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アタシはまだ弱い虫

SIDE 直也


 もう夜も遅いし、ということで各自解散の流れになった。


「弥生ちゃん、送っていくぞ!!」

「や、大丈夫だよ」


 ばっさり断られた……!!


「せ、せめて傘を……」

「蛇の目傘!? そんな高そうなの使えないよ!!」

「大丈夫だ、6千円で買えるぞ!!」

「百円で充分!!」

「あ、ちょ……」


 ものすごい勢いで走っていってしまった……


「……弥生ちゃん……ひ、っく……」


 ぽつりぽつりと雨が降る。涙を洗い流してくれるような気がして、空を見上げた。


「直也くん、ちょっとお話しようか」

「……父さん」


 おいでおいでと緩やかに手招かれて、俺は中へと入った。「父さん」「母さん」と呼んでみれば、今まで悩んでいたことが急に馬鹿らしくなって、ただ、それ以上の悩みも増えてきた。

 中学時代、色々と悪いことをしてきたことが、どこからか漏れてしまって。事務所に戻るのが、ちょっと憂鬱なこと。


「ねえ、直也くん。カノジョさん、可愛かったね」

「へ? あ、ああ!! 弥生ちゃんはすごく可愛いんだ!!」

「うんうん、わかる。是非泊まっていって欲しかったんだけどなぁ」

「泊ま……っ」


 それはちょっと、まだ早いというか。心の準備ができていない!!


「ねえ、直也くん。後悔しても、過去は変えられないんだよ」

「っ、わか、てる……」


 父さんは、時々こうして鋭い物言いをする。昔はそれが、少し怖かった。


「一緒にいれば必ず君の過去は明らかになる。隠し通せるほど甘くない」

「……はい」

「それでも、傍にいてくれる子なの?」


 返事をすることは、できなかった。柔らかな笑みの父さんに頭を撫でられて、母さんに「お風呂入っておいで」と言われて、一礼して浴場へと向かった。


「……言わなくても、バレるんだよな」


 俺みたいな過去を持つやつが他にいたら、たぶん俺はそいつを避けるだろう。人はそう簡単に変わるものじゃない。


『あの子、学生時代すごく荒れてたらしいわよ』

『ああいう奴は何しでかすかわからないからな』

『あいつに金庫番なんて無理無理』


 そんなこと、もうしない。口で言うのは簡単だ。態度で示さなければいけないのに、まずその機会すら与えられない。

 とにかく笑顔でいること。せっかく奏空が教えてくれたのに、俺はそれすら上手くできない。一人になると、こんなにも。

 おっと、ダメだダメだ。俺はいつも元気な森直也だ!!


「はぁ……弥生ちゃん……」


 会いたいな。泡を塗りたくって髭を剃りながら鏡を見つめる。映るはずのない弥生ちゃんの姿が見えた。


「重症だなぁ……」


 参った参ったと誰に言うでもなく呟きながら残りの毛も剃っていく。泡と一緒に洗い流して、ネットごと取ってゴミ箱へ捨てる。浴衣を少し崩して着て部屋に戻る。


「ご飯どうする?」

「今日は大丈夫!!」

「うん、そう? ねえ、直也。恋人が来たって聞いたんだけど」

「あ、ああ。えっと、まだ付き合って浅いから、紹介とかって感じじゃなくて」


 責めるような瞳から逃れるために顔を背ける。母さんは仕事でいなかったからちょっと拗ねているだけだとわかっているけど、気まずい。

 母さんは「次は会うからね」と言って去っていった。


「あ、そういえば」


 父さんの言葉を思い出してメッセージ画面を開く。


『浴衣はそのまま返してくれていいよ、と父さんが!!』

『洗濯どうすりゃいいかわからんから助かった』

『俺と司のは洗って返す』

『え、もう洗っちゃった』

『うちも手洗いしてます』


 言うのが遅かったか。失敗したな。


『直也くん、今大丈夫?』


 個人のメッセージが届いた。弥生ちゃんだ!!


『もちろん!!』

『あの、今、家の前にいるんだけど』

『お、着いたのか!!』

『そうじゃなくて』


 そうじゃなくて? 家の前……家って、まさか。ドタドタと階段を降りて玄関に向かう。


「弥生ちゃん、帰ったんじゃなかったのか!?」

「雨が強くなっちゃって。引き返した方が近いからって……迷惑、だよね」

「そんなことない!! ほら、上がって!!」


 風邪を引いたら大変だからな!!


