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武芸カップルの日常

 リア充、というのは一般的に恋人がいる人のことを指すそうです。ちなみにイマ充という言葉もあるそうです。


 まあそんなのはさておき、僕の恋人について紹介します。ええ、そうです。僕にも恋人がいるんです。


 いつもと語りが違う?

 ああ、自己紹介をしていませんでした。どうも片倉智景です。誰? と思った方、申し訳ございません。青春グループの内の一人です。せめて名前だけでも覚えていただけたら幸いです。


 恋人について、でしたね。

 僕の恋人……といっても、まだ交際を始めたばかりなのですが、彼女の名前は日暮夕夏さんと言います。


 青春グループ内では「武芸カップル」なんて揶揄されていますが、それは僕が剣道部(文芸部との兼部でしたが)、彼女が弓道部に所属していたことからです。


 虹輝くんを煽ってしまった手前、自分が行動しないままというのも良くないかと思って日暮さんに告白しました。


『ずっと好きでした。貴方の恋人にしてください』


 彼女は少し戸惑ったように、それでいて見透かしていたかのように、イタズラで妖艶な笑みを浮かべて言ったんです。


『私が片倉くんの恋人になってあげるんだよ』


 彼女のそういう言い回しに思わず前のめりになってしまいました。変な想像しないでください。さすがにそっち(・・・)ではありませんから。


 そして、本日はその彼女とのデートです。


「片倉くん」


 語尾にハートが付いていそうな声色。多くの生徒、時には教師までも魅了してきた天使ボイスが僕の名前を紡ぎ出す。それだけで至福のひとときと思えます。


「とりあえずカフェにでも行く?」

「はい。あの、もしお嫌でなければ」


 緊張で喉がカラカラになっている。舌を動かすだけでひりついて、続く言葉が出てこない。差し出した手と僕の顔を見比べて、彼女はにっこりと笑っていました。


「いいよ。迷子にならないように手を繋ごっか」

「……迷子には、なりませんけど」


 初めて触れた手はとても温かく、柔らかかでした。


「あれ、なんか付いてるよ」

「っ、ふ、ぁ……っ」


 繋がれた手とは逆の手が背中に触れて、自分のものとは思えない声が漏れてしまいます。慌てて口を押さえたけれどもう遅い。


「え、なになに? 今の可愛い声、なぁに?」


 にまにましている日暮さんから必死に顔を背けます。別に敏感というわけではないのだけれど、思った以上に緊張していて過敏に反応してしまったのだろう。


「ねぇ、もっと聞かせてよ」

「っ、」


 ふるふると首を振ると眼鏡がズレ落ちていくので、口を押さえていた手で眼鏡を押し上げて一歩踏み出しました。諦めてくれたのか彼女も大人しくついてきてくれます。


「えいっ」

「ひゃぁんっ」


 口を押さえて真っ赤になって振り返ると、人差し指を立てた日暮さんはとてもいい笑顔を浮かべていました。


「ほん、とに……勘弁してくださいよ……」


 別にクールを気取っていたつもりはないけれど、こんなのは僕らしくない。


「ごめんごめん。許して?」


 小首を傾げるあざとい様子に、初めて見たあの日とは随分印象が違うなと思う。


 白い道着に黒い袴。胸を張って背筋を伸ばし、凛とした瞳で的を見据えて深呼吸。弓を握って、感触を確かめるようにゆっくりと引き絞っていく。弓弦が心地の良い音を立てて、最後の一息を静かに吐き出して矢を放つ。洗練された一連の動作をこなす彼女はまさに高嶺の花。


