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あめうらら  作者: あんかけらーめん
めろでぃ、あるいは崩れ行く日常
5/8

あんだーぐらうんど

 ドリーマーが再び現れたことは、瞬く間に世界に知られることとなりました。


 奴らの殲滅が確認されてから約五年。人類は文明を代償にすることで、安心を手に入れたはずでした。ドリーマーの脅威なんてもうこりごりだったのです。


 だから、世界は混乱しました。


 終末思想のもとに、暴徒と化す人がいました。奴に食われるぐらいならと、この世界から逃げてしまう

人がいました。政府は分裂しました。何かを決めようにも、多数決ができるほど意見はまとまっていなかったのでしょう。外出しようとするものは少なくなりました。外は危険でした。


 私たちはその時間を、このアパートで過ごしました。こんなこともあろうかと、店長はかなりの量の生活に必要なものを持たせてくれていました。だから、二人でどうにか食いつなぐことができました。


 世界が変わっても、カエルちゃんは変わりませんでした。ずっとあの時の姿のままでした。


 ただ、私と彼女の仲は深まったようでした。彼女は相変わらず意味のある言葉は発せないけど、彼女が何を求めているのかが大体わかるようになりました。得体のしれない彼女に対して、気味悪さを感じることはほとんどありませんでした。


 やがて、ドリーマーの再出現から、一週間が経ちました。世界はだんだんと落ち着きを取り戻してきました。みんなおそるおそると活動を再開しました。なぜドリーマーが再出現したのかはわからないままのようだったけど、止まっているわけにもいかないようでした。


 カフェも再開することになりました。店長いわく、不安な世の中だからこそ、憩いの場を求めている人も多いのだそうです。


 久しぶりの出勤です。身支度をして、外へ出ます。ふと気づくと、カエルちゃんがこちらを懇願するような目で見てきました。しばらく、このアパートで、一日中一緒の生活をしていたのです。私がどこかへ行ってしまうのが不安なのでしょう。


 彼女をそっと抱きしめて、すぐ帰ってくるからね、待っていてね、と言ってあげました。彼女は満足したようでした。


 カフェに行くまでの道は、やはり汚い感じがしました。酒瓶やらタバコやらがたくさん落ちていて、本当にこの世界は変わってしまったんだなあ、と実感してしましました。


 カフェにつくと店長が店の前を掃除しているのが見えました。店長はこのカフェの二階に住んでいるのです。このあたりは、自衛隊たちが常駐しているため、治安は悪くないようでした。そうでなければ、カフェなんてとっくに荒らされてしまっていたことでしょう。ここに住む店長も、無事ではいられなかったかもしれません。これが、不幸中の幸いというやつなのでしょうか。


 カフェには、思っていたよりたくさんのお客さんがきてくれました。カフェが再開したと聞いて、常連さんたちが駆けつけてくれたのです。店長の読みは当たっていたようでした。


 やがて、私のアルバイトの時間が終わりました。お疲れさまでした、と言って店を出ました。店長は、また明日ね、と言ってくれました。しばらく休んでいたからでしょうか、そんな挨拶すらも、少し懐かしく感じられました。


 まっすぐ家に帰ろうと思いましたが、ふと気が向いて、目の前の事件現場を覗いてみました。研究者と思われる人や軍人らしき人たちがたくさんいました。そして、中心に周囲に指示を出しているリーダーらしき人がいました。よくみると、それはだいぶ前に私とぶつかった、眼鏡でぼさぼさの髪のあの人でした。だいぶ偉い人みたいでした。


 家へ帰ると、カエルちゃんがお菓子を出していました。勝手に食べていたのでしょう。私が帰ってくるのに気付いて慌てて隠そうとしたようですが、狭いアパートに隠せる場所なんてなかったみたいです。


 別に勝手に食べても怒りはしないけど、隠そうとしたのはよくないことです。罰として、五分間くらいくすぐってあげました。


 その後、二人でご飯を食べました。今日は店長の真似をして、パスタに挑戦します。レシピを聞いてきたのです。


 レシピに忠実に作ったのに、なんだか物足りない味のものができてしまいました。残全に思ったけど、カエルちゃんはとてもおいしそうに食べてくれました。


 お皿を洗って、歯磨きをして、もう今日にやり残したことは無くなりました。寝ようと思いました。カエルちゃんと布団の準備をします。


 と、その時、インターホンが鳴りました。


 なんとなくだけど、いやな予感がしました。上にパーカーをかぶって、一応だけど、カエルちゃんを布団にもぐらせて、ドアを開けました。


 そこには、あの、眼鏡でぼさぼさの男の人が立っていました。


「夜分遅くにすいません。私は茜山研究所の研究員の、春日といいます」


彼はそういいました。嫌味な感じはなく、本当に申し訳なく思っているんじゃないか、と思えました。


「突然で申し訳ないのですが、最近このあたりで、変わったことはありませんでしたか」


なぜだか、心臓の鼓動が速くなった気がしました。


「変わったこと、というと?」


あくまで平然と、言いました。


「そうですね、例えば―――」


男は少し考えて、


「さっきまでなかったものが出てくるとか、ないはずのものがあるとか、あと…いないはずのひとがいるとか」


カエルちゃんのことだ、と思いました。この男は、カエルちゃんのことを言っているのです。


私はとっさに、


「いいえ、知りません」


と言いました。


「そうですか…」


男はそれ以上追及することはせず、去っていきました。


 

 さっきの男はなんだったのでしょう。布団の中で、考えました。


 彼は、カエルちゃんを探しているのでしょうか。いったいなぜ。彼はおそらくドリーマーと関係のある人なはずです。カエルちゃんはドリーマーと関係があるのでしょうか。


 そして。


 私も私だ、と思いました。なぜあの時、嘘をついたのでしょうか。カエルちゃんはここにいるはずのない存在です。ドリーマーと関係があるかもしれないのです。


 布団の中で、カエルちゃんが私に抱き着いてきました。


 私は、この娘のために、たくさんの人々を見殺しにする気なのでしょうか。私は気が狂っているのでしょうか。


 少なくとも、すでにだいぶ崩れている私の日常は、もうすぐ完全に崩れてしまうのではないでしょうか。もうすぐは、本当にすぐなのかもしれません。


 そんなことを考えながら、私は眠りに落ちるのでした。

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