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ノドが渇いてただけ

 決して後ろを振り返らない!!

 マエ(ง ˙˘˙ )วムキ マエ(ง ˙˘˙ )วムキ

 いつも元気な森直也だ!!


 「一生童貞」「純情馬鹿」など不名誉なことを言われているが、童貞でもなければ純情でもない!!

 俺だってヤる時はヤる男なんだ!!


「え……直也くん、振られてばかりだったって……」


 何やらショックを受けたような弥生ちゃんの姿を見ると、俺の人生が間違ったものだったような気がしてならない。


『童貞なんてダサいだけだよ。大丈夫。怖いことなんて何も無いから』


 今思い出すと背中に虫が這っているような不快感に襲われる。あの時の俺は本当にバカだった!!


「そっか……初めてじゃ、ないんだ……」

「うっ」


 やけに胸を締め付けられる物言いに、俺は思わずその場に跪いた。決して身長が低いわけではない、というか割と高めの弥生ちゃんの前に跪くと威圧感がすごい。


「……へえ、そうなんだ……女の人と……ふぅん……」

「や、弥生ちゃ」

「ん、なぁに?」


 おっと神々しいまでに輝く笑顔!! これは俺でなければ浄化されてるな!!


「直也くんは、僕のことが好き?」

「もちろんだ!! 君が望むなら俺は犬にでもなってみせるぞ!!」


 これはその昔、誠意を表すにはこの言葉が有効だと奏空に教えてもらったのだ!!


「……お座り?」

「わん!!」


 俺はすぐさま両手を揃えて体の前に、膝を立てて尻を熱い砂浜につけてぴしりと背筋を伸ばした。


「んっ、ふ……」


 言われた通りにしたら、弥生ちゃんは口元を押さえて肩を震わせていた。うん、可愛い!!


「お……お手……」

「わんわんっ!!」


 差し出された手に、握った右手を乗せて顔を上げる。


「ふふ、直也くん、本当の犬みたい」


 すっかり機嫌が良くなったようで安心した。やっぱり弥生ちゃんには笑顔が一番似合う!!

 緊張していたせいか、乾いた唇を舌で舐める。そういえば、弥生ちゃんの唇はいつも艶があるな。健康でいい!!


「っ、ちょっとそれは……」

「ん?」


 見つめていたら弥生ちゃんに顔を背けられてしまった。しまった、あまりにもジロジロと見すぎたか。俺も見られるのは得意でないしな!!


「……さすがに、心臓に悪い……」

「心臓!? び、病気か!?」

「違うよ!! それからその番号救急じゃなくて警察だよ!!」

「不審者か!?」

「一回深呼吸しよう?」

「ヒッヒッフー」

「うん、ついでに奏空さんから教わった知識は一旦捨てよう?」


 何故奏空から教わった知識だとわかるんだ!? 弥生ちゃんはエスパーなのか!! すごいぞ!!


