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夏だ海だ否プールだ

『涼みたい』


 きっかけはそんな奏空の一言だった。


『海でも行くか?』

『泳げない』

『じゃあプールな』

『泳げないって言ってるのに』

『流れる方にしよう』

『ならよし』


 浮き輪に乗せて放っておけばいいだけだしな。ということで、プールに行くことになった。メンバーは合コンの時の10人。全員集まる機会はそうそうないので貴重だ。


「え、奏空泳げないの? 授業では平気で泳いでたよね?」


 海ではなくプールにした理由を言うと弥生が不思議そうに首を傾げていた。


「……色々あったんだよ」

「そう、色々な」


 そっぽを向いた奏空は浮き輪を掴んで晴斗に引かれている。少しニヤリとした晴斗は何か知っていそうだが、この調子なら言わないだろう。


「……なんであたしまで」

「なんだかんだ言って楽しみにしてたくせに」


 入場前のシャワーに打たれた司が文句を言うと夕夏が肘でつんつんとつついていた。当然だが、二人とも水着だ。


「破壊力、やば……」

「どこ見てんの」


 司が胸の辺りを腕で覆ったが、俺の視線はそれよりも下である。


「腰のラインがエロいってさー」


 浮き輪に乗って流される奏空がにまにましている。次近くに来たら水鉄砲で顔をしっとりさせてやる。


「こら、弥生!! そんなに肌を露出したら風邪を引くだろう!!」


 直也がラップタオルを手に弥生の元に駆け寄っていく。


「大丈夫だからプールサイド走らないで、直也くん」


 軽くいなした弥生に、直也はホッと安心した様子で「そうか!!」と頷いていた。はてさて、直也は弥生が男だと気付いたのだろうか。

 さすがに半裸だし気付くよなぁ。


「気付いてるわけないじゃないですか、直也くんですよ?」

「そういう女もいるのか、くらいしか思ってないんじゃないかなぁ。彼ってかなりバ──個性的だから」


 流れないプールでひと泳ぎしてきたらしい武芸カップルの智景と夕夏がやってきた。付き合ってるのかは、知らん。

 お前たちはその口から出る毒だけでだいぶダメージを与えられるよ。

 というか心を読むのをやめてくれ。


「君がわかりやすいだけじゃないかな」


 おっと。話しかけてくれるのはありがたいんだが亜咲香さんよ。君はどこを見ているのかな。


「ああ、ごめん。ちょっと好みな子がいて」

「頼むから法に触れることはしないでくれよ」

「合意でもダメかな」

「残念ながらダメなんだよ」


 亜咲香は年下男子がお好みである。

 視線の先にいたのは中学生か高校生か。まあ、さすがに声をかけに行くほど非常識ではないだろうから放置していてもいいけれど、ジロジロ見られたら相手もいい気分はしないだろう。


