暴れまくってイイぜ
「直也くんは童貞だと思ってた」
波間に揺れるわかめが遠くでビーチバレーをしている人物の名前を出してぽつりと呟いた。
「お前、そういう情報どこから手に入れるんだよ。あと、いつ俺の部屋に入った」
「本人に聞いた。部屋には忘れ物を届けに行った時に詩音さんが入れてくれた」
詩音め……友達が来たとでも舞い上がったのか。それにしても。
「何気に童貞って少ないんじゃないか?」
「それはつまり、虹輝くんも非童貞であると?」
「いや、俺はひしょ」
天国の誰かさん。どうか一秒だけ時間を巻き戻してください
「……へぇ」
「忘れてください」
「へーえ?」
「ほんとに」
「ひしょ、ねえ?」
「たすけて」
よりにもよってなんでこいつなんだ。晴斗だったら聞き流してくれたはずだ。まあ、大声で暴露しそうな直也じゃなかっただけマシか。
「それで、相手が自分でなければ薔薇が咲いてもいいという言葉に繋がるわけかぁ」
「ほんっとに勘弁してくれよ」
このわかめ、故郷に沈め帰してやろうか。
「相手って誰?」
「言わない」
「同級生?」
「言いたくない」
「今日来てる?」
「しんでくれ」
「まさかの直也くん?」
「息止めろ」
よし決めた、沈め帰す。たくさん息を吸って頬を膨らませた奏空の頭を掴んで海中に沈める。こぽこぽと小さな泡がごぼりと大きな泡に変わった所で引き上げる。
「ぷはっ」
濡れて重くなった髪色が本物のわかめのように見える。
「……懲りたらからかってくれるなよ」
「はーい」
ぱちゃぱちゃと水を蹴っても全く進めない奏空の腰を掴んで泳いでいたら、何かが突進してきた。よく見たら司だ。
「女の腰掴むとか、何考えてんのバカ」
「……子供だろ、これは」
よく見ろ、スク水だぞ。
「だったら、あたしにもしてみてよ」
「ん? なんだ、司もやってほしいのか?」
力を抜いてろよ、と言って腰を抱く。素肌の柔らかさを感じて少し胸が高鳴った。しばらくそのまま泳いで、こんなもんでいいかと手を離そうとしたその時だった。
「んっ」
「っ、わ、悪い……っ」
手が滑って司の胸を撫でるようになってしまった。
「バカ、変態、むっつりスケベ」
「違う、誤解だ」
「近寄んな、エロが伝染る」
「伝染らな……いや、それは伝染ったほうが……」
「バカっ」
予告無しのファ○タ砲された。随分としょっぱいファ○タだぜ。そういえばなんでファ○タ砲なんだっけ。
「ごめん、目に入った?」
「いや、大丈夫」
考え事をしていたらめちゃくちゃ心配された。改めて腰に腕を回して引き寄せる。
「息、吸って」
「え?」
「いいから。息吸って目を閉じて」
司は戸惑いながらも深く息を吸って目を閉じた。一緒に水中に潜り、唇を重ねる。背中に回ってきた手に爪を立てられた。ぴったりと唇を合わせながら舌を潜り込ませて吸い上げる。腰の肉を思いっきり抓られた。
「ぷはっ。痛いんだが」
「えっ……ちなこと、するからじゃん」
「んー、可愛い」
胸の中にかき抱いて頭に頬擦りをする。
「元気になったみたいで、よかった」
「……ありがとう、司」
桐生の家と縁を切ることに決めた後、詩音は役目御免となって一般企業に就職した。すぐに引っ越すことは難しいのでまだ同居しているが、そう遠くない内に俺は一人になるだろう。
「……そしたら、一緒に住むか?」
「別にいいケド、アンタが今住んでるとこは嫌。広すぎ」
「でもずっと二人ってわけじゃないし」
無言。何かおかしなことを言ったか、と司の顔を覗き込むとわかりやすく目が泳いでいた。
「照れた?」
「バカ。ほんっと、もう、バカ」
いやもう可愛すぎて色々耐えられない気がする。司の体を片腕で捕まえて、少し沖の方に泳いでみる。
「そういえば『ひしょ』って何?」
避暑? 秘書? と手のひらに書いてくる司。聞いてたのか、と項垂れている内に彼女が正解に近付こうとする。
捕まえた手首に口付けをして誤魔化した。ちなみに、手首へのキスは「もっと愛して欲しい」って意味もあるらしい。
「今度、ライブ来る?」
「……うん、行く」
俺の返事に司が柔らかく微笑んだ。
「ファーは」
「「「「ファ○タのファア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」」」」
「それマジでウザいから!!」
いつの間に傍に来ていたのか、奏空の合図で有り得ないほどの水飛沫を上げられる。誰かフライボード乗ってるやついる?