「でもよかった。直也くん、本当に僕のこと好きでいてくれるんだね」


 うれしい。その言葉は音にならなかったが、確かに伝わってきた。胸がポカポカと温かい。


「これが愛か!!」

「……でも、あんまり他の人には言わないでほしいかな」

「何をだ?」

「僕たちが、付き合ってるってこと」


 雷が落ちた。そんな衝撃だった。


「な、何故……」


 膝が震えて立つことができない。少しでも側に行きたいのに、立ち上がることさえできないのは。


「僕、まだ直也くんのこと、あまり知らないし。なんか、付き合ってるって言ってもいつ別れるかわからないっていうか」


 そ、んな……別れるだなんて……


「た、例えばの話だよ?」

「うぐ……っ、えぐっ、別れたく、ない……っ」

「別れない別れない。僕も直也くんのこと好きだよ」


 子供のように泣きじゃくる俺を、弥生ちゃんが抱き締めてくれる。


「好きなんだよ……どうしようもなく好きなんだ……」

「っ、うん、ありがとう……」


 しがみついて気持ちを伝えると、弥生ちゃんの体が大きく跳ねた。


「す、すまん。こういうのが嫌なんだよな!!」


 俺は慌てて離れて涙を拭う。弥生ちゃんは困ったように眉を下げていた。ああ、しまった。また笑顔が消えてしまった。


「どうしたら……どうしたらもっと好きになってもらえるんだ?」


 俺はバカだから、教えてもらわなければ何もわからない。察するとかそういうのはすごく苦手なんだ。弥生ちゃんは顎に手を当てて真剣に考えてくれる。


「……優しいところとか……かっこいいところが見たい、かな」

「っ、う……それは、難しいな……」


 人に優しくするにはどうすればいいんだ? それに、かっこいいところってなんだ? ううん、わからん。


「じゃあさ、イメージトレーニングしてみない?」


 弥生ちゃんが砂浜に腰を下ろし、隣をポンポンと叩いたのでそこに腰を下ろした。


「例えば、重い荷物を持ってる人がいるとするよね」

「その人ごと運ぶ!!」

「えっと……それはバスとかタクシーでってことだよね?」

「ああ!!」


 俺はバスもタクシーも運転出来るからな!!


「迷子がいるとするよ」

「似た顔を探す!!」

「え……と……」


 そういうことじゃないのか?


「じゃあ、さ。ナンパされている女性がいたら?」

「それは、女性にとって嫌なことか?」

「まぁ、大体そうだと思う」

「うーん……想像ができないな……」


 そもそもナンパってなんだ? インドにあるパーティーか? ナンパーティー、なんちゃって。


「今ちょっとくだらないこと考えたでしょ」

「……ああ」

「ナンパって言うのは男性が初対面かそれに近い女性を口説く行為だよ」


 初対面かそれに近い女性を、口説く。それってどこかで。


「俺のことか!?」

「えぁ、えと、そういう意図はなかったけど」


 弥生ちゃんが本気でわたわたしているので本当にそういう意図はなかったんだろう。だけど、言われてみればかなり嫌なことをしてしまったのだと反省する。


「まあ、直也くんのことは置いておいてさ」


 ふと顔を上げた先になんだか不愉快な空気を感じた。


 気付いた時にはもう、体が動いていた。


「女の扱いがなっていないぞ」


 思っていたよりもずっと低い声が出てしまい、なんだか妙な気分だった。女性の細い腕を掴んでいる男の手首に指を食い込ませる。痛みに喘いだ男はパッと手を離した。


「お前には関係ないだろ!!」

「外道を見ると虫唾が走る」

「な、ナンパくらいで大袈裟なんだよ!!」


 男はやたらとビクビクしながら走り去って行った。女性は大丈夫だろうかと振り返ろうとしたら背中に衝撃を感じる。


「っと……?」

「怖かった……」


 震えが伝わってくる。


「大丈夫だ。顔は覚えた。少なくとも今日はもう近寄らせない」

「……守って、くれるんですか……?」


 振り返って女性の顔を見ると、よっぽど怖かったのだろう。瞳は濡れて揺れていた。


「ダメ、です」


 女性の涙を拭おうとした手を掴んで思いっきり引っ張られた。鋭い目つきで女性を見ている弥生ちゃん。


「この人、僕の、です」

「え、と……?」


 女性がびっくりしているけれど、俺もびっくりした。さっきまでそんな空気じゃなかったよな!?


「直也くんは、美人に弱いから。だから、誘惑しないで、ください。旦那さんに、申し訳ないと思わないんですか」

「既婚者なのか!?」


 女性がびくりと肩を震わせて左手を背中に隠した。


「それはいけない、早く帰って安心させよう!!」

「え、えぇ……そうですね……」


 女性は少し気まずそうに去っていった。腕を掴んだままの弥生ちゃんを見ると、少し頬が赤い。


「熱中症か!?」


 うなじの辺りに触れる。俺の手は冷たいからちょうどいいだろう。


「ひゃ、ぁんっ」


 目を瞑って、体が跳ねて、微かな声で。


 だけど、その声が。


「ちょっと、それ、だめ……」


 乾いた唇を舐めて肩を抱く。このまま連れ去ってしまいたいが、まだ……まだ、我慢だぞ、俺!!

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