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第一章:来訪者

 時の塔は、悠久ゆうきゅうの時を飲み込みながら孤高ここうを貫いている。その塔には、千年に一人ほどの頻度ひんどで訪問者が現れる。外界では何十年も流れ去る間に、塔の中ではほんの一日しか過ぎない――それは塔の魔力がもたらす異質いしつな時間の流れだ。


 訪問者たちは、人間、エルフ、獣人じゅうじんとさまざまな種族だ。しかし、彼らの多くは迷い込んだ者たちであり、目的意識を持たない者ばかりである。彼らが塔を探索する姿を、司書は隠された影の中から観察していた。彼女は魔法によってその姿も気配も完全に消し去り、塔を彷徨さまよう訪問者たちが自分の存在に気づくことはなかった。


 訪問者たちは奇妙な本に触れるたびに困惑こんわくし、時には苛立いらだちを隠せない。塔の書物には理解不能な文字が並び、意味をなさない文章ばかりであった。彼らはあきらめと共に塔を去り、外界に戻ると自分たちが元いた時代が、遠く過ぎ去っていることに衝撃しょうげきを受ける。その短い滞在が外界での数十年へと繋がる現実は、彼らの証言を神秘的しんぴてきな伝説へと変えていった。人々は塔を「(とき)の塔」と呼び、その存在を求めて旅に出る者も現れた。


 しかし、時の塔は決して容易よういには見つけられない。その姿は霧に包まれ、気まぐれに現れる。多くの冒険者たちはその探求の途中で命を落とし、あるいは塔を前にして挫折ざせつする。それでもなお、時の塔を求める者は後を絶たなかった。


 そしてある日、一人の訪問者が現れた。彼はこれまでの迷い込んだ者たちとは異なり、時の塔そのものを目的としてやってきた初めての人物である。彼の名は「大賢者」。若くして魔法の頂点ちょうてんに立った彼は、世界の真理しんりを求めるために時の塔を目指したのだ。


 司書はこれまでと同様に、彼を影から見守る。彼が塔の書物に触れ、(ほか)の訪問者たちと同じように何も得られず去っていくのだろう――司書はそう考えていた。しかし、彼は違っていた。数日が過ぎても彼は塔を後にする気配を見せず、自らの住処すみかを作り始めたのである。


 司書は困惑こんわくし、その行動をわずらわしく感じた。彼女にとって自由は至高の価値であり、それを他者(たしゃ)に侵されることは耐えがたい屈辱くつじょくだった。彼女の静かな生活は、その訪問者によって乱されつつある。彼の存在を意識することで、図書館を歩く足取りさえも慎重しんちょうにならざるを得なかった。


 そのうえ、大賢者が塔の書物を片手に何かを呟きながら読みふける姿は、司書の胸に奇妙な感情を芽生えさせる。嫉妬しっと――それは彼が何かを見つけ、理解し、塔の秘密を解き明かすかもしれないという恐れから来るものだった。


「なぜ彼だけが、塔の秘密に近づくことが許されるのか?」


 司書は心の奥底で自問する。そしてその疑念ぎねんが次第につのり、ついには彼女自身の存在理由を揺さぶり始めた。ある夜、彼女はついにその感情に耐えきれなくなり、静かに姿を現した。


「何を探しているのですか?」


 司書の声は冷たく、しかしどこかに沈んだ哀愁あいしゅうが込められている。大賢者はその声に驚き、振り返った。彼の目に映ったのは、星空をまとったような服を身にまとい、紫の輝きを放つ髪を揺らす司書の姿である。彼女は彼の瞳をとらえ、その奥に潜む本心を読み取ろうとするかのようにじっと見つめた。


 その瞬間、塔の中の空気が変わり、二人の間に新たな物語がつむがれ始める。

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