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手を取って踏み出せば

 演劇部の練習場所は倉庫兼、練習用の舞台込みの古い講堂だ。先日行った部室とは違う場所でこちらは本校舎や寮から随分と離れた場所にある。元々はこの講堂と聖堂の導線上に校舎や寮などがあったらしいが、30年ほど前に行われた街の区画整備と共に学校の統廃合があり新たに聖堂を中心として反対側に新たに校舎や寮が造られたそうだ。

 学校内で上演する場合は現在使用されている大講堂を使うため、衣装や小道具を運ぶ作業は部員外からも人手を借りなければならないほどだ。

 同じ年代に建設された聖堂は何度か改修工事がされたらしいが、この講堂は改修工事などは一切されておらず、歴代の演劇部員がちまちまと補修して使っている。そのため、あちらこちら継ぎ接ぎだらけで、よく見ると古い大道具で補修されている箇所もあるため、賑やかな壁や天井になっている。

 もう何十代も前からこの講堂はこうやって代々使われているのだと、この学校で一番歴史というものを感じる場所だった。ルカはそんな演劇部の講堂に驚いている様子で、目をパチクリさせている。


「僕、ここに初めて入る」

「凄いでしょう。僕も最初に手伝いに来た時驚いたものです」

「凄いね。これもしかして背景の大道具?」

「そうですよ。古い大道具のまだ使える部分は、こうして壁なんかの修繕に使われるんです」

「見てベンヤミン、あそこの壁には鳥が描いてある、しかも逆さま!」

「ルカ、すみませんがもう少し静かにお願いします。功労者への慰労の演奏会なので部外者には口外しないって約束なんです。だからくれぐれも静かにしてここで見ていてくださいね」

「わかってるよ」


 僕は約束通りルカをこっそりと演劇部員のためだけの演奏会に連れて来た。咎められることは無いだろうが、良い顔はされないと思い隠れて見てもらうことにしたのだ。

 ルカはあれ以来顔の柔軟体操として、演劇部も驚くような発声練習と顔のマッサージを続けている。目をキラキラとさせて、楽しみにしていると言うのはわかるが表情というものは全く無いままだった。


「ベンヤミンはヨナスのところに行くの?」

「一度、様子は見に行きますよ。一応昨日顔合わせというか、打ち合わせを一緒にしたので大丈夫とは思いますが…」

「戻って来る?」

「演劇部の人と一緒に見る予定だったんですが、僕が一緒に見て良いんですか?」

「僕は精一杯感動するから、顔見ててよ」

「そう言うことなら」


 その足でヨナスのところへ向かうと、ヨナスはすっかり着飾られており、頭にはあの花飾りが付いていた。試着の時とは違い、しっかりと舞台化粧も施されて、一見するとヨナスには見えなかった。

 あれだけヨナスを前にすると緊張していた着付け班だったが、自分の持ち場を前にすると何かが切り替わるようで、昨日の打ち合わせの時の様子が嘘のようにヨナスを見事に着飾った。

 普段、演劇中、奏者たちが場面に合わせて演奏しているのだが、今度もその奏者たちがヨナスに協力してくれることになった。公演の練習そっちのけでこの2週間練習してくれていたというのだ。それに対して文句の一つ出なかったというのだからどれだけこの演奏会が彼らにとって特別なものか見て取れた。

 ありがたいというか、申し訳ないというか、そんな気持ちになった。しかしきっとヨナスの歌はそんなものを一瞬で吹き飛ばしてしまうだろうという、確信はあった。


「とても似合いますよ」

「よ、4曲歌うから、最後、ま…っで、聴いてほ、聴いてほしい」

「もちろんですよ。秘密ですがルカも来ていますよ。パオルはいつもの補講ですけど」


 僕はヨナスに耳打ちした。

 するとヨナスから女の人特有の匂いがして、何だか本当にヨナスでは無い人のような気がした。


「歌う、……から、歌うから、ベンヤミンっの、ため、に、ルカのために」

「嬉しいです、ありがとうございます。でも、一番はこのドレスを作ってくれた衣装班の方々のためにですよ。そのための会なのですから」

「わ、わか…っわかってる」


 ヨナスはとろけるような笑顔を僕に向けた。

 不思議な気持ちだった。

 いつもと同じ声色で、いつもと同じ口調でも、こうも姿が変わるだけで印象が変わるものだろうか。先日以来、元のヨナスほど会話できるようになっている。お店で喋る機会も多くなるのだからと説得して、できるだけ言葉を伴わない意思疎通は禁止と言う決め事もした。こちらがゆっくりと間を置いて急かしたりしなければ、ヨナスとちゃんとした会話ができた。

