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嫁と姑何故仲が悪い

 お湯の沸く音、挽き立てのコーヒー豆の香り、愛しい人の微かな歌声。

 どれをとっても最高と評することが丁度いい、そんな朝。


「虹輝くん、起きて」


 控えめな力で揺り起こされて、顔まで覆っていた布団を避けて目を開ける。

 最近になってよく泊まりに来るようになった司は、自分の服だってちゃんとあるはずなのに俺のパーカーばかり羽織っている。


「……もう少し」


 寝起きで掠れた声で告げて、くるりと背を向けて布団に包まる。


「は、ちょっと。虹輝くんが5時に起こせって言ったんでしょ。起きて」


 ぽふんぽふんと布団越しに背中を叩かれながら、聞こえないふりをして目を閉じる。

 ちょっと人には言えないような夢を見て、朝起きたら下着が大惨事とか。

 学生時代ならいざ知らず、この歳になってこれは少し恥ずかしい。

 元々、そういう欲が強い方ではないつもりでいた。

 だけど、司というえろかわいい彼女が出来てからはそうも言ってられない。

 毎日とまではいかなくても、かなりの頻度で治めていたのに。


「ねえ、虹輝くん、もしかして具合悪い?」


 熱でもあるのかと額に当てられた手はひんやりとしていて心地よい。


「……具合は、悪くない」


 頬に滑ってきた手に擦り寄せて、少し潤んでいるだろう瞳で見上げる。


「先に行っててくれないか?」

「ダメ。アンタ、絶対そのまま寝るから。元気なら起きて」

「すぐ、行くから……」

「なら今でもいいでしょ」


 布団を引き剥がそうとする司に対抗して布団の端を掴んで包まる。

 ようやくあって彼女は諦めて手を離し、「ご飯出来てるから」と言い置いてキッチンに向かっていった。


「……どんな夢見てたんだろうなあ」


 ちょっと張り切りすぎただろう息子にため息を吐いて、布団を蹴飛ばして起き上がる。

 立ち上がった時、つぅ、と伝っていく感触にぶるりと背が震えた。


「坊ちゃん、そのままお渡しいただければ洗っておきますので」

「っ、詩音……いつ来たんだ?」

「つい先ほど」


 引越してからも、ちょくちょく様子を見に来てくれる詩音。少しだけ申し訳ない気持ちになりながら、汚れた下衣を渡す。


「……多いですね」

「見んでよろしい」


 こんなの司に見られたら恥ずかしくて死ねると思う。

 きっと彼女の夢を見ていたのだろうから。

 蒸しタオルで体を拭いて着物に着替えてキッチンに向かう。

 ウインナーを温め直している司の肩に手を置くと、ゆらりとこちらに傾がってくる。

 胸の方へと腕を回して抱き込んで、額と頬に口付ける。


「やっと起きた?」

「起きてた」

「嘘つき」


 唇の端に口付けられたので、ゆっくりとその唇を食んでかき抱く腕に力を込めた。


「……っ、は……先にご飯」

「うん、もう少し」

「ちょっと。ばか」


 なんだか離れがたくて首筋に舌を這わせていたら背後に気配を感じた。

 ちょっと気まずくなって離れると、司が不思議なものを見るようにこちらを見て、それから詩音を睨みつけた。


「坊ちゃん。本日のご予定ですが」

「アンタ、わざと邪魔してるでしょ」

「何のことやら。それで、本日のご予定ですが」


 読み上げられるスケジュールに相槌を返しながら確認していく。

 これといって重要な案件があるわけでもないので、司とのんびり過ごすことができそうだ。

 嬉しくなって司の耳を食むと、詩音がわざとらしく咳払いで存在を主張してくる。

 二人っきりにしてくれるとかそういう気遣いはないらしい。

 諦めて気付かないふりをして腰を抱いたまま、差し出されたウインナーをぱくり。


「美味しい?」

「ああ、美味しいよ。司は料理が上手だな」

「ただ焼いただけじゃないですか」


 じとりと冷めた目をする詩音の言葉に内心で反抗する。

 ただ焼いただけだって愛情がこもっていればそれは立派な料理だ。

 じゃないと俺が料理できないことになるので。


「赤ウインナーに卵焼き、それから鳥の唐揚げにポテトサラダ。まるで幼児のお弁当ですね」


 クスクスと笑っている詩音だが、言葉には棘がある。

 カッと顔を赤く染めた司が盛り付けた皿をひっくり返そうとした。

 すぐに手を伸ばして皿を奪い取り、行儀悪く指で摘んで口に運ぶ。


「うん、美味い」

