甘い痛みに酔いしれ
恋人なんて名前をつけるには、まだまだ足りないけれど。
「俺がデートって言ったらデートなんすよ」
そんな風に強引に誘われて、ノコノコついてきた自分が馬鹿だった。
「連れて来たいって言ってたの、ここ?」
ホテルでたっぷりと、なんて言ってたくせに、あの日は早々に解散した。だから油断してた。この人はこういう人だったのか。
宿泊だけを目的とされていない、所謂ファッションホテル、もしくはレジャーホテル、つまりはラブホテルに連れてこられている。
「ここ、海外からも客が来るくらい人気なんすよ」
「えー、なんで?」
「入ってからのお楽しみっす」
慣れた様子で受付を済ませる琉生くんにモヤモヤしながら、大人しく後についていく。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
ふと、背後に回った琉生くんに両目を覆われた。
「え、なに!?」
「いいから。そのまま」
言われた通りに歩いていくと、水の音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
ゆっくりと目を開けると、そこにはプールでしか見たことのないあれが。
「ここ、ホテルの中だよね……?」
ウォータースライダーがあった。
「海外からもこれを目的に来る人がいるんすよ」
ただいま混乱中。
「どういうプレイ?」
「いや、さすがにそういう想定はされてないと思うっすよ」
「ローションでぬるぬるにして滑るとか?」
「それはもうバラエティっす」
笑いは起こっても気分は盛り上がらないと思う。流れる水に手を入れてみると、人肌よりは少し冷たい感じで、温水プールがこんな感じだったなと思う。
「水着も借りられるっすよ」
「プールじゃん」
「プールもあるっす」
ここ、なんなの? というか。
「詳しいね」
女の扱いにも慣れていそうな彼のことだから、こういうところに来たのは初めてではないんだろう。
「まあ、色々あんすよ」
彼は、自分よりもずっと大人なので、それなりに経験もあるんだろう。
「水着は嫌だ。どうせビキニとかそんなのでしょ」
「ガウンで滑るのもありっすよ」
差し出されたガウンを受け取って、あまり真っ直ぐこちらを見ようとしない琉生くんの顔を覗き込む。
覗き込んで、逸らされて、を繰り返してから首を傾げる。
「いや、特に理由はないっすから」
あまり追いかけ続けるのも鬱陶しいかと思ってやめたけれど、何か腑に落ちない。
「俺、ここで見てるんで」
「カメラ構えてんじゃん」
「撮らなきゃ損っすよ」
そしてドキドキしながら第一滑走。
「はぁ!?」
めっちゃ滑る。すごい勢いで滑る。頭ぶつけそう。
「怖いんだけど!!」
「はい、可愛い」
「ちょっと、琉生くんも滑ってよ!!」
「嫌っす」
ケラケラと笑ってる彼はとても楽しそうだから良しとする。
もう一度滑ったら、一度水に濡れたせいか勢いが増した。激突する直前で抱き上げられる。
「な、ナイスキャッチ……?」
「流しそうめんみたいなもんですね」
「誰がそうめんか」
キッと睨みつけると、すぐに顔が迫ってくる。あ、キスされる、と思ったのに、それらしい感触は訪れない。
恐る恐る目を開けたら、妖艶と称するのに相応しい笑みを浮かべていた。
「期待したっすか?」
「……ムカつく」
期待なんかしてないから。
「もっかい流れとくっすか?」
「……もういい」
落ちないように首に手を回して掴まる。細くて頼りない印象さえ抱かせるくせに、しっかりと男の体だ。
自分が男装するようになったのは小学生の時、同級生に少しイタズラされてから。
男として振る舞っていれば、男子たちがその気になることはなかった。
だけど、自分はどこかで女になりたがっているんだと思う。
そうじゃなきゃ、直也に迫ったりするはずもなかった。
「なんか、他の男のこと考えてないすか?」
「え? いや、そんなことは」
「ダメっすよ。今は俺だけ見て」
「ちょ、ベッド濡れちゃう」
