弱い太陽だとしても
「そういえば皆様方よ。絶賛夏祭りが開催されているのをご存知か」
奏空が砂浜に寝っ転がりながら口元で手を組んで言った。そのポーズアニメで見たぞ。
「夏祭りといえば浴衣!! だよね、司ちゃん」
「なんでアタシに振るの。着ないし」
夕夏が肘でつつきながら言うと、司は心底嫌そうに顔を背けた。
「浴衣が着たいなら是非我が家へ!!」
「着ないって言ってんの」
直也が両手を広げて司に近付いたものだから司が身を引いた。スキンシップは許しません。顔面を掴んで引き離すと、何が起きているのかわからないといったように混乱している。
「浴衣かぁ……似合いそうだけどねぇ」
司の頭のてっぺんからつま先までじっくり観察し、胸に視線を留めた奏空がうんうんと頷いている。
「っ、アンタムカつくんだけど……!!」
胸を腕で覆った司が奏空を睨みつける。しかし効果がないようだ。
「直也、春彦さんに連絡しておいてくれ。さすがに全員分の浴衣はなくても……まあ、女性陣だけでもな」
「お、流石晴斗くん。ムッツリだねぇ」
「お前は何を言っているんだ?」
奏空のからかいに本気で首を傾げる晴斗に、女性陣からの冷たい視線。ついでに袮虎くんもすごい冷めた目で見ている。君、そんな顔できたのか。
「……違うからな?」
よくわかっていないながらも否定をして逃れようとしている。
「いや、全員分用意できそうだ!! ただし……」
直也が奏空を見つめる。
「え、なに急に。ちょっと照れる」
「うん、小児用だな!!」
「キサマのタマを取ったろか?」
奏空は随分と小さいからな。態度以外。
「夏祭りに行きたいんだが浴衣を……話が早い!! さすが父さんだ!!」
眩しい笑顔を浮かべて「父さん」と呼んだ直也にほっこりした。そうか、呼べるようになっていたんだな。
「よし、そうと決まれば我が家へいらっしゃい、だ!!」
そして連れてこられたのは、老舗旅館だった。
「ただいま!!」
「「「お邪魔します」」」
「お待ちしておりました」
背筋をまっすぐに伸ばして両手を膝の前につき、お手本のような座礼を見せる浴衣姿の男性。
「ふふ、直也くんがお友達を連れてくるなんて初めてのことだから舞い上がっちゃって……」
照れたように頬をかきながら笑うその男性が春彦さんなのだろう。長い付き合いになるが、初めて見た。
「ささ、遠慮せずに上がって」
「お邪魔はしないけどお邪魔しまーす」
順応性の高すぎる奏空だけがさっさと春彦さんの後についていった。
「ここ、テレビでも紹介されてましたよね」
「虹輝くんだけじゃなくて直也くんもお坊ちゃまだったわけ?」
「てか、アンタら友達でしょ。なんで知らないの」
「いや、だって直也ってプライベート見せないタイプだったし……」
「旅館なら浴衣はたくさんありますよね」
「おーい、こっちだぞ!!」
若干理解が追いついていない俺たちの様子をものともせず、直也が手招きをしている。案内された部屋に入ると、色んな浴衣が用意されていた。
「わぁ、キレイ……」
亜咲香がうっとりとしている。その隣で智景が手を挙げている。
「せっかくの機会ですので妹も呼びたいのですが」
「お!! 智晴ちゃんか!!」
「あぁ……圧倒的和風美少女……」
確かに似合いそうだな、と頷いていたら司に肘鉄された。解せぬ。
「ええ、是非。所で……直也くんの彼女さんはどなた?」
「と、父さん!!」
「え、あの……」
わたわたしている直也を片手で押さえつけている春彦さん。物腰柔らかな人だけどすごい力だ。そして、一同どうするべきか迷っている。誰を直也の彼女にするか。
