思いますが、そうなんでしょうか」
「知らないよ。でもまあご褒美だと思ってくれていいよ」
「ご褒美ですか?」
「そう。僕らは特権って言ってるけどね。思いっきり買い食いするんだ。ナンパもしたい」
「ああ、そういう」
「この日ばかりは書類仕事はないし、巡回と言う良い建前もあることだしね。協賛店増加ありがとう!学外巡回の増員ありがとう!ヨナスありがとう!!この日のためだけに役員やってきたんだと言っても過言ではないよ」
やっぱりお疲れのようで、フィン先輩から異様な雰囲気を感じる。それとも、もともとこのような気質なのだろうかと、とても不思議に思った。そもそもこんな事態になったのは今年からだと言うのに、まあなんと現金なことかと目を見張った。
「でも、飲食のほとんどは敷地内ですよ。配置図ご存知ですよね?」
「大丈夫。協賛店だけが店じゃないんだよ」
「絶対に、寄付したくないけど便乗したい店がいくつか出るはずだからね。狙い目はそこだよ」
「でも、後見人の方が来るんでしたら、ルカとよりは僕はフィン先輩と行動しそうですよね」
「……そう、だね。盲点だった。でも時間は決まっているし、現地集合すれば良いんだよ」
ルカの件がひと段落しても、後見人はフィン先輩と何やら密に連絡を取っているようだった。入院やなんかの手続きに学校に訪れていた時も傍にフィン先輩の姿があったので、もしかするとフィン先輩はなんだかんだで調停者という道に進むのかもしれない。
「口八丁だから似合うんじゃねぇか?」
「口八丁は置いて置いても、フィン先輩のような人が調停者だったら僕は嬉しいです」
「悪い。ちょっとそこ持っててくれねぇか」
日を追うごとに慣れていく手つきに、感心しか覚えなかった。チクチクと器用に縫い付けていく。
「演劇部の衣装班顔負けですね」
「どうだろうな、型紙から作るなんて芸当はオレにはできそうもないが」
「そんなもんですか?」
「簡単に言ってくれるな。立体のものを採寸して、平べったい布に落とし込んで、また平べったいものを立体にするだぞ。これだけでも相当な専門的な知識の塊だろう」
「言われてみるとそうですね。でもちょっと見ましたけど衣装班は息をするようにやってましたよ」
「これまでの努力とか、才能とか含みだろ。本読んで明日からできますなんてできることじゃねぇよ」
「一朝一夕じゃ無理なんですね」
「今なんつった?」
「一朝一夕ですか?」
素早く辞書を引くパオルの姿はもう定番になっていた。きっとこの学校の誰よりも辞書を引くのが早いかもしれない。
「一朝一夕か。そうかこう言う時使えるんだな」
「どんどん使える言葉、知ってる言葉が増えますね。とても良いことです」
「お前さんらが気を使わずに喋ってくれるからだよ」
「話は戻るが、オレはそうゆうのが終わったものに、飾りをつけているだけだからな」
「それだけでも十分すごいですよ。先日縫っていたひだ、あれを縫えるのはすごいと思いますよ。それに、装飾だけでも赤いドレスと遜色ないです」
「褒めても何も出ねぇぞ」
「十分良いものを見せて貰っています」
この時間は僕にとってかなりの癒しとなっていた。どんどん出来上がるドレスを横目で見るのは、疑似的な達成感を覚えることができたからかもしれない。
僕といえば、目の前に広がる雑務にやりがいを感じないわけではなかったが、目に見えて成果というものがない。フィン先輩から資料を預かって、申請書を作り、事務室まで持っていく。
この繰り返しだ。
正直つまらない。
しかし、これをしなければ各協賛店は出店ができないし、学校としても寄付をしてもらえないのだ。重要な仕事なのにと思う反面、どうしてもやる気と直結しなかった。それでも自分でやると決めたことなので、やらなくてはならないと重いペンを走らせた。
次の日、書類の確認待ちで突然の空き時間ができた。他にやろうと思えばやれることはあったが、今事務員に確認してもらっている書類が戻ってこなければもしかしたら二度手間になるかもしれないと思うと手を付ける気にならなかった。