「お邪魔します」

「あれ、雨そんなに強い?」


 濡れ鼠の弥生ちゃんを見て父さんが外の様子を確認する。


「あー、こりゃひどい。本降りだね」

「雨なら朝まで止まないわよ」


 ひょっこり寝室から顔を出した母さんの言葉に、弥生ちゃんが困った様子を見せる。泊まりは早いと思ったが……


「よかったら泊まっていかないか? 時間も遅いし」

「そうね、女の子一人じゃ危ないわ」

「あ、えと……お願いします」


 弥生ちゃんがぺこりと頭を下げる。


「風呂、すぐ入れるぞ!!」

「ありがとう」


 下駄を脱いで丁寧に揃えて上がってきた弥生ちゃん。浴衣もびしょびしょになってしまって、肌の色が透けて見える。


「んっ」


 なんというか、その。


「直也くん」


 ぽん、と肩を叩かれて恐る恐る振り返る。何か嫌な予感。


「程々にね」

「しないから!! 何も!!」


 サムズアップしないで父さん!!


「ご、ごめん、見苦しいものを」

「弥生ちゃんは綺麗だ!!」

「あ、えと、ありがとう」


 母さんに先導されてそそくさと浴場に向かう弥生ちゃん。その


「濡れた着物が絡みつく肢体は実に妖艶で俺は思わずごくりと唾を飲んだ」

「父さん!!」


 そ、そんなこと、全然思ってないからな!!



SIDE 弥生


 奏空に「直也くんって本当に弥生のこと女だと信じてんのかな」なんて言われたのが気になって、つい戻ってきてしまったけれど。

 まとわりつく浴衣を脱ぎ捨てて姿見で自分の体を確認する。


「背は……まあまああるけど……直也くん、身長高いしなぁ」


 190近い高身長の直也くんと比べたら、確かに僕はよっぽど小柄に見えるだろう。


「……あの時の、目」


 腕や足の毛も綺麗に剃っているみたいだし、美容に気を遣うタイプかと思っていたけど、そういうわけじゃないみたい。

 唇が乾燥しやすいという割に、リップクリームを持ち歩く習慣もなくて、よく舌で湿らせている。

 海でその仕草を注視した時、不覚にも心臓を撃ち抜かれるかと思った。

 いつもにこにこしているからわかりにくいけど、彼の眼光は鋭く肉食獣を思わせる。そんな目で見つめながら、唇を舌で舐められたら。


「うぅ……思ったよりも僕、直也くんのこと好きかも……」


 直也くんはかっこいい。素直に認めてしまえば、ふとした仕草にドキドキさせられる。


「ズルいよ」


 僕のことが好きで好きで堪らないという態度なのに、彼はいつでも余裕がある。


「……やっぱり、経験がある、から?」


 そういえば、ご両親は直也くんの元カノのことを知っているんだろうか。結婚とか、考えていたんだろうか。


「女の子って、言われちゃったし」


 それが当然であるかのように。ううん、ように、もなにも、当然なんだ。直也くんのことだから、すぐに他の人に目がいって、それで、別れて。その相手と結婚とかしちゃって。


「……やだな」


 浴槽の中、膝を抱える。


「うん、嫌だ。直也くんが他の人と結ばれるのは、嫌」


 考えないようにしていただけ。ただそれだけのことだった。自覚してしまえば、彼が涼しい顔をしているのが悔しく思えてきた。


「絶対に意識させてみせる」


 直也くん、みんなに隠れてこっそりグラビア雑誌買ってるの、僕知ってるんだからね。情報提供者はもちろん奏空。


 お風呂から上がって、カゴに用意されていた甚平を着る。結構ゆったりしていて、もしかしたら直也くんの、なんて考えてしまった。


「なんか、僕……変態みたいじゃない……?」

「お、似合ってるぞ!! とっても綺麗だ」

「な、直也くん」


 聞かれてない、よね?


「腹は減ってるか? 軽食くらいなら用意できるが」

「ううん、大丈夫。それより」

「悪いが俺の部屋だ。空いていなくてな」

「うん、わかっ」


 直也くんの部屋に泊まるんだ。

 直也くんの、部屋に?


「心配しなくても何もしないぞ!!」


 言葉を切った僕が警戒していると思ったのか、直也くんがそんなことを言うから。


「うん、大丈夫。ちゃんとわかってるよ」


 ちょっと、顔が熱い。逆上せちゃった、かな。うん、そういうことにしておこう。

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