現実は意外と優しい
『それで、そのお相手に聞いてみたんだ。そしたら既読すらつかなくて。そうそう、未だについてないの。ブロックはね、されてないんだ。知ってる? ブロックされてるかどうかわかるんだよ』
ベッドサイドチェストに置いたスピーカーから流れる声が悲しげな物から得意げな声に変わっていく。
昨日は体調を崩していつの間にかベッドにいたのでリアルタイムで聴くことができなかったソラジオ。
オープニングトークでは「ブロックされているかもしれない」に対するちょっとした豆知識を披露していた。
「久々の……休み……」
休日とは名ばかりの日が多かったため、こんなにゆったりとした時間を過ごすのは本当に久しぶりだった。
時計を見ると11時。随分と長く寝たものだ。アラームでお疲れのスマホを叩き起して通知を確認する。
「な……っ」
思わず大声を上げそうになって慌てて口を覆う。そのままもう一度通知を見る。表示されている文面から奏空のメッセージかと思ったが違う。
『おはろ』
「おはようとハローの間ってことで奏空が送ってくるやつ……だけど、なんで……」
24分前となっているその通知をタップしてもう一度送信者を確認するが見間違いではなかった。
『みす』
戸惑っている内にそんなメッセージが届く。みす……ミス? 送信相手を間違えたとかそういうオチか? うん、そんな気がしてきた。
気にしなくていい、と打ち込んだところでまた新しいメッセージ。
『おはよ*˙︶˙*)ノ"』
「顔文字!? 使うの!?」
今度はどう頑張っても抑えられなかった。だって、想像もできないじゃないか。あの司が、顔文字。
そう。メッセージを送ってきているのは夢に出てきた司だったのだ。
人嫌いと言ってもいいくらいに人との関わりがなくて、いつも一人でいた何故合コンに来たのかもわからない司。
「と、とりあえず返事を……」
無難に「おはよう」とかでいいのか? それともメッセージを送ってくれたことに対しての「ありがとう」が先か?
『変なのついたごめん』
「意図的ではなかったのか……」
迷っている間に来たメッセージに少しホッとした自分がいる。別に彼女がどんなメッセージを送ってきたとしても、俺が彼女についてそんなに知らなかっただけと受け入れればいいのだけれど。
『おはよう。顔文字可愛かったよ』
返事が来ない。それもそうか。なんでこんなメッセージを送ったんだ、俺は。既読がついているから送信取り消しするのもなんだかおかしな話。
後悔に苛まれながら服を脱ぎ捨てバスルームに入る。いつもより少し温度を低くしたシャワーで羞恥に火照った体を冷ます。少し冷静になれた気がした。
「……あ、返事来てる」
開きっぱなしだったメッセージ画面に新しい一言。
『照れてないから』
「……ぐうかわ」
初めてこの言葉を使いました。嘘です、何度か言ったことありました。
「でも……なんでこんなデレてんだろ、この子」
まだ俺は夢の中にいるんだろうか。最早テンプレ化している頬を抓るという行為をしてみる。めちゃくちゃ痛かった。
歯ブラシに歯磨き粉を絞り出して口に含む。ミントの味が記憶を揺り起こす。
「……あ」
鏡に映る真っ赤な顔でデレデレしている男。お前誰だよ、俺だよ。
「彼女、できたわ」
鼻の下伸ばしてんじゃねえよ、変態ぽいだろ俺。
『跪け非リア共。一足先に行かせてもらうぜ』
青春グループにドヤ顔の絵文字付きで送っておく。
『妄想乙』
『Imaginary sweetheartはRealじゃないよ』
『毎度注意してますが拾い食いはいけませんよ』
『今日はゆっくり休め』
『あ、今日雨降るらしいよ』
『槍じゃなくてよかった』
散々な言われようである。というか、智景、その注意をされたのは初めてだよ。
『相手は何D? せいぜい2.5?』
『5かもよ』
『コスプレでもすんのかよ』
Q.恋人ができたことを誰も信じてくれません。
A.日頃の行いのせいです。
『全俺が泣いた』
『お前だけで済んでよかったよ』
『誰だよクソ映画製作したの』
『敢えての奏空』
『わたしが監督なら主演を虹輝くんにしない』
『虹輝くんは地味系イケメンだもんね』
最近忙しくてなかなか来れなかった遥さんや、久々の発言が謎属性付加でいいのか。地味系イケメンは果たして本当にイケメンなのか。
『マジで恋人できたんだって。聞いて驚け、相手は司だ!!』
そこから返事は来なくなった。みんな、驚きすぎて声も出ない状態か。
『おーい、なんか反応してくれー』
『あ、ごめん。別グルで話してた』
『お前だけいないところ』
『泣くぞ?』
俺だけいないところってなんだよ。混ぜろよ。バスタオルで髪を拭いていたら自然と唇がとんがっていった。べ、別に拗ねてなんかねえし。
『確認取れました。妄想だそうです』
プルルルルル。ガチャ。
「おい、智景。お前、司とやり取りしてるのか」
『してませんよ』
ブツッ。ツー、ツー、ツー。
「なんなんだよ!!」
俺は足元に転がっている人をダメにするクッションを拾い上げて壁に投げつけた。
『俺たち、付き合ってるってことでいいんだよな?』
自信がなくなってきて、司に直接メッセージで聞いてみた。割とすぐに既読はついたがなかなか返事が来ない。ゲームをしながら返事を待っていると、ボス戦に入る直前に通知音が響いた。
『聞いてないけど』
コントローラーが床に落ちて変な音を立てた。そして思い返す。
なし崩し的にキスだけして、好きだも付き合ってくれも言ってなくね?
『俺と付き合ってください』
それを送ってから申し訳ない気持ちとやるせなさからクッションに顔を埋めた。こんな時、直也みたいなストレートな奴が羨ましくなるな。
『直也、お前結局どうなったん?』
『渋々ではあったが付き合ってくれることになったぞ』
『上手くいってんのか?』
『聞いて驚け。昨日ついに指先が触れ合った』
『お前の純情ぶりに驚きまくった』
直也はバカだけどいい奴で、やっぱりバカだ。指先が触れ合ったって手を繋ぐことすら出来てねえじゃねえか。いや、まあ、薔薇が満開になるとこっちが戸惑ってしまうからそのままでいてほしい気持ちもあるんだが。
細長く息を吐いていると、サメが襲いかかってきそうな着信音。
『もしm』
『呑気な声出してんじゃねえよ、カスが!! お前のせいでこっちは休日出勤してんだぞ!!』
なんの心当たりもないんですが。なんて言えるはずもなく、上司からの長ったらしくありがたいお説教が終えるまでスマホを少し遠ざけた。
画面を見つめたら司から返事が届いた。
『もう付き合ってる』
『愛した』
あ、やばい。
『聞いてるのか、カス!!』
顔が。
「全て私の責任でございます。迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。今から社に向かいますので少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか」
『5分で来い!!』
どんな無理ゲーだよ。シャツを羽織ってスラックスに履き替えてネクタイを締める。ジャケットを羽織って革靴を履いてステップを踏む。浮かれて踊り出す人間なんて物語上でしか見ないと思っていた。
「リア充、サイコー!!」
俺はルンルンと飛び跳ねながら6分かけて会社に向かった。
当然こってり絞られた。
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