パッと光って咲いた
「……みんな浴衣似合うなぁ」
本当に一人で全員に着付けをしたらしい奏空は、棒付きキャンディをもらって食んでいた。
「結構な大所帯だし、一列になって歩くか?」
「せめて二列じゃね。カップルプルンプルンバラけさせちゃ悪いって」
「馬に蹴られて死んじゃうよ」
「豆腐の角に頭ぶつけて昇天しちゃうよ」
「たぶんその人ガチ豆腐フェチだったんだろうな」
「何の話?」
わいわいと盛り上がっていると、袮虎くんが火照った顔を扇子で扇いでいる。
「……賑やかですね」
こんな所に僕がいていいのか。ぽつりと漏らした声が聞こえてしまった。
「袮虎くん。まず一つ頼みがあるんだが、ここに保護者の連絡先を書いてくれないか。悪用はしない。緊急時、どうしても必要な時に使うだけだ」
「え、あ、はい」
ペンを持った袮虎くんの肩の辺りに白い手が伸びて、一瞬お化けかと思ってビビった。チビってないぞ、ビビっただけだ。
「なーんで、私より先にご両親に挨拶しようとしてるのよ」
「え、それってけっこ」
「挨拶はしようとしてないし、お前がやらかさないための予防策だよ、亜咲香。抱きつくな胸を押し付けるな耳元で囁くな、年頃の少年には過ぎた薬だ」
言ってる間に袮虎くん、ますます赤くなって倒れそうじゃないか。
「もう……意地悪なんだから」
「まともなんだよ」
「ねえねえ袮虎くん、お姉ちゃんって呼んでみて。お兄ちゃんでも可」
「え?」
いつの間に作っていたのか、それぞれにレジン製のネームキーホルダーを配っていた奏空が袮虎くんに絡む。
「……奏空お姉ちゃん?」
「ヴッ」
「誰かメッセージ受信してる」
言わせといて照れてんじゃねえよ。
「じゃあ、じゃあ私は?」
「亜咲香……おね、ちゃん……」
おっといけない、通報通報。
「やだもうかわいいー!! 君との運命フォーリンラブ的な感じー」
「全くもって意味がわからない。そして抱きつくな。三度目はないぞ」
「あ……僕は、別に……」
君がよくても法律は許しちゃくれないんだよ。
「いつも、こんな賑やかなんですか」
「うん、まあ、大体」
「お兄ちゃん、たこ焼きあるよ」
智景と智晴ちゃん、そしてその彼氏の政貴くんがほわほわ花を飛ばしている。ちょっと離れたところにいる夕夏は何をしているんだ。
「……へえ、おみくじ」
「覗きとか趣味悪いよ、お坊ちゃま」
「残念ながら庶民になったんで」
「資産一億に届きそうな人を庶民とは呼ばないの知ってる?」
親のコネのおかげではあったが、学生時代のちょっとしたおしごとのおかげで貯金はまあまあある。さっさと次の仕事を探さないのはそのためだ。ちょっとゆっくりしたいです。
「ふー、ふー……はふっ、はふ……」
なんだかめちゃくちゃ猫舌な奴いるな、と思って振り返ったら司だった。
「めっちゃくちゃ可愛い。猫舌なんだ、司」
「っん……これ、すごく熱いの。アンタも食べてみてよ」
二本の爪楊枝をたこ焼きに刺し、俺の口元に差し出してくる。熱いのは割と平気なんだが。手をそっと握って固定してたこ焼きを食べる。
「ん、美味しいな」
「信じらんない……アンタ猫なのに猫舌じゃないわけ……?」
「別にいいだろ。マヨついてるぞ」
たぶん、夏だし祭りだし。ちょっと浮かれた気分でいたせい。
首の後ろに手を回してそっと引き寄せて、司の唇の端についたマヨネーズを舌で掬いあげた。
「じょ、上級者がいる」
「あんな大人になっちゃダメよ、袮虎くん」
「ご心配なく、なれません」
周りの視線に気付いて恥ずかしくなり、司を抱き締めて肩口に顔を埋めた。穴があったら埋めたい。歩くのに邪魔そうだし。いや、なんか違うな。穴があったら入りたい、か。