「程々にな」

「わかってるよ」


 しっかしこうして見ているとみんななかなかに癖が強いよな。


「ドー、は」


 奏空が歌い出す。直也と智景をちらりと見るとこくりと頷いた。


「ドーナツの、ド!!」


 直也がぱしゃ、と軽く水を跳ねさせる。


「わあ、びっくりした」


 えへへ、とあどけない笑顔を浮かべる弥生に直也がほっこりしている。そんだけ惚れてるのに性別わからないのはなんなんだ。


「レーは」

「レモンの、レ」


 智景が遠慮がちに夕夏に水をかける。


「え、なになに? どういう遊び?」


 夕夏が智景に近寄って、軽い説明を受けている。頷いた夕夏が恋を手招いて耳元でこそこそ。


「ミー、は」

「みーんなーの、ミー」


 恋が続けて司に水をかけた。司がやっとプールの中に入る。その彼女を囲むように円に並んで亜咲香を呼ぶ。亜咲香がサムズアップしたのを合図に。


「ファー、は」

「「「「ファ○タのファア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」」」」


 司以外の全員で叫びながら思いっきり水に手を叩きつけて水飛沫を上げる。何が何だかわからなくて混乱している様子の司がめちゃくちゃ可愛い。


「恒例行事だ喰らえー!!」

「一瞬息止めてー!!」

「ファ○タ砲じゃぁい!!」


 最後に思いっきり顔面目掛けて水をかける。これでおしまい。


「っ、なんなの!? ウザいんだけど!!」

「俺達にもわからん!!」


 この一連の流れ、実はシナリオなんてないのだ。誰がどの部分を言うとか誰をターゲットにするかとか、そんなのはその時その時の気分。今回は一度も見たことがなかったであろう司がいたからこうなった。のだと思うけど深く考えてるやつはきっといない。


「楽しかっただろ?」

「めっちゃ濡れた、マジ最悪」


 ダルすぎなんだけど、と髪をかき上げて司はプールから出てベンチの方へと歩いていった。


「口元ニヤけてんだよなぁ」

「人付き合いはめんどくさくても、楽しいことは好きなんじゃん?」

「おい、司は俺の彼女なんだからな」


 可愛いねえ、とニヤけてる直也に弥生が突撃する。おっと大胆。腰の辺りにしがみついて、下から覗き込むので上目遣いに。


「……うわきもの」

「ぶっ!!」


 オーバーキルだな。直也は鼻血を吹いて晴斗に連行されていった。弥生が奏空に「これでいい?」と聞いていたので、悪いのは奏空だと思う。


「あっちにかき氷あったぞ」


 直也を休ませに行った晴斗が戻ってきてそう言った。結構な人数だし全員で行ったら混んで大変だろうということで三つのグループに別れることになった。

 俺は奏空と亜咲香と同じグループで一番先。


「二人とも、ソラジオにコメントありがとね」

「亜咲香もソラジオ聴いてるのか」

「私は三回目から」


 思わぬ共通点に少しドキッとした。別にロマンス的な意味では無い。三人でそれぞれ好きな味のかき氷を頼んで近くのテーブルに移動する。


「初回の時にさ。私めっちゃくちゃ緊張してたんだよね。その時に面白いコメントがあってさ」

「ほう?」

「おはぎのことを『はんごろし』て言うじゃない」


 確か割と全国で通じる言葉だっけな。


「双葉音子さんっていうリスナーさんがいるんだけど、『はんごろしの残りをはんごろしにしたら4分の3ごろしになるから理論上は無限にできる』って言ってたの。もう私大爆笑しちゃってさ」

「なになに、もう一回」

「アーカイブ見ようよ」


 初回のソラジオを聴きながらかき氷を食べていると、ついにそのコメントが読み上げられた。


「本当に爆笑してるじゃん」


 初めて聴いた亜咲香は心底おかしそうに笑った。


「無限ごろしだな。双葉音子さん最強説」

「あ、の……っ!!」


 声をかけられて振り返ると見るからに年若い少年が立っていた。なんというか、亜咲香が好きそうなタイプの。


「どうかしたのかな、少年」


 少年って語りかける奴は大体ヤベー奴。これ期末に出るからみんな覚えとけよ。

 そんな怪しげな亜咲香の問いかけに、少年は真っ赤な顔を俯かせたまま手を差し出した。


「こ、れ……これ、落ちてまし、た……」

「きゃー、私の『青空れいん』の特別付録のキーホルダーじゃないかー。誰の?」

「私の。ちゃんと買ってたんだよ。ありがとうね、少年。宝物なんだ」


 宝物をプールの中に持ってくるな。そしてそれはどこにしまっておいたものなんだ。そして見知らぬ少年の頭を撫でるなショタコン!! おっと失言年下好き。


「……次も……聴けるの、楽しみにして、ます!!」


 少年はたどたどしくそう告げてあっという間に豆粒大になった。


「ソラジオのリスナーか?」

「おやおや、今度は彼が忘れ物だ」


 亜咲香の指先に挟まれているのは学生証だった。『十六夜祢虎』と書かれている。


「少し、お話してくるよ」


 またね、と手を振った亜咲香は、なんだか楽しそうだった。

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