 遠くで準備ができたと声がする。


「ルカと大道具の裏で聴いています。きっと舞台からは見えないでしょうがちゃんといますので安心してください」

「わっ、わかっ…た」


 ヨナスは慣れないハイヒールを履いてよたよたと舞台に上がっていった。あのハイヒールと絹の靴下はフィン先輩もとい、生徒会役員一同の募金の結晶らしい。何か黒いものを感じないでもなかったが、贈られた本人あまりそう言う部分に興味を示さず、何度もたどたどしく感謝の言葉を言った。

 もちろん、演劇部の中にも役員はいる。どう頭の中で言い繕うとも、フィン先輩の話を聞いて以降もう黒いものしか感じなくなっていた。


「遅い」

「一人にしてごめんなさい。もうすぐはじまりますよ」

「ヨナス、大丈夫だった?」

「歌えることが嬉しいと全身で言っているようでしたよ」

「想像に容易い、眼に浮かぶようだよ」


 そしてひと時のショーが大歓声と共に始まった。

 突貫の練習の成果は見事なもので、ヨナスは奏者たちの演奏にに合わせて歌う。それは屋上で聞いたものよりも、先日裏路地の店で聞いたものよりも、はるかにそれらしかった。ルカも言っていたが、屋上でのヨナスは本人の自覚のないものだったせいもあるが、賛美歌を歌っているのとはまた違った愛を囁く天使という表現が似つかわしかった。先日の路地裏の店では、付け焼き刃の艶かしさというのが良くわかる。

 この2週間、ヨナスはこれらの歌をこの歌らしく歌うことが練習の課題だったようで、見事に今日に合わせて仕上げてきた。男と女の愛を歌った流行歌、その歌の情景がこうもはっきり見えて来るものなのだろうかと、それがヨナスの歌声の賜物なのかと驚きを隠せなかった。


「ヨナス、綺麗だね」

「はい」


 堂々と色っぽく歌うその姿は、普段教会で聞く賛美歌の印象とは全くの正反対だった。厳粛に厳格に一音一音を、一節一節を神々に捧げるように歌うヨナスもまた美しかったが、俗っぽい曲を地に足をつけて歌うヨナスはまた違う意味で綺麗だった。

 曲が終わる度に拍手喝采で、その度にヨナスははにかんだ。目元を緩ませ、口の端を釣り、溢れるような笑顔を向ける。ああ、彼はどこをどうとっても女の子だ。

そう確信した。

 隣を向くとルカはポロポロと静かに涙を流しながら、ヨナスの歌声に聞き入っていた。ルカはあの手紙を読んでいる分、思うところも多いのかもしれない。


「僕、ちゃんと感動してる?」

「しているように見えますよ」

「ちゃんと笑ってる?」


 その問いの答えに詰まったったまま、3曲目が始まり僕はすっかり機を逃してしまった。ルカの表情は変わらなくとも、心の機微は確かに見えていた。彼は心の底から感動し、涙を流している。

 しかし表面だけ見ると、ビスクドールの目から何かが漏れ出ているようにしか見えない。そして、4曲目が終わり、大きな拍手が鳴る中ヨナスは深々とお辞儀をした。


「あり、ありが、…ありがとうございます」


 これだけ大きな拍手声援の中、ヨナスの声はよく通り遠く離れた僕の耳にも届いた。


 それ以上は言葉にならなかったのか、目から大粒の涙が流れているのがこの距離から見て取れた。僕は慌てて駆け出した。

 ルカを一人にすることにわずかばかり後ろ髪を引かれたが、今はヨナスを優先したかった。舞台に飛び上がり、駆けつけるとヨナスを抱き止めた。今にも泣き崩れてしまいそうだったからだ。


「とても良かったです、感動しました」


 ボロボロと泣くヨナスの顔は、若干化粧が崩れていた。

 このままではせっかくのドレスが汚れてしまうと、慌てて袖で目元を拭った。真っ黒になる袖口にと、化粧の寄れたヨナスを見比べて、世の女性は大変だなと感心した。それから直ぐに演劇部員の機転により、緞帳は降ろされ完全に舞台下とは隔離された。