そっとベッドに下ろされて、濡れたままのガウンを示す。
琉生くんは長めの髪をかき上げて、ピアスのついた舌でゆっくり唇を舐めた。
「どうせ濡れるんすよ」
キスの雨が降ってきて、くすぐったさに身を捩る。
「どこがいいっすか?」
「初めてだし……わかん、ない……」
食んで、舐めて、吸って。そうして赤く散らされていく花弁の主張が気恥ずかしい。
「イイとこ、教えて」
余すところなく唇を押し付けて、時折歯を立てて。
限界まで高められて、手を伸ばした所で彼の体が覆い被さってきた。
ドロドロに溶かされて、沼に落とされたような感覚。
しばらく愛されて、たぶん半分意識が飛んでたんだと思う。
重だるい体を起こして時計を見ると、もう予定の時間を過ぎていた。
「いいの?」
「何がすか?」
「時間」
まだまだ動けそうにない体を示すと、彼はすくっと立ち上がってガウンを羽織った。
「今日、泊まりでもいいすよね」
「……もうしないよね?」
「ちょっと何語かわからないっす」
嘘でしょ、まだ満足してないの。男ってみんなこう? まさかね。
「今度は」
横抱きにされてソファーに運ばれる。いつの間に頼んでいたのか、細かい装飾の美しいパフェがテーブルに置かれている。
「ねえ、これっていつ……」
初めて来たから仕組みがよくわかっていない。もしかしてカラオケみたいに人が入ってくるなんてことはないだろうけど。
「ついさっき届いたばかりっすよ。ほら、アイスも溶けてないっす」
スプーンでつついて掬い上げ、口元に差し出される。反射的に口を開けると、甘くてひやりとしたアイスクリームの味が口の中いっぱいに広がった。
「美味しいすか?」
ふわりと微笑む彼は色気とあどけなさの両面を見せる。こういう人が女性にモテるんだな、と実感した。
「……琉生くんも、食べる?」
「いただくっす」
目を閉じて「あ」と口を開けた琉生くんの口の中に、もう一つのピアスが見えた。確かスクランパーとかいったっけ。
小さな牙のようなそのピアスを見つめてから、それをなぞるように舌を這わせる。
「ん、っ……?」
「舌、出して」
舌には二連のピアス。こんなに開けて痛くないのかな。おっかなびっくり伸ばされた舌に自分のそれを重ねる。
「甘いっすね」
腰を抱く手に力が入って、彼の目が蕩ける。やっぱりこの人は可愛い。かっこいいだけじゃなくて可愛い、なんてズルい。
「自分も、琉生くんみたいになりたい」
「それはダーメ」
ガウンの隙間から熱が滑り込んでくる。
「俺みたいにってことは、たくさん経験しなきゃっすよ」
「へえ、いっぱいこんなことしてきたんだ」
「そりゃあもう、たーくさん」
耳を食みながらいい声で囁かれて腰の辺りがゾクゾクした。
「嘘つき」
「なんでそう思うんすか?」
「女からキスされてびっくりしてるような奴が、そんなに経験してるなんて思わない」
自分からキスをした時、大きく見開かれた瞳。不規則に揺れるそれを見逃すほど鈍くはない。
「実際はそこまででもない?」
「……まあ、行きずりの恋で満足できるほど軽くはないっす」
そう言った彼は首筋に顔を埋めてきた。ヘアワックスの匂いに鼻腔を擽られる。
「じゃあ、自分に本気になって」
「……今更っすよ」
「それでも。ちゃんと言葉にしてなかったから」
ピアスのたくさんついた耳を軽く食む。
「ひ、ぅ……っ」
どこか媚びるような声に何か黒いものが沸き起こる。自分にこういうものがあるとは知らなかった。
「耳、弱いんだ?」
「……覚悟はできてるってことでいいっすね? 愛し尽くしてやるっすよ」
猛獣のような輝きに、食われるのも悪くないと思える辺り、自分も変わったなと思わされることが心地よかった。
「痛くないすか?」
腰を撫でる手を掴んで指先に口付ける。
「今度は、自分の番だから」
「……おっとこまえ」
でも、そんなところも好き。耳元で囁かれた言葉には、深く熱い想いが込められていた。
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