だからと言って、何もしないのも気が引ける。
結局どうしようかとあぐねいていたが、足の向かった先はルカのいる演劇部の講堂だった。わかってはいたが、右から左にバタバタしていて、これではルカは到底見つけられないと早々に諦めた。
クラスメイトが近くで作業していたので、手伝えることはないかと聞くと丁度ど良いところにと言われ、小道具の管理帳を頼まれた。勝手知ったる作業だったので、そのまま受け取って小道具を確かこうだったと懐かしみながら確認していく。
細々とした小道具は役名ごとに分けられていて、僕はその分けられている袋の中身が本当に合っているかを確認する。ここへしまう時も何度も確認されるため、よほどのことが無い限り違う小道具が入っていたり、足りなかったりすることはない。
指示役に搬出用の箱に確認したものを詰め込むように指示された。使い込まれた管理帳と照らし合わせていく。全部きちんと揃っていて、それを搬出用の箱に詰めていく。当日またこれを管理帳と照らし合わせてから搬出すると言うので、どれだけ厳重に管理されているかため息しか出ない。
任された管理帳分を全て確認して搬出用の箱に入れ終わると、今度は事前搬出できる道具の搬出の手伝いに回るように指示された。聖堂近くの空き教室に運ぶ。距離だけ言えば、普段ならあっという間の距離だが重いものから大きなものまであって、結構な時間がかかった。
そういえば、去年も同じようなことを思いながら往復したなとぼんやりと考えた。3往復目でようやっとルカを見つけた。遠くに見えたルカは小さく細い体で、大道具を運んでいる数人の中にいた。彼は相変わらずの無表情だったが、それでも楽しんでいるというのがわかった。
ルカは仲良くなったクラスメイトや演劇部員に、正直に表情が変わらないということを話したそうだ。
「全員が全員、だから何?って態度なんだよ。事の重大性を理解していないのかもしれない」
「そうは言っても、僕らよりも付き合いが長いでしょうからもうそういう存在ってことになってるんじゃないですか?」
「そういう存在?」
「うんともすんとも笑いもしない、表情の変わらないルカはそれで日常の1部なんですよ」
「そんなもの?」
「さあ、僕は彼らと話をしたことがありませんけど、愛想が無いように見えるのは本人の意思とは無関係だとわかったんですから、そりゃ周りの反応は良くなりますよね」
「そんなものかぁ」
「そんなものです。手品だって、タネと仕掛がわかれば、なんてこともないでしょう?」
「そりゃそうだ、って僕のこれはタネとか仕掛け扱いなの?」
「似たようなものですよ。多少は僕らのように時々びっくりすることはあるかもしれませんけど、慣れますよ」
「そうだとありがたいね」
というような会話をしたことを思い出した。
元々有名人だったルカは、ちょっとにきっかけで簡単に受け入れられた。以前のルカを知っているフィン先輩はとても心配していて、そんな余裕など今はないにも関わらず、時々様子を見に行っていると言っていた。それこそ僕に任せてくれたら良いのにと思ったが、もし何かあった時、僕には肩書きがないことに気がついたため、任せる他なかった。
僕が役員面できるのは同室の3人と役員に対してだけだ。第三者に対して僕は役員の権限を行使することができない。確かに僕の立場は一部では周知だが、公表されているわけでも全体に周知されている訳でも無いのだ。
「ベンヤミンだ、何してんの」
運搬の管理表に印をつけていると、僕に気づいたルカが駆け寄ってくる。喜色満面といった雰囲気を出してるが、その顔はやはり無表情のままだ。
「手が空いたので、手伝いに来たんです」
「朝あんなに書類抱えてたのに?」
「確認待ちなんですよ。進めると二度手間になりそうで」
「そういうこと。小道具運搬?」
「あと2往復くらいで頼まれた分は終わります」
「それならこっちの搬出はもう無いから、手伝うよ。昨日からずっと大道具の搬出作業だよ。もう何往復したか覚えてないよ」
「良いんですか?」
