やっぱりかわいいな
side 亜咲香
からかって遊んでいるだけ。本気にはなれない。私の恋愛観を否定する奴らに散々言われた。
「亜咲香お姉ちゃん、何か嫌なことでも、あっ、た?」
敬語で話すべきかどうか、ちょっと迷ったのか言葉が詰まり気味の祢虎くん。
「ううん、何にも。それより少年、射的でもしないかい」
そっと手を掴むと少し体が跳ねるところとか。すぐに真っ赤になるくせにできるだけ目を逸らさないようにするところとか。とにかく全てが可愛らしくて、気付けば本気になっていた。
「亜咲香お姉ちゃん」
「おっとと」
可愛らしいのに、ちゃんと男の子。肩を抱くように引き寄せられて、少し胸が高鳴ってしまう。
「前、見ないと」
「……ありがとう」
人とぶつかりそうになっていた所だった。考え事をして周りに注意ができないなんて、自分が情けなくなる。
「亜咲香ちゃんに祢虎くん!!」
あのバカデカい声は直也か。いやに身長が大きくて、威圧感があって苦手だ。悪い人ではないのはわかってる。わかっているのに、怖くなる。
「ちょっと、折角デートしてるんだから邪魔しないでくれる?」
ムッとした顔をすると、彼はわかりやすく動揺した。
「す、すまん。だが虹輝に見張っておけと言われてだな」
「亜咲香さんがやり過ぎないようにって」
私は雌犬か。
「そもそも学生とか相手にならないし」
「……え」
「本気なわけないじゃん」
晴斗の真似をしてやれやれと首を振ったら、直也と弥生は顔を見合わせて相談を始めた。いいからさっさとどっかに行ってくれないかな。
「大体、直也は弥生見てなんとも思わないわけ? 浴衣の着付けだって直也がしたんじゃないの」
早く立ち去ってほしくて、どんどん口調が荒くなっていく。
「それはだな。いくら奏空でも弥生ちゃんには触れてほしくなくて」
「そーゆーバカなフリしてる奴が一番ムカつくんだよ。とっくに気付いてんでしょ」
頭が痛くなってきた。
「亜咲香さんっ」
「何だよっ」
「あっち、行こ」
子犬みたいにぷるぷる震えながら、祢虎くんが私の腕を引いている。
「……ご、め」
「すまん、亜咲香!! 確かに弥生ちゃんとのデートを邪魔されたら怒りたくなる!! お前を信じるからな!!」
じゃあな、とにっこり笑って弥生の手を引きながら去っていく。ちゃんと謝らなきゃいけないのに、それも許されなかった。
「だめだな、私……」
「亜咲香、お姉ちゃん」
私の腕を宝物みたいに大事に抱いて、祢虎くんは濁りのない瞳で私を見ている。
「大したことじゃないんだけどさ。ちょっと色々あって、年上の男性とか、ああいう大きい人とか少し苦手でさ」
「……はい」
「あ、別に何かされたとかそんなんじゃないからね。ちょっと怖いイメージがあるっていうか」
本当に、酷いことをされたことがあるとか、そんなことはない。ていうか、本当ならあっちが私みたいなのを嫌がってると思う。中学の時、直也を悪い道に誘ったメンバーは私の知り合いだ。
「……バカやって騒いで、何の悩みもなさそうなメンバーだけどさ。色々あんの」
「なんとなく、わかります」
「奏空のあれ見たでしょ。めっちゃくちゃ怖かった。あんな、憎しみに満ちた笑顔、私見たことないよ」
知り合いだったから、普段からそうしていたから、ただそれだけなのかもしれないけど。普段は人のいい笑顔で周囲を巻き込んで、みんなを笑顔にしていく奏空の、あんな顔。
「私ら、高校が一緒でさ。当時から仲良かったわけではないけど、奏空たちも目立つ方だったからよく知ってるの」
「亜咲香お姉ちゃんも?」
「まあ、私はこの通りだから、色ボケメンバーの一員だったよ」
「僕は、そんな風に思いません」
真っ直ぐに見つめてくる瞳があまりにも眩しすぎて、私は目を逸らした。
「だって、その……硬い、から」
