しあわせのとんぼが
SIDE 恋
朗読ってこんなにすごいんだ。キリのいい所まで聞かせてもらって、ふと顔を上げるとみんないなくなっていた。
「置いていかれた!?」
「あ、なんかそれぞれで回るみたいっす」
あっちと、あっちと、あっちに。琉生くんが指差した方に確かにそれぞれで楽しんでいる姿。
「びっくりした……」
「皆さん、どういう関係なんすか」
「合コンで知り合ったのがほとんど」
「はぁ!? っ、げほっ」
正直に言うと、彼は声をひっくり返して咳き込んだ。
「てか、年少組以外は同じ高校の同窓生なんだ」
「あぁ……そういう……」
なんかすっごいホッとしてない?
「びっくりしたっす。合コンなんてあんま聞かないし」
「まあ確かに。自分も初めてだった」
自分が合コンに誘われたのは店でのこと。客としてやって来て、いきなり「久しぶりだな!!」なんて手を振ってきて、誰だっけと首を傾げてしまった。学生時代とはまた違ったいい男になってたから。
「直也とは、1回男女の仲になりかけたことがあってさ」
「ぴょえ!?」
「どっから出るの、その声」
腹を抱えて笑っていたら、琉生くんが髪をいじりながら唇を尖らせた。サイドの髪で隠れていたけど、バチバチにピアスが開いているのが見えた。
「だって……直也くんって、あの背の高いイケメンっすよね」
勝ち目ねえわ、と膨らんだ頬をつつく。ぷしゅ、と空気が抜けて萎んだ。
「もう四年も前の話」
「たった四年っすよ……ちなみに出会いは?」
空を見上げて当時のことを思い出す。
「なんかむしゃくしゃして、自暴自棄になって、気付いたら万引きしようとしてたんだ」
何か大きなきっかけがあったわけではない。積もり積もって、という感じ。バレて捕まるならそれでもいいと思っていた。
「そしたら、店から出る前に手首掴まれて。『まだ間に合う。戻せ』って言われてさ。それが直也だったんだ」
掴んでる腕も取った商品も自分の体で隠しながら、店員に気付かれないようにほんの一瞬で済ませて。
「うっわ、どこの漫画の話っすかそれ」
「それで、商品を棚に戻して店の外出たら、頭撫でられて。何時間も愚痴とか付き合ってもらっちゃって」
「うわー、イケメン過ぎる……そんなキャラじゃねえって、あの感じ……」
女にデレデレだし、バカだし、残念イケメンだなんて言われてるアイツだけど。
「……かっこよくてさ」
「うん、そんなんされたら俺も惚れる自信あるっす」
「わかる?」
「だって、腐りそうな時に救いあげてくれる存在とか、強すぎじゃないすか」
「ほんっとそれなの」
色々話してるうちに、直也もかなり悪いことをしてきたってことがわかって。後悔して欲しくないんだよ、って抱きしめられて。正直、ちょろ甘だった自分はころっと落ちた。
「でも、交際はしなかった?」
「……正直な話、思い出ちょうだいって言った」
「うっ」
「そしたら、直也の奴、たたなくて」
「ううっ」
ちょっと話しすぎちゃったな。
「ねえ、タバコ吸えるとこ知らない?」
「一応喫煙スペースはあるけど、吸うんだ?」
「まあね」
「……ふぅん。こっち」
琉生くんはポケットに手を突っ込んでゆっくり歩き出した。案内されたのは簡易テントだった。真ん中に灰皿が置かれている。
「はは、喫煙スペースの意味なくておっかしー」
「まあ、外だからこんなもんじゃん?」
タバコを咥えてオイルライターの蓋を押し上げる。キン、と小気味よい音に琉生くんが寄ってきて、火をつける前に手を握り込まれた。
「何?」
「それも、直也くんの、影響すか」
「アイツ、タバコ吸わないよ」
火遊びくらいはしたことあるってボソッと言ってたことはあるけど、直也がタバコを吸ってる所なんて見たことがない。
「……よかった」
ほっと息を吐いて、ふにゃって笑う。コロコロ変わる表情が、すごく。
「でも」
「うん?」
「直也が吸ってたら、かっこいいかも」
ガーン、って効果音が聞こえてくるくらいにショックを受けた顔をして、琉生くんがぷるぷる震え出す。
「やっば、琉生くん可愛い」
