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旧子奈之隧道  作者: 群鳥安民
3/10

8月27日

「おとうさ~ん、まだ~?」

「もうちょっとだからなあ。この山越えたらキャンプ場だから」

 湾曲したカーブの多い国道を、真っ白な高級外車が駆け抜けていく。山間の朝、爽やかな風を受けて、ドライバーの男は気持ちが良さそう。一方、後部座席でチャイルドシートに身を固める幼い少年は、既にぐずり始めている。

「あたしも、ちょっと、車酔いかも……」

「えーお前もか」

 助手席の母親らしき女性も、速やかな到着をご希望のようだ。

「こんなに長時間、車に乗ったのは久し振りだったから……」

「長時間ったって、まだ2時間しか経ってないぞ?」

「あとどれくらいなの?」

「18㎞だから、20分弱だ」

 父親らしき男性は、軽快なハンドル捌きで山道を上っていく。彼は景色を楽しみながら運転をしているが、右に左に揺れ続ける車輛に翻弄されて、母親はそれどころではない。

「この先、左方向です」

 カーナビの案内に従って、外車は道を逸れていった。

「ねえ、左って言わなかった」

「あ? 右じゃないのか?」

「左よ。急にこんな細い道に案内するなんておかしいじゃない」

 母親の指摘を他所に、カーナビは案内を仕切り直した。

「この先、5㎞以上、道なりです」

「道なりだとよ」

「こっちは旧道でしょ」

「でも到着予想時間は変わってないぞ?」

 父親は変わらず運転を続けた。

 外車が行き着いた場所は、暗いトンネルの入り口だった。

「怖えトンネルだなあ」

「ねえ、引き返しましょ」

「Uターンできる場所が無いんだよ」

「ここ、通って大丈夫なの?」

 退行誘導する母親に対して、父親は引く気がない。

「柵が開いてるから大丈夫だろ。車が通った痕跡があるし」

 傍らの障害物を目にするも、父親は気にしていない。誰かが退けたA型バリケードが、道の端で静かにしている。

「引き返すより、このまま行っちゃった方が早いだろう」

 母親は不安を拭えなかったが、少々体調不良気味ということもあり、これ以上夫に制止を掛ける気力を残してはいなかった。

「こここわい……」

 後部座席の少年は、恐怖感を露にしていた。

「お歌を流しておくから平気さ。もうちょっとの辛抱だからね」

「ママがお手々繫いでおいてあげるから、大丈夫だからね」

 父親はスマホとカーラジオに接続させ、軽快な音楽を流し始めた。

「それじゃあ行くぞお」

 一台の白い外車が、旧道のトンネルが構える闇の中に、消えていった。


 ゆっくりとトンネルの出口から白い外車が顔を出す。出た先は入口よりも広々とした景色が広がっていて、右手には雄大な谷と山を望むことができた。

「ほお、良い景色だ」

 景色に見入っていた父親は、正面の人影に気付き、慌ててブレーキを掛けた。その人影は、迫りくる車輛に向かって走ってくる。予想外の出来事に、その驚きははトンネルの恐怖感を瞬間的に超えるものだった。

 父親は呼吸を整えながら周囲を見渡す。人影の方は待ってはくれず、頻りに外車をコンコンと叩いてくる。この山奥に人が居る不自然に警戒心を抱きつつ、彼は運転席側の窓を数センチだけ開けた。

「お願いします! 助けてください!」

 助けを求めたのは、あの贏也と呼ばれた大学生だった。父親は文句を言うタイミングを逃し、突沸した怒りは徐々に冷めていった。

「助けろって何があったんだ」

「ここから出られないんです!」

「……ん? 何所からだ?」

「ここっす! この場所です!」

 若者の必死さは伝わるが、父親には言っている意味が解らない。

「出られないとはどういうことだ?」

「この先、崖崩れで——」

 父親は贏也の指さした方向を望んだ。軽自動車が停まっているその先に、見るも明らかな崖崩れが発生している。

「何ということだ」

「で、トンネルに入ってもこっちに出てくるんです!」

 若者の言っている事は時折解らない。父親は理解に頭を使うことを止めにした。

「転回するからそこを退きなさい」

 父親は待避所まで外車を進ませ、見事な切り返しをして方向を180°転回させた。

「あれは君達の車なんだろ? 故障でもしたのか?」

「いえ、車は動くんですけど——」

「だったら引き返せばいいだけの話じゃないか」

「いや、ですから、トンネルに入ってもこっち側に出てきちゃうんですって!」

「言ってることが解らん。こっちは先を急いでんだ。足があるなら自分達で何とかしなさい」

 父親は贏也をあしらい、外車を発進させた。贏也達は、去り行く希望の光を見送るしかなかった。

 しかし、彼等にとって、この外車が何処に行き着こうと励みの種にはなる。もしこのままあの外車が帰って来なければ、あのドライバーが言った通り、もう一度トンネルを抜ければいいだけの事である。自分達が経験した事は、何かのまやかしか幻想か、いずれにしてもこの状況から脱出できるのなら、そんな事はどうだっていい。一方、もしあの外車が、自分達と同じ様にここに戻ってきてしまうとしたら——


 10分ほどが経過した頃合いだろうか。あの白い外車はトンネルの出口から再び顔を出した。

 父親はデジャヴを経験した。経験済みのこの展開は、彼にとって数割増しの恐怖となって体感することになったのである。

「どうしてだ……? どうして君等がここに居る……?」

 父親は訳が解らずに困惑している。

「だから言ったじゃないですか! 俺達、ここから出られないんです!」


 外車が自分達と同じ様にここに戻ってきてしまうとしたら、それはそれで好都合だった。この怪現象を経験したのは自分達だけではない。助けを呼べないこの空間に幽閉される仲間が増える。それは彼等にとって、不幸中の幸いであった。


 陸の孤島に6名の遭難者。大学生3人が迷い込んだ元へ、休暇を楽しむ予定だった一家3人が加わった。

 時刻はそれとほぼ同じくして、更に1名の人間が迷い込んだのである。

「これが旧子奈之隧道かあ~」

 彼の名は七五三和悦という。

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