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今は届くな愛のうた

 見栄を張ってお洒落して。

 似合わねえなって笑われて。

 子供のままでいいんだよって。


 そんな風に言われてみたかった。


「亜咲香」


 待ち合わせをした午後0時。和装で現れた虹輝は、女の視線を独り占めしていた。


「急に呼び出すから、何かあったのかと心配したぞ」

「ニートで暇でしょ。付き合ってよ」

「暇だけど……」


 気付かれちゃったかな。

 泣き腫らして真っ赤になった目。


「……カラオケでいいのか?」

「うん。点数低かった方が奢りね」

「はいはい、奢らせていただきますよ」


 そんな会話をしてカラオケに向かう。二人で何曲か歌って、はしゃいで。

 それからソラジオを再生した。


『年齢も性別も関係ないんだよ。だって好きなんだもん。そういうことを教えてくれる友人がいてね』


 もうだいぶ慣れてきたのか、奏空の声は震えたりしない。楽しげな声で紡がれる言葉には私たちの話が盛り込まれている。


「祢虎くんと、何かあったのか」

「何もないよ。うん、何も」


 本気なわけない。そう言えば、少しは軽くなると思っていたのに。とどまるところを知らない想いは、私の胸を内側から押し広げて苦しめる。

 歌う気分ではなくなってしまって、時間前に退室した。

 カフェテリア、初めて座る喫煙席で。くるくると丸めた葉っぱを火皿に押し込む虹輝を見ていた。


「タバコ、吸うんだ?」

「……たまに」


 か細い声で呟く彼は、イタズラを咎められた子供のよう。


「司も吸うの?」

「どうかな。吸ってるとこは見たことがない」

「タバコって、美味しい?」

「……くっそ不味い」


 ふっと笑った虹輝は、それでも吸い口を食んで煙を吸い込んだ。

 細く長く吐き出される紫煙が、なんだかとても美しい物に見えて手を伸ばした。


「夏祭りの後、どうした?」

「ちゃんと帰ったよ。ホントは、もうちょっと傍にいたかったけど」

「好きなのか?」

「それは、えっちなことがしたいかって意味?」


 虹輝が噎せた。それはもう激しく噎せた。立ち上がって彼の背中を擦りながら、広い背中だな、なんて思った。


「お前なぁ……」


 呆れたような声色と、涙の浮かんだ瞳がアンバランスで面白い。


「そーゆーのじゃないよ。相手は子供だよ?」


 信じてもらえないかもしれないけれど、それくらいの常識ってやつは持ってる。


「えっちなお姉さんに翻弄される男の子って可愛いじゃない」

「まあ、わからなくもないが」

「え、虹輝ってそっち?」

「引っぱたくぞ」


 喉を反らせて天を仰ぎ、長いため息を吐く彼に、周囲の視線が刺さっている。

 明らかにデート中の男女が、彼の一挙手一投足に目も心も奪われている。そんな気がする。


「俺は、手さえ出さなきゃ何も言わん」

「それが難しいんじゃん。だって好きなんだよ?」

「自制しろよ」


 キスしたらどんな反応を見せてくれるのかな、とか。触れたらどんな声を聞かせてくれるのかな、とか。


 そんなことを考えてしまうのが、とても苦しい。


「祢虎くんは、まだまだ子供だ。亜咲香が望む通りの感情なんて持ち合わせてないだろうよ」

「そうだよね。お姉ちゃん大好き、みたいな純粋な気持ちなんだよね」

「それだけじゃないと思うが」


 袖から出したスマートフォンの画面をこちらに向けながら、彼はニッと笑った。覗き見防止のフィルムの向こうをなんとか見つめると、そこには。


「……は? 通話中……?」


 通話相手は、祢虎くん。


「なんで……」

「なんとなく」

「じゃなくて!! なんで祢虎くんと個人的にやり取りしてるの、君は!!」

「あ、そっちか。それはこのため」


 ドッキリ大成功とばかりに笑う顔には少年のようなあどけなさがある。

 悔しいのに何もできなくて、わたしはただ俯いてため息を吐いた。

 通話が終了する音が聞こえて、その直後に鳴ったのは私のスマホ。