「ったく……」
髪をかき上げて鋭い瞳を向けた司に奏空はにまにましながらファ○タ砲追撃をした。容赦ないな、そこのスク水。
「あ、やだ、紐が……」
「泳いでいるうちに緩んでしまったんですね。こちらへ」
本当の紳士はポロリにも動揺しないものなのか。さっと目を背けた他男性陣はエセ紳士か?
「……見た?」
「いや、見てない」
「なんだっけ。マシュマロぱい?」
「俺は何も見てない」
司が自分の胸に手をやった。
「……ないけど」
「俺は、胸より尻派です」
「まあ、それは知ってる」
知 っ て る !?
「なんで?」
「晴斗さんに、聞いたから」
そこは奏空であれよ。晴斗を睨みつけるとそっと目を逸らされた。お前マジで許さん。祝ってやる。
「みんなー、明日は何の日だー!?」
あ、まだ喉が回復しきっていなかった。声を張ったらめちゃくちゃ痛い。
「海の日? だっけ?」
それが何、と言わんばかりの夕夏を手招く。水着の紐が綺麗なリボン結びになっている。智景器用だな。
「実は晴斗の推しキャラの……」
「へえ、そうなんだ……それはそれは、盛大に祝わないとじゃない」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた夕夏が晴斗の傍に泳いでいく。目で追っている奏空がちょっと不満げだ。
「陸川くん」
クラッカーを構えるように手で筒を作った夕夏。つられるようにしてみんなが手を筒にする。そしてその筒に水を勢いよく……
「推しキャラ結婚おめでとう!!」
「ぐ、っ」
よし、大ダメージだ。全員からの水鉄砲を存分に浴びた晴斗は首を大きく振って水気を飛ばした。
「水も滴る」
「あらん、いいオトコ」
「オネエやめろキモい!!」
「滴るってか弾け飛んでんだよな」
「水も弾け飛ぶやれやれ男?」
「長い、ボツ」
あれ、そういえば。
「亜咲香は?」
今日来てたよな? と改めて人数を数えると足りない。あのショタコン、まさかついにナンパを……ナンパを……え。
「ん、ふ……そこ、きもち、ぃ……ぁ、上手上手……」
紛らわしい声を上げる亜咲香の背中にオイルを塗ってマッサージしているのはソラジオリスナーと思われる少年、十六夜祢虎だった。
「あ、ど、どうも……」
「亜咲香。犯罪だぞ」
「少しマッサージをしてもらっているだけさ。さあ、少年。続けて」
「はいっ」
元気よく言った祢虎はなんの疑問も持っていないような澄んだ目で亜咲香の白い肌に手を滑らせている。
「ん、そこ……いや、もうちょっと……うん、もう少し下に……」
「友人が豚箱に入れられるのは勘弁して欲しいんだが?」
真正面にしゃがみこんで睨みつけると、亜咲香は何を思ったのか俺の鼻に噛み付いてきた。
「っ痛……」
「邪魔しないでくれたまえよ、ひしょ」
「子供の前だぞ!!」
というか、どこまで広がっているんだその話。奏空しかいなかったはずじゃないのか。奏空を睨みつけると彼女は首を傾げていた。
つまり、犯人は他にいる。
「ようし、お前ら。順番に叩きのめさせろ」
久々に骨を鳴らしたら、案外いい音が鳴りました。
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