「1往復増えたくらいどうってことないよ」
「そうですか?でも結構重いんですけど、大丈夫ですか?」
「任せてよ、ここ2日で僕はすっかり力持ちだ」
そう言って腕まくりをして力こぶを作って見せる。相変わらず細い腕だが、どこか頼もしくなったように見えた。
「すっかり仲良くなってますね」
「そう見える?」
「違うんですか?」
「僕の噂が色々あるみたいで、敬遠する奴は結構いるんだ」
「今までが今まででしたしね。これからは違うっていうのがわかれば変わっていきますよ」
「そうだと良いな」
「人の噂も七十五日って言うじゃないですか、その内風化してしまいますよ。そして、いつの間にかルカも笑えるようになっててルカが卒業する頃には誰もが憧れる存在になるんです」
「買いかぶりすぎてない?」
「そうですか?見目は綺麗ですし、勉強もできます。こうして進んで演劇部を手伝う奉仕の心もあります。それに、笑うとまるで天使のようでした」
「ヨナスみたいに?」
僕はヨナスとルカを比べるようにして、どちらがどう天使に見えるのか考えた。しかし、うまい表現は思い浮かばなかった。
「……、ヨナスとはまた違ってると思いますよ。なんでしょうね、ヨナスはこう、ふわって感じでルカはピカって感じるような……」
「ごめん、僕が悪かったよ。ベンヤミンの口からそんなパオルのような台詞聞きたくなかった」
「すみません、良い表現が思い浮かびませんでした」
「別に構わないよ、天使みたいって最上級の褒め言葉だ」
きっとルカの中ではそれこそ最上級の天使の微笑みだったのだろうが、僕の目にはいつもと変わらない無表情のルカの姿が写っていた。可哀想と言う気持ちより、悔しいと言う気持ちが勝っていた。
2人で講堂まで運ぶと、そこでもまた細かく確認が行われた。代々受け継がれている小道具はそれはもう丁重に扱われている。確認作業を受け取り側の部員と3人で確認してやっとこの仕事から解放された。
まだ学内でのことだから良いが、これが街で行われるとなるともっと厳重に管理された。こうしてバラバラで運ぶなんてことは許されない。その時ばかりは大きな荷車で一度に列を成して運ぶのだ。
「ここ確認作業多いよね」
「それだけいろんなことや物が大切にされているんですよ。どれ一つとして無くなってはいけないですからね」
「物や人に今まで執着したことなかったけど、今はなんかそういう大切なってわかる気がする」
「僕はその中に入ってますか?」
「もちろん入ってるよ、パオルもヨナスも。フィンも入れても良いかな。それにアランも、ランスもサディも」
「増えましたね」
「そりゃあ、ゼロからなら増えるしか無いよね」
そろそろ事務員の確認も終わった頃だろうと、ルカと別れて事務室に向かった。しかし悲しいことに優先的にやらなければならないことができたようで、まだ手付かずだった。また演劇部の方に戻ってもよかったが、ひとまずできる書類作業をしようと部屋に戻った。
パオルは集中して髪飾りを作っているようで、僕が戻ったことも気づいていない様子だった。
先日から刺繍にまで手を出して居るパオルは、やはり飲み込みが早いようで、既に慣れた手つきで、薄い布に刺繍を施していく。キラキラとした小さい石が、布をこれでもかというくらいに華やかに飾っていく。
ジャデルシャーゼの店主に途中経過のドレスをヨナスが着て見せると、目を見開いて驚き、何度もパオルとドレスを見比べてとても感心していたのは昨日のことだ。僕とルカの母親は割と華美なドレスを着るので見慣れていたが、全く遜色ないように見る。使い所の違いはあれど、絢爛さは変わらないように思えた。
「おお、帰ってたのか」
「結構前から帰ってますし、声もかけましたよ」
「すまねぇ、気づかなかった」
「何か手伝えることありますか?」
「自分の仕事はいいのか?」
「事務員の確認待ちで、今、手持ち無沙汰なんです」
「じゃあ、この石を大きさと色別で分けてもらえるか?」
「これですか?」