「硬いって何が? そりゃ胸はそんなないけど」
「そうじゃなくて、あの、動きが……ごめんなさい、上手く言えなくて」
辿々しい言葉に思い出すのは、生徒会長だった夕夏の言葉。
『軽い女演じるのって楽しい?』
当時は何コイツって思ったけど、だけど。
「まあ、確かにちょっと疲れる、かなぁ」
年上が苦手だから、どうしても年下の子に目がいってしまう。それを打ち明けた時に告げられた言葉が「ショタコン」だった。いっぱい調べて、それっぽく振舞ってきたら、いつの間にか。
「無理、しなくてもいいと、思います」
「今更だよ」
「僕の前だけ、とか……あ、えと、ごめんなさい」
不意打ちだった。思わず抱き締めてしまった。嬉しくて涙が出そうだったから。
「あ、の……今のは、その……深い意味とかなくて……」
「うん……いい。なくたっていい。ごめん、もうちょっとだけ」
もう一度、さっきまでと変わらない態度をとれるようになるまで。
「……わかってるなら、いい、です」
祢虎くんの腕が、本当にゆっくり、私の背中に回ってきた。
「おい」
やや低く呆れたような声が聞こえて、祢虎くんの腕が離れていってしまった。
「三度目はないと言ったはずだが」
「見られてたのか。抜け目ないなぁ、真面目くん」
「……ったく」
誰よりも人に見られたかった彼だから、きっと人のこともよく見えている。
「直也と弥生は」
「きっとふたりでラブラブデート」
「……そこまで熱くなってるとは知らなんだ」
「何言ってんの、あれはきっと弥生の方がゾッコンになるタイプだよ」
「想像できないな。直也が暴走して振られるのがオチだろ」
人のことはよく見てるくせに、恋愛事情に関してはポンコツ。
「直也のハジメテに嫉妬して襲い受けするよ、絶対」
「未成年の前だ、自重しろ」
わざとらしく舌なんか打っちゃって。
「……本当に次はないからな」
「はいはい、わかってるって」
手で払うと、虹輝は愛しい司の元へと歩いて行った。
「あの、ごめんなさい。僕が」
「いいのいいの」
見逃してくれること、初めからわかってるから。
「ねえ、フランクフルト食べない?」
「へぁ!?」
「ふふ、冗談だよ。若いなぁ、少年」
ね、ほら。いつも通りでしょ。
side 直也
「よかったの、かな」
「何がだ?」
「亜咲香さん、なんか様子がおかしかった」
弥生ちゃんが心配そうに二人の方を見ている。俺は亜咲香に嫌われているようだから、なんとも言えない。
「亜咲香は強い女だ。すぐに立ち直るさ!!」
「それ」
どれだ? 俺は弥生ちゃんの指差す先を辿ってみる。
「違う。その呼び方」
「呼び方?」
「直也くん、女性を呼び捨てるの、そんなに多くないよね」
「そうか?」
奏空に亜咲香に……いや、そもそも俺は女性の親しい相手がそんなにいないな。ちょっと泣きそうだ。
「奏空は性別奏空だからともかくとして、亜咲香さんはどうして?」
「……どうしてだろう?」
俺にもわからん!!
「……ちょっと妬けちゃう、かも」
「え、弥生ちゃ」
「弥生って、呼んでみて」
小首を傾げた弥生ちゃんがそうお願いをしてくる。俺はそっと目を背けた。
「まだ、できない」
何かがおかしいことはわかってる。周りの反応、特に奏空が春彦さんに食ってかかったあの件。
もしかしたら、弥生ちゃんは。
「まだってことは、いつかは呼んでくれるんだよね」
にっこり笑った弥生ちゃんに、俺は曖昧な笑いで返事をするしかなかった。
いつかは決着をつけなくちゃいけない。でも、でも今はまだ。夢を見ていたい気分だから。
「おーい、そこのバカップルー!! 一雨来るぞー!!」
奏空が叫んでそのまま去っていった。スマホを確認すると似たような内容のメッセージが届いていた。集合場所を聞いてそちらに向かうことにした。




