想いの行く末如何に
仕事を押し付けられた。見やすくまとめることを知らないクソ上司の謎解きのような書類とにらめっこをしながらソラジオのアーカイブを再生する。
『はんごろしのはんごろしは永遠に続けられるということで、いやあ、スッキリしたね。双葉音子さん、素敵なコメントをありがとう』
そういえば、亜咲香は少年と楽しくお喋りできたんだろうか。戻ってきた彼女は嫌に上機嫌で話しかけにくかったのを思い出す。
「誰か……気分転換に付き合ってくれ……」
親睦を深めたことで(いつも通りバカ騒ぎしていただけだが)新しく作ったグループに可愛らしいカワウソのスタンプを送ってみる。
『社畜乙』
『今日の書類は改行なし半角全角混ざった数字の羅列と見た』
『頼られてるんだよ、自身を持て』
『懸垂を推奨してる奴がいるな』
『素数でも数えたらいい』
『バカみたい』
スタンプ一つからどんだけ盛り上がるんだ、このグループは。好きだけれども。
『リア充挙手!!』
『( 'ω')/ ハイ!』
『( 'ω')/ ハイ!』
『( 'ω')\ ハイ!』
『( 'ω')/ ハイ!』
俺のどうでもいい質問に答えてくれたのは智景、直也、奏空、そして司だった。よく見たら奏空は手を挙げてないな。間違い探しかよ。なんて打ったらその逆のスラッシュ出せるんだ。
『幸福なのはー』
『義務なんです!』
『義務なんです?』
『義務……なんです?』
『ぎつなんです』
『誤字可愛い。司ちゃんに一票』
『やめろやめろ。箸で豆腐を崩すような戦争が起きるぞ』
『冷奴食べてるだけで草』
『草生えすぎて森になった』
『地球追加』
みんな、元気ですね。
『おまいら勝手に盛り上がってんじゃねえよ』
悔しくなってそうメッセージを送ったら、静まり返ってしまった。
『ごめん、盛り上がってていいから黙るのやめてもろて』
『別グルで話してた』
『お前だけいないとこ』
『メンタル崩壊するからそれやめてくれ』
結構ガチで胸が痛くなるんだよ。
クソ上司の明らかな誤字を赤インクでぐりぐり塗り潰していたら少し涙が出た。
ああ、こんなところで心的外傷が襲ってくるのか。
『弱ってんね』
『すき』
『今度はどんな書類?』
『社外秘でなければ送れ、手伝う』
『僕も』
知ってる。みんなすげー優しい奴なんだよ。だからきっと俺だけいないグループなんて存在してないんだよな。……してないよな?
てか、え。
『今、好きって』
『きのせい』
俺の彼女がめちゃくちゃ可愛い件について6時間くらい語らせてくれる相手はいないか。もちろん寝かせない。
『司、可愛い』
『個人でやれ』
『爆散しろ』
『リア充は末永く爆発してくださいな』
そんなクスッと笑えるやり取りのおかげでなんとか持ち直すことができた。できたと、思っていた。
「坊ちゃん、そろそろ湯浴みに」
「下がれ。今は誰とも話したくない」
これは誰にも打ち明けていないこと。俺が住んでいる部屋はまあ、割と広い。というか、かなり広い方だと思う。それに加えて過保護な両親が使用人だなんていう時代遅れとも言える存在を放り込んできた。
「……なあ」
誰とも話したくないと言ったのに、俺は声をかけてしまった。そういう面倒な所も理解しているらしい使用人はすぐに傍に寄ってくる。
「好きな人がいる。交際もしている。だが、それ以上を求めている。俺は……俺はどうしたらいい?」
恋人として仲良くなって、これからデートにだって行くことだろう。だけど、それだけでは不安なんだ。
「坊ちゃんは心に深い傷を負っています。彼女はそれを癒せるのですか?」
深い傷だなんて、馬鹿げたことを言う。小学生の頃、金持ちが見下した態度をとるのが気に食わないと村八分にされた。俺自身そんなつもりは全然なくて、それなのに。金さえ渡せば、少なくとも話し相手にはなってくれる。
「奏空様や晴斗様などと関わることで坊ちゃんは変わられました」
「……変わってないさ。俺はノロマでグズなどうしようもない人間だ」
奏空や晴斗、智景に遥。それから、それから。みんなが俺の実家の話なんて知らないかのように接してくるから、満たされた気でいたんだ。
「坊ちゃん。人は皆平等に幸福になる権利があるそうですよ」
「……俺は幸せだよ。例え親父の元から離れてブラック企業に務めてクソ上司にこき使われていても、な」
俺はソラジオをもう一度再生する。奏空は学生時代とまるで変わらないテンションでコメントと向き合っている。
「俺が結婚すると言ったら、親父は反対すると思うか?」
「……そうですね」
俺に関心なんて一欠片もないくせに、家柄のためだとかなんだとかおかしなことを言って全てを無にしようとしてきた親父。
「巻き込むのは、いけないことか」
「……私はそうは思いません」
自由でいいと言ってくれたコイツ。ああ、そういえば。コイツの名前は何だったっけ。
「おかしいな。司のことはちゃんと覚えていられるのに」
かっこよくて、それでいて可愛い司。愛しい人のことは、こんなにも胸を踊らせてくれるのに。
「坊ちゃんはそれでいいのです。お辛かったでしょう? これから幸せになれますから」
スマホを見ると個人の方でメッセージが来ていた。
『みんながいるところで、ごめん。元気が出ると思って』
この文章を打ち込んで送信するまでに、彼女は一体どれだけの時間を費やしたのだろう。怖い、辛い、嫌だ、助けて。弱い自分が液晶越しに叫んでいる。
『嬉しかった。元気が出たよ、ありがとう。俺は司のことが好きだ。つ』
途中で送信ボタンを押してしまった。「司は?」なんて聞いて、俺は何を求めているんだろう。ついさっき「すき」と送ってもらったばかりなのに。
『でんわ、いい?』
そのメッセージを確認した直後、返事を送るよりも先に着信があった。
「……もしもし」
『あ、えと……虹輝、くんでいいんだよね?』
少し緊張したような声色に、俺は思わず笑ってしまった。
「虹輝だよ。司の恋人の、虹輝」
『っ、バカ、念押す必要ないってのっ』
こんなにも愛おしい君と、俺は。
『なんか、元気ないみたいだし。まあ、仕事で大変なのはわかるけど……ああ、そうだ。今度ライブで新曲出すんだけど、聞きに来る?』
その問いかけを受けて、俺の視線は手元の資料に向く。あのクソ上司はきっと次から次へと仕事を渡してくるだろう。
「……ごめん。余裕がないかもしれない」
ほんの少しの弱音。これまで決して許されなかった、本音。
『ふーん、そっか。別に、アンタに聞かせたいとかそんなんじゃないから』
鋭い言葉を最後に電話は切れてしまった。少し寂しい電子音に胸が締め付けられる。
「……司は、確かに桐生家に相応しい人間じゃないかもしれない」
お淑やかで、男を立てる、三歩後ろを歩くような女性が求められる中、彼女は異質に思われるだろう。
「それでも、司がいいんだ」
あの時歌っていた歌は、誰のため? ズキズキと痛む頭を押さえて立ち上がる。ふらついた俺の体を使用人が支える。
あ、思い出した。
「……行くぞ、詩音。俺は、桐生家と縁を切る」
彼女を認めない家なんて、俺には必要ないから。
「……いつまでも、貴方様のために」
詩音の言葉に、俺は一歩、また一歩と踏み出した。
グズでノロマでどうしようもない俺にも。
譲れないものができたんだ。
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