第二章:エルフの格言
時の塔は、遥か古代より神秘の象徴として存在していた。その歴史は、デーモンと呼ばれる異形の存在が支配した暗黒の時代をもはるかに遡るものだった。塔は世界の果てに広がる荒野にそびえ立ち、その高さは天空に届くほど壮大であり、表面は銀白に輝いていた。そこには未知の文字や模様が刻まれ、その神秘的な佇まいは見る者に、畏怖と畏敬の念を抱かせた。
塔の起源や目的を知る者はほとんどいなかった。それでも、その存在は人々の間で語り継がれ、伝説として記憶され続けていた。大賢者がその伝説を耳にしたのは、彼がまだ若く、英雄として名を馳せる以前のことだった。
大賢者は、デーモンと戦い、世界を救った後も、その心を未知の謎に奪われていた。人類の起源を探り、世界の背後に隠された真理に触れること――それが彼の新たな目標となった。古代の文献や伝承を渉猟する中で、彼は「時の塔」という言葉に行き着いた。それは、彼の胸に新たな探求心の火を灯した。
ある日、彼は奇妙な文字列が記された古文書を発見した。
『cajdaaajidmve gabfpwl xh.rb rm …』
彼はその文字列を目にした瞬間、直感的にそれが古代文明のものだと理解した。そして、解読を試みたが、その努力は何年にも及び、何度試しても答えは見つからなかった。文字には明確な規則性があり、それが何かを示しているのは明白だったが、それが何を意味するのかは依然として謎のままだった。
「これは文章というより、パズルだ……」
彼は深いため息をつきながら本を閉じた。しかし、その目には新たな挑戦への輝きが宿っていた。彼の探求心は尽きることを知らなかった。
次に彼が訪れたのは、エルフの里だった。エルフたちは自らを文明の起源と信じ、その歴史を誇りとしていた。彼はその中でも、かつて時の塔を訪れたとされる老エルフを訪ねた。しかし、老エルフの証言は長らく虚言として扱われ、彼は孤立した存在となり、その名も忘れられていた。
エルフの間では、老エルフの発言を嘲笑うように「時の塔から帰ってきた」という表現が格言となっていた。それは、不可能なことを意味する皮肉として使われる言葉だった。ある夜、大賢者はエルフたちと酒を酌み交わしながら、その格言の由来を尋ねた。
「棒きれで岩を切ると言うのと同じさ。そんな話、信じられるか?」
あるエルフが嘲笑混じりに言ったその言葉に、大賢者は静かに耳を傾けた。そのエルフが示す「棒きれで岩を切る」という比喩は、エルフたちの間で語られる「時の塔から帰った」という話と重ねられていた。
だが、大賢者は異なる視点でそれを捉えていた。彼は実際に棒きれで岩を切る武人と共に戦った経験を持つ。英雄たちの中には、常識では説明のつかない奇跡を起こす者もいたのだ。その記憶が、彼に新たな確信を抱かせた。
「この世界では、あり得ないことも、真実になる……」
その夜、大賢者の心には静かな信念が芽生えた。老エルフの存在が単なる虚構ではなく、真実を内包する可能性を秘めたものだと感じたのだ。彼にとって、その格言の裏に隠された可能性は、新たな探求の扉を開く鍵となった。
大賢者は時の塔に向かう決意をさらに強固なものとした。その言葉が示す通り、塔に秘められた真理が、彼の世界を再び塗り替える日が来ると信じながら――。