意外な一面それは夢
あれから、俺たちはどこへとも無く風を切り裂いて駆け抜けた。最終的には初めて来た公園でファ○タを買って乾杯して、プールでのファ○タ砲を思い出した司が苦い顔をしていた。
「マジでさ。学生時代からあんなだったの?」
司は俺たちのノリを見たことがなかったようだ。
「あんなだったよ。まあ、最初の頃は……」
思い返すのはあの超絶問題児のクラスでの発言。
『えー、月神奏空です。宇宙人も未来人も異世界人も超能力者も信じてないけどいるならかかってきてください』
当然教室内は静まり返ったわけだが。いや、違うな。確か……
『ふはは、お前面白い奴だな!!』
ああ、そうだ。直也が大爆笑して駆け寄って行ったんだっけ。中学から付き合いのある直也が行ったせいで俺も巻き込まれて……
「変な顔してる」
「いや……よく考えたら元凶は直也だったかと……まあ、楽しいからいいんだけどな」
だって、こんな風に誰かとバカ騒ぎができるなんて思っていなかったから。それに。
「あのグループにいなかったら、司とは一生出会えなかったかもしれないし」
「バッカみたい」
「だってそうだろ?」
あのメンバーで、直也が合コンに司を呼んでくれていなければ。こうして隣り合ってファンタを飲んでる今があるはずもなかった。
「ホント、バカ」
はぁ、と大きくため息を吐いた司が俺の胸倉を掴んできた。引き寄せられてすぐ目の前に顔があってドキリとする。
「あんな奴いなくても、あたしはアンタを見つけてんだよ」
「司……」
「屋上でやさぐれてたアンタを知ってんのはあたしだけなんだからね!!」
あの時は嫌なことがあったんだ。甘ったるい母親の声、衣擦れの音、か細くも熱のこもった兄の吐息。そんなはずがないのだけれど、気色悪い想像ばかりが頭を占める。
パッと手を離されてよろめいたところで本音が漏れる。
「……歪なんだよ、うちの家族は」
「アンタはどうしたいの?」
「俺、は……」
縁を切るのだと決めてからも、司のことを思うとそれが正解なのかわからなくなる。俺から「桐生家」を取り除いたら、何も残らないような気がして。
「難しいことはよくわかんないけどさ。アンタが選ぶ道でいいと思うよ。どうせ気まぐれな猫なんだし、好き勝手してればいいじゃん。時々、ずっとここにいましたけどって顔して戻ってきてくれれば、それで」
指でリズムを刻みながら歌うように言葉を紡いだ司はふと顔を上げて空を見た。
「ああ、でも……アンタが他の人の所に行くのは、ちょっと嫌、かな」
「珍しくデレデレですね、司さんや」
「そんなんじゃないから。勘違いしないでよ」
勘違いしないでも何も。
「俺のことが好きってことだろ」
「バッカじゃないの。何、いきなり元気になっちゃってさ」
つんとそっぽを向いてしまった司の頬に手を伸ばす。触れる前に握り締めて、そのままポケットに押し込んだ。
「あたしは巻き込まれてなんかやんない」
俺の心の奥底を覗いたかのように、彼女が強く言い放った。
「あたしが、自分の意思で、アンタの隣を選ぶ」
「……やっぱりデレデレじゃんか」
ポケットに手を突っ込んだまま、額を彼女の肩口に寄せる。
「法律上、他人になることはできない。けど、もう関わりたくない。上手くいくかはわからないけど、応援してくれないか」
返事はなかった。代わりに、そっと髪を撫で付けられる。思わず涙がこぼれ落ちた。
──ねえ、俺を見てよ
幼い俺がこちらを悲しげに見つめている。誰かに認めて欲しかった。始めはただそれだけだったのに、みんなのせいで欲張りになっちゃってさ。
「司……すき……あいし」
顔を上げさせられる。こんなぐちゃぐちゃな顔なんて見られたくないのに。
顔を伏せることが出来なくて逸らそうとした時、頬に柔らかく温かい感触。
「動くからズレたじゃん。やり直し」
「いや、ちょっと待って、人がい──」
吐息ごとかっさらっていく深い口付け。なんで今日はこんなに甘々なんですか、司さん。誰か助けろください。
「……これで、あの人より近付けた?」