「あれ? 直也くん、今日はデートでもあるって言ってたんだけど……ちょっと見栄を張りたい年頃かな? わかるわかる。僕にもそんな時期あったよ」
それで納得してくれるならそれでもいいか、とホッと息を吐いた時、意外にも動いたのは司だった。
弥生の背後に回ってとん、と背中を押す。よろけて一歩踏み出した弥生に春彦さんの視線が向く。
「もしかして、君が?」
「っ、はい……っ!!」
覚悟を決めた弥生が大きく頷いた。照れ出すかと思った直也は、真っ青だった。
「そっかそっか。いやあ、とても美人なカノジョさんだ。安心安心」
「え、いいんですか?」
「おい、奏空」
奏空の声は挑発的で、明らかに煽る姿勢に入っている。初対面の人相手にそこまでするのは順応性が高いとかそういうレベルじゃないぞ。晴斗が慌てて止めに入るが、それを振り切って奏空は春彦さんと対峙した。
「直也ってこの旅館の跡取り息子ですよね。もしかして、血の繋がらない子供に継がせるなんて有り得ないとか思ってます?」
「奏空、やめろ。どうしたんだ」
「気付いてるのに知らんぷりするのはそういうことでしょう?」
にっこりと、それはそれはいい笑顔で言い放つ奏空。春彦さんは少し目を丸くした後、すぐに細めて吹き出した。
「奏空ちゃん、本当にあなたは。みんなの顔色見ようね」
「え、お知り合い……?」
「この人、私の担当編集さしゃ……編集者しゃ……担当編集の旦那さん」
呆気にとられるとは、このこと。奏空は呑気な顔で浴衣を選んでいて、春彦さんは「ちょっと意地悪が過ぎるよ、奏空ちゃん」と軽く握った拳で頭を小突いていた。
「おお、由美さんの言っていた作家ってのは奏空のことだったのか!!」
一番に復活した直也がポンと手を打つ。
「それにしたって、酷い言い方が許される訳では……」
晴斗がまっとうなことを言う。
「部屋で一人ぐすぐす泣いてるのも知ってるから気にならないかな。わざと人に嫌われるような毒舌キャラ作ってるんだもんね」
「作ってないし泣いてないっすやめてくださいそういうの」
「いつか嫌われるくらいなら最初から嫌われていた方がマシ、だっけ?」
「そんなこと言ってない思ってない」
「素直でいれば可愛いのに」
「……たすけて」
春彦さんがものすごくいい笑顔で奏空を追い詰めていくので、なんだお互い様かとちょっとホッとした。楽しいならそれでいいと思います。
「でもまあ、奏空ちゃんが言うことはそう間違っていないから」
ふと視線を落とした春彦さんに注目が集まる。
「この旅館を、直也くんに継がせる気はないよ」
「そ、それは俺がバカだからとかそういう」
「うん、まあ、それもなくはないけど」
なくはないのか。
「たぶん直也くんのことだから、ウチの事情はみんな知ってるよね。直也くんには自由に過ごしてもらいたいなって」
今度は俺が食ってかかる番かと思った。
「ダメ。アンタは、ダメ。これはアイツの問題なんだから、アンタの家とは関係ないんだから」
司にしっかりと腕を掴んだままそう言われて、確かになと冷静になることができた。
「……そんなことより、あたしにも選んでよ」
「え、浴衣は着ないんじゃ」
「いいから」
手を引かれて浴衣を選ぶ。シンプルだけど同じ花のあしらわれている揃いの浴衣を着ることにした。
「着付けは僕と直也くんと……女性陣は奏空ちゃんに任せようかな」
「私だけ負担大きくて草」
「懲りたら意地悪言わないでね」
「……申し訳ございませんでした」
奏空が泣きそうな顔で謝って、やってきた智景の妹とその彼氏も一緒にみんなで浴衣を選んで着付けをしてもらった。
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