「大丈夫ですか?」

「きんっちょう…して、歌…えって、安心、したら、とま…らない」

「そうですか。今日緊張したので、次の本番はきっと大丈夫です。緊張なく歌えますよ」


 心配する演劇部員に事情を説明して、僕はヨナスを連れて早々に控え室として使わせてもらった場所に引き返した。気を使ってか演劇部員は誰も来ず、そのまま僕がヨナスの着替えを手伝うことになった。


「びっくりしました。どんどん綺麗に、……女性らしくなっています」

「気持ち、わるっくない?」

「全く、むしろ綺麗すぎて少し照れました」

「ほっ…本当っに?」

「はい」

「歌、えて、ど、ドレスも、ドレスも綺麗で、ありがとう、ございますも、言えた」

「言えて良かったですね」


 さっきまでの様子が嘘のように、いつものヨナスの顔で笑った。

 いつものヨナスと言っても、今までも少年特有の何かを感じたことはない。あのどこか中性的な美しさを持つルカでさえ、男子生徒なのだと確信できる。分化し損ねて色だけついた元未分化で間違いないんだろうなと、ぼんやりと思った。

 どうして神々はヨナスをちゃんと女の子にしてくれなかったんだろうか。きっとヨナスは高い聖力なんて要らなかったと思う。きっと大勢の前で歌うことすらも本意じゃない気がする。


 それから僕はヨナスと共に演劇部部長の元へ挨拶へ行き、聖歌隊の練習に行くヨナスを見届けて、ルカを探した。ルカは講堂裏の資材置き場にいてぼんやりと上を向いていた。


「ルカごめんなさい、一人にしました」

「大丈夫。緞帳が下りてすぐに出たから誰にもバレてないと思うよ」

「それは良かったです」

「面白いところだったね。ベンヤミンがやってたって言う手伝い、次あったら僕も手伝いたいかも」

「ぜひ、常に人員不足なので喜ばれますよ」


 ふとこのルカの前向きな発言に違和感を持ったが、ヨナスに感化されたのだと納得しようとした。何にせよ前向きになることは良いことだ。何か無理をしている、何か彼に対して間違いを犯してしまったのだろうか。無表情に対して指摘してしまったことは、ルカにとって何かを変えてしまうほどだったのだろうか。ぐるぐると考えたが、それの答えが見えなかった。

 すぐ口に出してしまうという自戒を思い出し、彼への言葉が口から出てこなかった。


「ねえ、ベンヤミン。いつか抜け出して、ヨナスがお店で歌っているところ見にいこうよ」

「ええ、きっとフィン先輩が協力してくれますよ」

「ベンヤミンは何かって言うと、すぐフィン先輩フィン先輩って、多少の抜け出なんてバレやしないよ」

「いや、バレますって、今の巡回の厳しさルカも知っているでしょう?」

「あはは、気にしすぎ!!」


 軽快に走っていくルカの背中を眺めながら、身体中が不安な気持ちでいっぱいになった。


 その夜からヨナスの夢遊病は一切起こらなくなった。

 一部の頻繁に徹夜する役員には不評だったらしいが、良いことなので寮長とフィン先輩が黙らせたらしい。


 前回の公開礼拝の時にジャデルシャーゼの店主と最後の打ち合わせをした。役員の代表でフィン先輩、それに協力してくれる神祇官数名と僕とヨナスと揃い踏みだった。

 店主はいつの間にかヨナス含む聖歌隊のレコードが寄付の御礼として配られることに驚いていたが、かい摘んで理由を話すと大笑いしていた。それにつられて神祇官たちも笑っているものだから、闇の深さをひしひしと感じた。

 僕はことの展開の早さに色々とついていけないでいた。どうやらこのレコードには一部の神祇官も一枚噛んでいて、大人の話の部分は全てお任せしたとのことだった。

 最終確認の結果、特に変更事項は無く、夕食後に神祇官の引率で待ち合わせ場所まで行き、そこで引渡される。それから閉店後は朝食前に神祇官が待ち合わせ場所まで迎えにいくという流れになった。待ち合わせの場所は神祇官の宿所側で、行きも帰りも宿所を通って出入りすることになっていた。神祇官の宿所は聖堂の近くなので、聖歌隊の部室とも近いため色々とごまかしが利きやすいのだそうだ。