「半端な数のを貰ったんだが、迷惑にも、バラバラにまとめて袋に入れてくれてな、使うにしても数がわからねぇと使いづらくてもう諦めようかと思ってたんだ」
「結構量がありますね」
「だろ?30以上あれば使えるから、それはこっちに分けて置いておいてくれ」
「わかりました」
なんて言う材料だったか知って居るはずなのに思い出せない。少なくとも石なんて端的な材料名ではなかったと思うと、名前を思い出そうとしながら数を数えた。
全部で何粒あるのかわからないが、少なくとも100種類はありそうだと気が遠くなった。確かにこれで装飾すれば見栄えはかなり良くなるだろうが、この現状では手が出せないのはすぐに理解できた。
ゴミ箱から書き損じを拾い上げて、丁寧に伸ばすとそれを小さく切って、またそれで箱を折ってとりあえず机に並べられるだけ並べると、40種類分は置けた。多そうな同じものを探しながら、その箱に入れていく。
「俺に器用器用とよく言うが、お前も相当器用だと思うぞ。その箱折るのすごいな」
「簡単ですよ。一度自分でやればすぐに覚えます」
「それに俺にはそうやって仕分けるなんて、方法思い付きもしなかった」
「それは経験の差ですかね。僕がこうやってるのを見たら、次はできます。そうして出来ること、やれる事って見よう見まねで増えて行くんです」
「そんなもんか」
「そんなもんですよ。今やっていることだって本を見てそれが出来るようになったんですし」
「それもそうだな」
僕らは目の前の作業に没頭した。30個と言わずにもっとある石を仕分けて何種類か渡すと、ここにこうして付けたかったんだと嬉しそうに教えてくれた。
しかし文化祭まで後わずかで、間に合うのか不安になった。
「俺、当日は夕方までこれしてる予定だからな」
「演劇部の公演とか見に行かないんですか?」
「演目は去年と同じだろ?強制鑑賞は午前の聖歌隊だけだしそれだけ見ればいいさ、劇にルカが出る訳じゃねぇし」
「それはそうですけど」
「ああいうところに行って、以前のように煽られても困るからな。俺が何かしないでも、事が大きくなる場合もあるんだよ」
午前の聖歌隊の公演は、公開礼拝の流れであるため誰一人として抜けることはできない。もちろんそれはすぐ後に公演を控えている演劇部もそうで、演者も制服着用を厳守を言い渡されているので、さぞかし大変だろう。そういえば去年はどうだったかと思ったが、全く覚えていなかった。
心配そうな顔に気づかれたか、パオルは飴玉を一個投げて寄越した。銀色のキラキラした包み紙は、綺麗な赤色の飴玉を包んでいて、それを口に含むと甘い刺激が全身を巡った。
「レース屋のおっちゃんがくれたんだ。ルカとヨナスにはやったがお前にはやってなかったよな」
「パオルの分はちゃんとあるんですか?」
すると、パオルは真っ赤になった舌を出してこちらを向いた。
「この飴、そんなになるんですか?」
「残念だったな」
甘い飴は疲れた体に良く染みて、僕はまた作業に戻った。40種類では足らなかったので、僕は次から次に箱を作りそれに石を入れていった。結局はこの数は60を越えてしまった。
透明や色の白いものしか使う予定がないと言ったので、赤や緑、青などの色のついた石は分けていない。この色の石を使う予定がないことは知っているはずなので、どうやら本当に売れる予定もないものをまとめてパオルに渡したようだ。そう思うと、ていの良い廃品回収と再利用で作られているドレスがなんだか、可愛いものに思えてきた。
街の人の善意でできたヨナスのドレスは、少しの期間だけ縁起の悪い存在になっていたのに、こうして善意と好意などの色んなものの寄せ集めて生まれ変わろうとしているのだ。そんなことを考えながら、せっせと僕は石を分け続けた。
残るは色のついた石だけになったので、そろそろ事務員の確認が終わっただろうかと事務室へ向かった。
しかし、やっと確認作業を始めたところだと言うので、また手持ち無沙汰になってしまった。
そういえば、ヨナスは聖堂の裏手にある管理小屋で練習していることを思い出した。ルカは頻繁に通っているようだが、僕は初めてここへ来る。