「可愛い、はあんま言われたことないっすけど」
「え、知らないの?」
息を吸い込みながら火を当てる。ジリジリと葉が焼けて煙が上がる。
「惚れた相手って可愛く見えるもんなんだよ」
「惚れ……へ?」
あの頃の直也に似てるなって、思わなかったわけではないけれど。
「一目惚れ。悪い?」
ふう、と煙を吹きかける。琉生くんが頭をガリガリかいて、ため息を吐いて。
「俺、色んな小説読んできたんすけど」
手首を掴まれてパッとタバコを奪われる。揉み消して灰皿に捨てて、そのまま腰に腕を回される。
「そういうことで、いい?」
「えっちじゃん?」
「どっちが」
顎に指が添えられて、上を向かされて、覆い被さるように、噛み付くように唇を奪われた。腰に回された腕がキツく締まって、逃がしてやるもんかって感じ。
「っ、ふ……」
別に、女として見られるのが嫌なわけじゃない。そりゃ、昔はだいぶ嫌だったけれど。みんながみんなそうじゃないってわかってから、好きな相手にはどっちに見られても平気。
「……言っとくけど、一時間やそこらで満足できるほど若くねえから」
「へぇ、何歳?」
「32」
うっそ、見えない。めちゃくちゃ見た目若くない。
「お兄さんとかお姉さんとかいうからつい」
「坊ちゃん嬢ちゃんじゃないっしょ」
耳元でリップ音を立てて離れていく琉生くん。
「ちょっと、タバコ代返してよ」
「いいっすよ、もちろん。ホテルでたーっぷりと」
「っ、と……」
ぺろっと舌なめずりしながらやけに色っぽい声で言われてゾクゾクした。
「好きっしょ、こういうの」
「……嫌いじゃ、ない」
「素直になっていいのに」
琉生くんは左手をポケットに突っ込んで、右手をこちらに差し出してくる。
「ほら、置いてくっすよ」
「待ってよ」
下駄がカランコロン。ああ、いい音。そうだ、いい歌思い浮かんだ。
SIDE 虹輝
雨が降る、と奏空が駆け回って。ほぼ全員が花火の会場に揃ったのだが。
「先生、4名足りません」
「待って、通報しないで。祢虎くんたちはもう少しで来ると思うから」
「恋がどこかに連れ込まれてエロ同人みたいな目に遭わされてても問題ないと」
「ちゃんとくっつくところまで見届けたので問題なし!! レンレンからアタックしてました!!」
「……ならいいか」
まあ、成人してるしそこまで突っ込む必要はないだろう。
「あ、降ってきました。そろそろ解散した方がいいかと」
政貴くんが空を見上げた。まだ雨が降っているという感じはしないが、敏感な二人にはわかるのだろう。奏空も晴斗の手を傘のように頭上に置いている。意味ないだろ、それ。
「じゃあ、解散だな。俺は一応亜咲香たちの様子を見てくる」
「心配し過ぎじゃない? 亜咲香だってそんな節操なしじゃないって」
「心配なのは亜咲香の方なんだよ」
ほとんどのメンバーが疑問符を浮かべているが多く説明する気はない。
「まあいいから。司、家で待っててくれ」
「どっちの?」
「俺の家来たくないだろ。そっちに行く」
「わかった。遅くなんないでよ」
ひらりと手を振って亜咲香と祢虎くんの姿を探す。
「いた……って、お前は……っ!!」
「わ、やば、見つかった」
「三度目はないって言ったよなぁ?」
体を寄せ合っていた二人に歩み寄っていく。亜咲香は「てへぺろ」なんて言いそうな表情で舌を出している。
「大体お前は」
「さっ、きから、うるさいんですよ!!」
「っ!?」
今の、祢虎くんの声か? 濡れた子犬みたいにぷるぷるしているが、キレたんだよな?
「っ、行きま、しょ」
亜咲香の手を掴んで、祢虎くんは走っていった。呆気に取られていた俺に、亜咲香が「ごめん」と謝っていった。
「……俺は何も知りませんでした」
扇子を閉じて肩口に当て、大きく欠伸を一つ。末永く爆発すればいいと思う。俺もそうする。ぽつぽつと降り出した雨の中、隠れるのが遅れたらしいトンボがふらふら飛んでいた。
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