「レンレンも焼きタコ食べるー?」
「たこ焼きがいいかな。食べる」
奏空に呼ばれて恋が駆けていく。
「あの人だけ、いい人いないよね」
耳元で聞こえる声。なんだかんだいって司もこのメンバーでいるのは気に入っているのか、よく観察しているな。みんなと仲良くなったらちょっと寂しくなるかも。俺は司の体をきつく抱きしめた。
「らっしゃい」
「たこ焼きクレメンス」
「あい、たこ焼きね」
「いい声っすね。声優なりませんか」
奏空が屋台の兄ちゃんに絡んでいる。身長は俺と同じくらいか、なかなかの高身長にスラッと長い手足。顔立ちも王子系と言えばいいのか、ファッションモデルなんかやってそうな感じ。
「あ、もしよかったらトールチャンネルをよろしくおなしゃす」
「もしかして、トールさんご本人ですか? あの朗読系YouTuberの?」
「Oui.」
反応を見せたのは智景だった。
「以前、僕の作品を朗読して頂いたんです」
「トールこと時任琉生です。よろしゃーす。はい、たこ焼きどーぞ。熱いんで気を付けてくださいね」
朗読か。というか本名普通に明かすのか。
「お兄さん? いや、お姉さん? めっちゃ綺麗なんでサービスしときました」
その視線の先には恋が立っている。
「え? 自分ですか?」
「はい」
「琉生、お前も回ってきていいぞ。そろそろ花火始まるだろ」
奥からスキンヘッドの「おっちゃん」って感じの男性が出てきた。
「え、じゃあ一緒に見に行きません?」
奏空がウキウキと声をかけると、琉生は顎に手を当てて考え込んだ。
「美人と仲良くなるチャンスっすよ、うりうり」
奏空、その距離感の詰め方はどっから学んだんだ。
「そっすね。お邪魔でなければ」
「レンレン、よかったね!!」
「いや、自分は別にそういうのは」
「よかったね!!」
「あ、うん、そうだね」
意外と押しに弱いな、恋。
「まあ、これで本格的に大所帯だし、移動は一列になるしかないか」
「「「はーい」」」
「横一列になるな邪魔なんだよ」
そんなこんなでわいわい騒ぎながら花火観覧会場にたどり着く。自然とカップルやいい仲の二人が並んで用意されているパイプ椅子に座る。
「いや、亜咲香。お前は袮虎くんを降ろしてやれ」
膝に乗せるな。
「……だめ?」
「あ、の、僕は、えと」
「ダメに決まってる」
袮虎くんを抱き上げて隣の席に座らせる。結構軽いな、この子。思わず頭を撫でてしまった。弟がいたらこんな感じなんだろうか。
「へー、コンカフェで働いてるんですね。メイドさんとかっすか?」
「いや、自分にそういうの似合わないと思いません?」
「いやいや、恋さん綺麗ですし似合いますって。俺、恋さんのメイド姿見てみたいっす」
奏空と同じくらい距離詰めるの早いな、侮れないぜ、琉生よ。
「花火、始まる。立ってると邪魔」
くい、と袖を引っ張られて席に戻る。
手が離れないな。
「もしかして、手を繋ぎたいとか?」
「言ってない」
「俺が繋ぎたいから、繋いでくれるか?」
差し出した手におずおずと手が重なる。しっかり握り締めて空を見上げる。
「わぁ……」
パッと火の花が夜の闇を割いて開く。それを見た司から感嘆の声が漏れた。艶やかな唇には色とりどりの光が反射している。
「司」
「え、な──」
赤、青、黄、緑、橙。色んな色を映していたのに、マヨネーズでコクの出たソースの味しかしなかった。
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