ヨナスが例の店で歌うようになってから、気兼ねなく練習できるようにと彼専用の練習室が与えられたのだ。特別待遇という新たな火種にならないかと心配されたが、ソロが輪番になった彼らにそんな余裕は無かったようで、心配損をしただけだった。
聖堂の裏手の元管理小屋は、今は神祇官専用の物置として使われているらしく、普段生徒は全く立ち寄らない。倉庫というだけあって物が多く、声も響かないので練習室にはもってこいの小屋だそうだ。
聖堂から聖歌隊歌声が聞こえて、まだ練習の最中だったのかと残念に思った。これだけ大勢の声の中でもヨナスの声だけは探さなくてもすぐにわかる。それだけ彼の声質は上等なのだ。
小屋の前でヨナスを待ちながら聞いていると、いつの間にか眠ってしまっていた。
「ベンヤ、ミン」
ヨナスの声で目を覚ます。心配そうな顔で覗き込まれる。
「すみません」
「疲れ、てるの?」
「いえ、その、あまりにも歌声が、心地よくて」
「う、嬉し、い」
「いえ、でも寝てしまったんですよ」
「心地、良いと、思って、くれたのは、嬉しい」
「でも、ちゃんと聴いていたかったです」
ヨナスの喜ぶ様子はなんだかそれだけで申し訳ない気持ちが倍増した。ルカに知られれば高確率で罵られることだろう。ヨナスは鍵で扉を開けると、僕の手を取って小屋の中へ招いた。
「ルカ、は、そこに、座って、聴いてる」
トタンの箱を指差す。僕がそれに座るのを確認すると、ヨナスは手書きの紐閉じされた楽譜を開いて、歌い出した。それはさっきまで聞こえてきた天から降る歌とは違い、俗っぽく色っぽい歌だった。
以前聞いたよりもっと、人間に寄った歌声になっているように思えた。ルカではないが、俗歌を歌いたいがために眷属神が人になったような気さえした。ルカはいつでもこうやって聴いているのかと思うと、今まで聞きにこなかったことが勿体なく感じた。
「今の、歌、パオ、ル、の歌」
「今の、は、ルカ、の、歌」
「今の、が、べん、ヤミンの、歌」
それぞれ僕たちをイメージしている歌があるようで、一曲一曲教えてくれた。歌詞の内容はともかく、曲調は即しているように思えた。パオルの歌は粗野な反面、繊細な音の流れがある曲で、ルカの歌はさっき仕分けしたような石を絹の布に流し入れたような歌だった。僕の歌は、僕自身にはよくわからなかったが、まっすぐな曲だと思った。
「僕はこんなに真っ直ぐなんですか?」
「道、…真っ直ぐ、な、道で、その、先が…明るいの」
「明るいんですか」
「そう」
「明るいんですね」
「どう、し、て、泣く、の?」
「泣いていますか?」
頰を触ると確かに泣いているようだった。どうして涙が出るのか自分でもわからなかった。報われた思いがしたから?単純に嬉しいから?ヨナスの歌声に感動したから?どれも違う気がした。
ヨナスはの頭を抱きかかえるようにして抱きしめた。
「ルカ、が、いつも…こうして、くれる」
頭を抱えた状態でヨナスは歌った。その賛美歌はまるで神々の世界の歌で、心の中が何か綺麗なもので満たされていくのを感じた。ルカの心の穴はヨナスの歌で少しでも塞がっただろうか。
「ごめんなさいヨナス、僕は邪魔をしていますね」
「いい、歌い、たい、歌、を、歌う、だけだ、から」
耳元で奏でられる極上の音楽は、僕の心のに巣喰う汚いものを洗い流してくれるような気がした。このまま僕の肌をも白く浄化してくれないかだろうかと、馬鹿げたことを思った。
「予鈴、ごはん」
そう言い終わると、大きな鐘の音が聞こえた。あまりの音の大きさに思わず耳を塞いでしまった。ここが聖堂のすぐ裏手だったと言うことを思い出した。ヨナスはまた、ここへ入ったように僕の手を取って小屋の外に出た。そして鍵をかける。
夕食前に書類の確認ができたか寄ろうと思っていたが、夕食後でも大して変わらないとそのまま腕を引っ張って食堂へ向かった。
イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926