 だけど、今はこうして手の届く所にいてくれる。重ね合わせた手のひらから熱が伝わってくるのが少し照れくさい。


「……わ、私も、緊張してるんだよ」


 頬を膨らませた日暮さんがそっぽを向いてしまいました。なんだかとても身近に思えて握る手に力を込めて手を引くと、彼女は少し俯きがちで歩いています。


 虹輝くんに紹介されたカフェに着いて、僕たちは向かいあわせで座りました。身長がそう変わらない僕たちだから、顔を上げれば真っ直ぐに相手の顔を見ることが出来るんです。


「……かっこいい人だと思ってましたけど、可愛い人でもあるんですね」


 照れ隠しにあんなイタズラをするなんて、可愛いにもほどがあるってやつです。


「そんなこと言ったらさ。私だって片倉くんはかっこいい人だと思ってたよ。あんな可愛い声出すなんて」

「それはもう忘れてください」

「ちょっと無理かなー。私ってほら、記憶力いいから」

「……意地悪しないでくださいよ」


 テーブルの上で落ち着かない手に自分のそれを重ねてお願いをしてみます。


「片倉くんさ。あの……桐生くんたちと、仲良いよね」

「そうですね。親しくさせてもらってます」

「……月神さん、とも」


 ぽつりと零れた言葉の真意が掴めずに首を傾げる。しばらくの沈黙の中コーヒーが運ばれてきました。


「……だから……その……ああいう人が、いいのかなって、思ってて……」


 ああいう人、は奏空さんのことで合っているのでしょう。


「奏空さんには晴斗くんがいますから」


 本人たちは認めないけれど、誰がどう見てもあの二人は公認カップルです。


「それって、やっぱり気になってたんじゃないの?」


 ちょっと尖った血色のよい唇はふにふにと柔らかそうで、食んでみたらどんな気分だろうかと想像してしまう。


「奏空さんとそういう関係になることを想像したことはありません。ちょっと、彼女際どいですし」


 公衆の面前で「保体の実技は最高評定」だとか「水着姿に東京タワー建設」だとか「あの椅子を重ねてくスタイルイイ(・・)よね」だとか。そんなことを言うような恋人は遠慮願います。


「もしかしてヤキモチですか?」

「べ、別にそんなんじゃ……」

「ヤキモチなんですね?」


 ふふ、と笑いを零すと手の甲をぺちりと叩かれてしまいました。そんな反応も可愛いです。


「僕はずっと日暮さんのことが好きでした。どうしたら信じてくれますか?」


 一度手を離してコーヒーを一口飲んで問いかけてみたら、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまいました。

 お互いにまあいい年齢です。そういうことも想像してしまうことは有り得ない話ではないですが、ちょっといきなりすぎるような。


「まだ付き合ってからそう日は経ってませんよ?」

「……片倉くんが、可愛い声出すからじゃない」

「可愛い声なら君の方が」

「すみません、これ落としましたよ」


 割って入ってきた声は嫌に聞き覚えのある声。少し、いや、かなりイラッとしてしまいました。


「邪魔するの止めてもらっていいですか。というかいつからいたんですか、奏空さん」

「んー……いつからと言われると、智景くんが『ぁん、いや、らめぇっ』ってsexyな声出してた時から?」

「記憶を捏造するのやめてください!!」


 思わず声を張り上げながら立ち上がってしまいました。この人、ホントに。


「ま、喘いでたのは事実じゃんよ」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる奏空さんを追い払う。彼女の向かった先には晴斗くんが困り顔をしていました。いたなら止めてくださいよ。


「……見られちゃってたんだね」

「絶対からかわれますよ」

「私は別にいいけど?」


 奏空さんの背中を見つめていた日暮さんの瞳には挑戦的な色が浮かんでいます。そういえば、日暮さんってお兄さんと仲が良くて煽りスキルが高いんでしたっけ。


「奏空さんに噛み付くのはやめといた方がいいですよ」

「そんなことしないって」

「エロ同人みたいな目に遭わされますから」

「やられたことあるの? え、やられたの? ねえ、ちょっと片倉くん?」


 興味半分恐怖半分。天使ボイスのBGMとコーヒーは最高の組み合わせですね。


「片倉くんってば!!」


 僕たちの日常をちょっとご紹介でした。それでは、またの機会に。

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