銀の糸を舐めとって、司が問いかけてくる。あの人ってどの人だ。よくわからないけれど、確かに言えることは。
「もう、司しかいない」
「まあ、別に嫉妬とかそういうんじゃないけど。あたしと一緒にいるのに他の人のこととか考えて欲しくないし。ちょっと、ニヤニヤすんのやめて」
「いや、これはニヤニヤしちゃうって」
今度こそ、俺は手を伸ばして彼女の頬に触れる。
「待ってて。全部終わらせてくる」
「……アンタ、魔王でも倒しに行くの?」
「ふは、そんな感じかも」
そのまま首へ、肩へ、そして背中へと滑らせて抱き寄せる。とても温かくていい香りがした。
「坊ちゃん。そろそろ帰ってお休みになられないと、明日に響きます」
不意に聞こえてきた声に驚いた司に突き飛ばされた。尻餅をついた俺を詩音が引っ張り起こしてくれる。
「アンタ、さっきの女……っ」
「……貴女が」
すっと目を細めた詩音が司を、というか司の胸を見てから目を背けた。おいこら、そういうマウントはらしくないぞ。
「っ、虹輝くんは胸より尻派なんだから!!」
「ちょっ、それ誰に聞いた!?」
「胸がなくて尻がデカくてはアンバランスかと思いますけど」
「詩音、お前どうしちゃったんだ!?」
これは、あれか? 嫁姑バトルみたいなもんなのか!? いや待て、俺は何を考えているんだ冷静になれ。
「アンタが知らない虹輝くんの性癖だってあたしは知ってるんだからね!!」
「坊ちゃんのおしめを替えていた私がその程度のことを知らないとでも?」
「じゃあ虹輝くんが何に世話してもらってるか言ってみなさいよ」
「つい二日前のタイトルは『貧乳緊縛~若き蕾に一輪挿し~』でしたね」
「昨日の五分休憩に『性春ロマンス』観てたの知ってるからアタシの勝ちね」
「なっ……休憩時間……そこは盲点でした」
「勘弁してくれ!!」
ガバッと体を起こす。
「ゆ、夢か……」
よかった。いや、でも甘々な司が夢だったのは少し残念だな。それよりここは……あれ、見覚えが……
「アンタ、バイク乗るの初めてだったの? 着いた途端気絶するし、びっくりしたんだけど」
「……初めてだった。あんなに怖いと思わなくて」
どうやら司の家に着いた途端に意識を失ってしまったらしい。あんなに不安定だなんて知らなかったんだよ。
「でもまあ、悪くなかったよ。倒れまいと力入れられる方が危ないから」
「そ、そうなのか……」
「で、何の夢見てたの?」
「いや、それは……その……司が可愛かった夢……」
ごにょごにょと言った俺に対して、司は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
「いや、もちろん現実の司も可愛いんだけどさ!!」
「別に聞いてないし」
「そう、だけど……」
俯いたけれど、夢の内容を思い出したらおかしくて笑いが込み上げてきた。
「有り得ないよな。司がヤキモチなんてさ」
本当に欲張りになってしまったらしい。彼女にヤキモチを妬いてほしい、なんて。そんなキャラじゃないのはわかってるはずなのに。
「ヤキモチくらい、妬くけど」
「え?」
「奏空さんからこんなの送られてきたし」
奏空からメッセージ来てるのか。って、全然返事してないな。一方的に送り付けられてる感じか。どれどれ内容、は……
『今晩のおかずはきっとこれの中』
添付されている数枚の写真はどれも部屋の中でしか見たことのないもの。
……奏空、マジで絞める。今度会う時は覚悟しておけ。
と、そこでようやくソラジオが流れていることに気がついた。
『それで、友人かっこ仮に彼氏のおかずはこれだと思う5選を送り付けたら珍しく既読がついて。まあ、既読がついただけで返事は来ないんですけど。やっぱり興味持っちゃうんですね、クールな人でも』
無限ごろしに決まりだ。アイデア提供ありがとう双葉音子さん。これで俺も報われるよ(血涙)。
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