 結局、直接本人に関すること以外は見事に役員の掌の上で転がされている。そもそも学校側は、ヨナスが分化できずに色だけついた存在だと知っているのだろうかなど色々と疑問はあったが、ここで口を出してはやぶ蛇になると、喉まで出かかった質問を必死に飲み下した。

 もしかすると、あの時間外の抜け出しも各方面了承済みだったのかもしれない。


「あれは、本当に苦労したよ」

「やっぱりそうだったんですね」

「交換条件として、こちらが犯人を見つけるという本当に面倒臭い条件を提示されてね」

「神祇官の巡回の時間のメモもそこからですか」

「正解」

「でも引っかかったのは閉じ込めの犯人とは別でしたけど、そこは大丈夫だったんですか?」

「学校側としては誰でもよかったんだと思うよ。とりあえずの見せしめさえ一人でもできれば御の字だったんだよ」

「大人の汚さが身に染みます。……、ん?ということは、もしかしなくても、あの時に監視が付いてたとかあるんですか?」

「もちろん、あんな時間に子供をあんな所に行かせられないしね。パオルがいたけど、まぁなんというか保険といった所だよ。誰とは言わないけど、教師もノリノリで、あの様子だと君たちが例の店にいた時は近くの酒場で一杯引っ掛けてたんじゃないかな?」

「自由な…」


 ということは神祇官ではない教師だろうから、自ずと誰かなんていうのは直ぐに見当がついた。この学校に神祇官では無い男性教師は数える程しかいない。


「それでも学校側はよく承諾しましたね」

「それだけヨナスに対して何か特別な計らいでもして、どうにか健全に学校に止まらせようと躍起になっていたということだよ」

「僕らを踊らせた理由はなんだったんですか?」

「あの時点では、君に学校側に疑念を持ってもらっていないといけなかったからかな。学校側がヨナスの味方で全てにおいて二つ返事だと知れば、君、犯人を白日の元に晒しただろう?」


 ぐうの音も出てこなかった。確かに学校という後ろ盾があれば僕はコソコソと犯人を探したりしていなかったし、役員が無言を貫く姿勢を糾弾していただろう。


「そうそう、閉じ込めの犯人達、結局放校処分になったよ。誰が内部告発したか知らないけどね」

「役員の誰かが学校側に密告したということですか?」

「役員だって一枚岩じゃないけど、今回のこれの犯人はごくごく一部しか知らないはずだったんだけどね。まあでも、驚くことに学校側に隠してた役員にお咎めがなくって、勧告3日で放校処分の日取りもトントン拍子に決まったんだよ。学校側に都合の良い内通者がいるとしか思えないけど、これ以上騒ぎにならないように僕らも手のひらの上で踊らされていたって口なんだよね」

「どこかの教会か神殿で一生クォルとして働くんことになるんでしょうか」

「神祇官として扱ってもらえはしないだろうね」


 それはパオルに用意されていた待遇だった。胃がきりきりと痛む。


「ヨナスには?」

「学校側がヨナスに彼らについて伝えろと言ってきたんだ。意味わからないだろ?ヨナスの精神を安定させるのが目的なら、そんなこと言うのはおかしいことだと思うと直訴したらしいんだけど、却下されてね。仕方なくヨナスにことの次第を伝えたらしいんだ」

「そんな話、ヨナスからは聞いていません」

「それでヨナスは彼ら学校から去る前に一度会いたいって言ったらしくて……」

「会わせたんですか?」

「会わせたみたいだね」

「どうして、僕は聞いていません」

「問題ないよ。今ここで君に報告してる」

「面会室で一人ずつと会わせたみたいだけど、彼らはこぞってヨナスを愚弄し罵倒してたんだそうだ。報告書読む?とても酷いものでね、読んでて気分が悪くなった」

「必要ありません。きっと見ても意味がないと思います。それに、もうそれらからヨナスを守る必要は無いんですから」

「そう?」


 フィン先輩は驚いたような、少し不機嫌そうな顔をした。罵倒の内容は容易く想像できる、きっとノートへの落書きそのままなのだろう。手紙といい、落書きといい、目を覆いたくなるものばかりがヨナスの周りには溢れている。