『会いに行ってもいいですか』


 そういえば、もう夏休みか。相手が学生だと思い知らされるこの時間が、嫌い。


『学校に気になる人とかいないわけ?』

『亜咲香お姉ちゃんが言った通り、まだそんな恋愛とかよくわからないです』


 お姉ちゃんなんて呼ばないでよ。


『でも、亜咲香に会いたい』


 テーブルの上にスマホが落ちて嫌な音を立てる。正面にいる虹輝の顔の方がよく見えて、その何もかも悟っているような顔にすごく腹が立った。


『呼び捨てしちゃったんで、腹切ります』


 きっとただの打ち間違い。だけど、そんな小さなことがやけに嬉しくなっちゃって。これだから。


「好きな気持ちは止められないよ」

「わかる」


 虹輝は大きく頷いて、コーヒーを飲み干した。伝票を持って立ち上がって、私の頭を一撫でして去っていく。


「やめて、来ないで」


 これ以上私を、君に溺れさせないでよ。


「亜咲香、お姉ちゃん」


 振り返ることができない。こんな顔、見られたくない。


「来ないで」

「僕のこと、嫌い?」


 本当に、この子はズルい。顔を俯かせたまま、ハンドサインで席に導く。


「僕が、大人になって。亜咲香お姉ちゃんと、並んで、歩けるようになったら。その、時は」

「待って、言わないで」


 まだ早い、まだ早いよ。だって君の人生を私に縛り付けられない。これから先、何があるかわからないんだから。


「だから、ね。お願い」


 私の心を揺さぶらないで。女の子にしないで。


「……うん、わかった」


 それからしばらくして、ようやく落ち着いた私は顔を上げる。祢虎くんは手持ち無沙汰にスティックシュガーをいじっていた。


「ねえ、私の家に来ない? ゲームもあるよ」

「それは、なんだか……」

「変な意味じゃないけど? 期待しちゃって可愛いなぁ、少年」


 ほらね。上手に笑えているでしょう?


「……亜咲香お姉ちゃん」

「ん、なんだい?」

「これ、買ってきた」


 差し出されたのはアイスキャンディー。


「……え?」

「奏空お姉ちゃん、みたいに、できる?」


 奏空みたいにって……あれを? できるわけないじゃない、あんな視聴制限に引っかかりそうなやつ。


「できない、でしょ?」

「で、できるよ」


 なんだか見透かされてるような気がして、悔しくなって袋を破った。棒を指でつまんで舌を伸ばす。


「お子様は見ちゃダメ!!」

「そういう、とこ」


 バッと目を覆った私に、祢虎くんは薄く笑った。


「亜咲香お姉ちゃんは、ちゃんとわかってる。だから、とやかく言われる、筋合い、ない」


 そう言って祢虎くんが睨みつけるのは虹輝の歩いた道。


「そんなに怒らなくたっていいのに」


 彼だって、私が本当に手を出すなんて思ってない。思ってないよね?


「亜咲香お姉ちゃん」


 いつになくハッキリした口調で名前を呼ばれる。顔を上げると、少し頬を染めて目を逸らす姿。

 こういうのが恋だと、そう思ってた時期もありました。

 間違いなく好意は持ってくれてる。だけどそこに渦巻く欲望の色は全くないわけで。たぶん、私が彼に惹かれるのも、そういうところなんだと思う。

 手を伸ばせば届くのに、決して掴むことはできない、そんな存在。


「だいすき」


 拙い音の響きが本音であることを伝えてくれる。そこに大きな意味なんてなくたっていい。

 今が楽しければそれでいいなんて思える時期はとうに過ぎてしまったけれど。


「私も大好きだよ、祢虎くん」

「つ、つぶぇう……」


 ぎゅむぎゅむとその小さな体を抱き締めながら、私は今この瞬間の小さな幸福をたっぷりと味わうことにした。

 恋だの愛だの、そんなものは後から当てはめればいい。


「うりうり、可愛いなぁ、少年」

「つぶれ、るぅ……」


 私らしくあるために。

 君には「好き」だけ伝えておくね。

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