「ばか、せめて座って食べてよ」

「待ちきれなかった」


 司は柔らかくはにかんで、ご飯をよそってくれた。

 テーブルに並べて椅子に腰掛け、手を合わせる。

 用意されているのは俺と司の分だけで、詩音の分はない。


「詩音は食わないのか」

「食事は済ませてきましたので」

「てか、用事済んだならさっさと帰ってよ」


 詩音と司の間に剣呑な空気が流れる。

 所謂嫁姑バトルを見せられているような気分になって、不謹慎かと思うが少し嬉しくなった。


「そういえば、坊ちゃん」

「なんだ?」

「昨晩夢中になってプレイしていたなさっていた『ラブドキッ☆美少女だらけの運動会』についてですが」

「っ、げほ、ごほ……っ」


 思いっきり噎せた俺の背中を擦りながら、司が首を傾げている。

 わからなくていい。というか、詩音は何故それを知っているのか。


「あの作品はオチがあまりにも単調、且つメインヒロインのハッピーエンドルートにはあまりにも毒が強いシーンがありますので」

「オススメしないと言いたいのはわかったから黙れ」

「はい」


 低く唸ると詩音は素直に口を閉ざした。


「何それ、ゲーム? あたしが風呂に入ってる時の話?」

「まあ、そうなんだが……詩音の言う通りあまり面白いゲームではないらしいから検索したりするなよ。絶対にだぞ」

「まあ、あたしはやらないけど」

「見るだけでもダメだ。忘れろ」


 つい強い口調になってしまい、司が少し目を細めて唇を尖らせた。


「へぇ、つまりそういう(・・・・)ゲームなんだ」


 察しがいい所も嫌いではないが、ちょっとした出来心だったのであまり怒らないで欲しい。


「あたしのことはほっぽって寝たくせに」

「……それは違くて」

「ゲームの方がいいんだ」


 世間のリア充様。

 こういう場合、なんと答えればよいのか。

 至急ご教示ください。


「随分と心が狭いのですね。その小さなお胸が証明でしょうか」

「アンタ、ホント出てってくんない?」

「貴女の家ではありませんよ」


 いつかもこんなやり取り夢に見たな。

 実は夢じゃなかったのか、あれ。


「二人とも、そんなにケンカするなよ。怖い顔して、美人が台無しだぞ」

「アンタのそういうとこ!!」


 驚く程の速度で矛先がこちらに向いた。

 きっとどこぞの戦場では「ワルキューレ」と崇められること間違いないだろう。


「アンタがそういうこと言うから、この女が調子に乗るんでしょ!!」

「いや、そんなことを言われても」

「まあ、私が美人なのは間違いないことですし」

「アンタは黙ってて!!」


 詩音って意外と火に油を注いでいくタイプの女性だったんだな。


「別に浮気とかそういう心配をしてんじゃないの!! でも面白くないんだよ」


 浮気の心配はされてないのか。

 まあ、そこは安心していいんだな。

 それなら。


「女性は褒めるものと教わってきた。だからこれからも褒めると思う」


 はっきりと告げると、司は少し潤んだ瞳を下に向けた。


「だけど、俺が愛しているのは司だけだ。司のことは可愛いと思う。他の誰にもそれだけは言わないと約束する」


 それで許してくれないか、と。

 傍に寄って抱き締めたら、司は微かな声で「ばか」と呟いた。


「若いですねぇ」


 いつの間にか優雅にコーヒーを飲みながらくつろいでいる詩音。

 これまであまり見てこなかった姿に、何か感慨深いものを覚える。


「あまり煽ってくれるなよ、詩音。俺たちはこの通り、充分愛し合ってる」

「はいはい、わかりました。お邪魔者は退散致します」


 く、とコーヒーを飲み干してカップを食洗機に入れ、詩音は玄関に向かう。


「でも、坊ちゃんの可愛いところをたくさん知ってるのは私ですからね」

「だから煽るなと……」

「それなら、あたしだってたくさん知ってるから」


 司は真っ直ぐに詩音を見つめた。


「……あたしの彼氏だから」

「近いうちに『旦那』に変わることを期待しておきますね」


 二人は微笑み合って、そして別れる。

 仲が悪いんだかいいんだか。


「……もう一回、ちゃんと言ってよ」

「うん。司、可愛いよ」


 膝の裏に手を当ててそのまま抱え上げる。

 唇を重ねると、彼女は綺麗な涙を一筋こぼして応えてくれた。

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