 なぜ学校側はヨナスと彼らを合わせる許可を出したのだろうか。わからない。


「それをヨナスはずっと黙って聞いてたんだって。一人目の後に、きっと二人目もそうだと助言したのだけど、ヨナスは会うと言って聞かなかったんだ。彼ら全員が反省房に戻されると、ヨナスは歌ったって書かれてる。賛美歌のトレモロ7番。きっと彼らのために歌ったんだね」


 第7の神ネソワの眷属、別離の神トレモロ。7番は確か生から解き放たれた魂がマハネ神へ帰ることを嘆いたユマカ神を慰めるために、ワズオムの奏にトレモロが円環の理の先にもまだ生があり、魂はずっとそばで循環しているという詩を送ったという内容だったはずだ。


「僕には信じられなかったよ。彼らに勿体無いとさえ思ったけど、すぐ反省した。僕は彼らの感情を知っていたからね」


 ヨナスはその歌声で僕らの心を救ってくれる。もちろん救われるのは救われたいと願っている人だけだけれど。


「わかりませんが、きっと大丈夫ですよ。ちゃんとヨナスの歌は彼らに届いています。きっと時折思い出すんです。その日のヨナスの歌声を」

「そうだといいね。きっと10年後、20年後、どこかでこの歌の意味がわかるといいね。ヨナスの餞であり呪いであると」


 僕にはフィン先輩のその言葉の意味がわからなかったが、聞き返せなかった。7番の歌詞の意味は間違ってないはずだ。呪うような内容では無いはずだ。

 しかし、僕とて彼らのその感情を知らない訳がなかった、兄たちが羨ましい、妬ましい、どうして自分だけこんな色なのかと、どうして自分だけこんなにも年が離れているのかと何度も思った。

 10歳以上年の離れた兄二人は僕とは違う、パオルよりも鮮やかな赤毛で白い肌で青い目をしている。母の髪は淡い緑色で、父は兄2人と同じ鮮やかな赤毛だ。二人とも肌は白く、目も青い。

 どうして僕だけがこんな色をして生まれたのだろうか、そう恨まない日は無かった。


「まるで聖人だ」

「僕なら会う気も起きないし、彼らのために何かしてやろうなんて微塵も思いません」


 先日、ルカがヨナスを問い詰めていたことがあった。僕もパオルもルカを止めたが、ルカが必死な声色で問い詰めるものだからそれ以上、止めることができなかった。どういう流れでそうなったかは覚えていないが、ルカが本当は犯人がわかってたんじゃないかとヨナスを問い詰めた。

 するとヨナスは、「誰でもないし、誰でもある」と言いった。僕らはヨナスの言っていることがわからなかったし、ルカはその回答に難色を示し、明確な答えを知りたがったが、ヨナスはそれ以上口を開くことはなかった。


 フィン先輩の報告から数日後、彼らの処分を知ったルカは、無表情のまま声だけ引き攣らせて悪態付く。

 とうとうこの日がやってきたと僕は浮き足立ていたため、パオルの勉強時間だというのについルカのお喋りに付き合ってしまっていた。


「あれだけヨナスが犯人を庇っていたのに、バレちゃったんだね。まあいい気味だけど」

「フィン先輩は役員の中に内通者がいるかもとは言っていましたね。役員としてはヨナスの意向に添いたいと言う意見だったようですが」

「正直ヨナスのあの言葉、いまだに意味がわからないんだよね」

「僕は、なんとなくわかった気がします」

「そうなの?」

「四面楚歌が一番僕の中でしっくりきました」

「やだなー。敵だらけってこと?」

「ヨナスの歌に嫉妬しない聖歌隊員はいないんです。でも同時にそれは羨望でもある。そして、ヨナスの言動に苛立ちを覚えるクラスメイトは多いんです。でも大多数は誰よりも特別なヨナスを視界に入らないようにしました。自分に端があるとヨナスはわかっているんです。ヨナスが全部悪いと言っている意味じゃないですよ。でも良い意味でも悪い意味でも影響力が強すぎるんです」

「誰でもそうなり得るってこと?」

「そうです。きっとそれは些細なきっかけなのでしょう」


 そう自分に言い聞かせた気がした。

 善性が主ならば良いが、悪性が主ならばどんどん負を溜め込んで爆発させてしまうほどの感情となってしまうのだろう。僕自身がこの容姿を寛容できていればれば、類い稀なる聖力と歌声と加護を持つヨナスに対してまた別の感情を持っていたかも知れない。


「ちょっと前から、ヨナスと一緒に発声練習してるんだよね」

「そうみたいですね」

「それがさ、発声練習はなぜかどもらないんだよね」

「そうなんですか?」

「不思議なんだよね」

「あれじゃないですか。決まった言葉はどもらないとか」

「それはあるかもな。音読手伝ってもらった時どもってなかったからな」


 パオルは眉間に皺を寄せて椅子をこちらにくるりと向ける。


「つか、お前らウルセェよ。ルカも今までずっといなかっただろう。なんで最近ずっとこの時間にいるんだよ」

「いいじゃん別に」


 そう、大怪我をして帰ってきてから、ルカはしばらくヨナスのところに行っていたが、先日ヨナスと一方的な口論をしてからと言うものパオルとの勉強時間に部屋にいることが多くなった。

 その怪我を負わせた原因がこの時間にあるのでは無いかと考えていた、しかし、ルカはいまだにその理由を教えてくれない。ルカが言ってくれるのを待つ方がいいのか、こちらから切っ掛けを作った方がいいのか。なかなかに悩みは尽きない。


「居るのは構わねぇが、ちったぁ大人しくしろよ」

「わかったよ。僕も勉強すればいいんでしょ」


 この部屋でルカが勉強をして居るところを僕はまだ見たことがなかった。授業も時折出ないことがあるらしいが、それでも成績は上位にいるとフィン先輩から聞いている。確かに本は四六時中読んでるし、見る度に違う本を抱えている。図書室の常連らしいが、どうやら長時間そこに滞在はしていないらしい。


「飽きた」

「まだ少しも時間、経ってないですよ」

「こうちまちまとした作業は性に合ってないんだ」

「パオルを見習ってください。最初は一つの単語の辞書を引く時間も耐えられませんでしたが今はどうです、夕食後からヨナスが帰ってくるまで、ずっと集中できるようになったんですよ。訓練です、訓練すれば集中力は養えます」

「ウルセェよお前ら、んなヨナスが心配なら他所いってやってくれ」


 僕たちは見事に部屋から追い出された。

 普段は勉強するパオルを邪魔しないように僕らは静かに過ごすようにしている。僕はパオルに合わせて勉強したし、ルカはいつも通り読書に勤しんだ。そう、今日はヨナスの初出勤の日なのだ。

 給金を発生させないので、出勤という言い方はおかしいが、僕らはそれで通していた。朝から気がそぞろで、夕飯が終わりヨナスが神祇官に呼び出されてからは気が気でなかった。ドレスなどの荷物は前もって公開礼拝の日に店主に預けてあったし、どういうドレスかなどの説明もした。あちらも玄人だし、そういう面での心配はしていない。が、ヨナスがちゃんと歌えるのか、心細くなっていないかという心配は後を尽きなかった。


「ヨナスちゃんと歌えてるかな」

「今丁度練習している時間でしょうね、10時頃に開店するみたいですから」

「やっぱり夕食前に声かければよかった」

「心配が感染るからやめましょうって、昨日話をしたじゃないですか」

「そうだけど、やっぱり聴きに行きたかった」

「それはフィン先輩にダメだと口すっぱく言われましたよね」

「そうだけど、そうだけどさ」

「僕だって行きたかったですし、心配です。ああ見えてパオルも心配しています」

「わかってるよ」


 そう言うと、ルカは階段を駆け上っていった。僕はそれを追いかけて行くと、屋上に着く。


挿絵(By みてみん)


「あの辺かな」


 小高い山上に学校が建っているとはいえ、4階建ての役員寮の屋上からは街の灯りは木々に邪魔されてちらほらとしか見えなかった。


「もっと奥まった場所でしたし、聖堂の鐘つき場くらいでしか見ることはできないでしょうね」

「ヨナスは今が一番幸せだろうね」

「どうでしょう、もっとこれから幸せになりますよ」

「そうかな」


 ふとルカの顔に表情が見えた気がした。寂しげな、でも安堵したような表情。触れたら壊れてしまいそうなその表情に、胸が締め付けられた。

 しかし、そう見えるのは自分自身の心の問題なのかもしれないと、自身の胸に問いかけた。そしてそんなことを思ってしまう僕は、彼の心を簡単には解かせそうもないと、怖気づいた。

イラスト協力:pizza様 https://www.pixiv.net/users/3014926

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