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旧子奈之隧道  作者: 群鳥安民
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8月26日

「ここだろ、例の心霊スポットって」

「立ち入り禁止だけど……」

「ねえ、ほんとに行くのぉ?」

「大丈夫だって!」

 山間は涼しくなり始めた8月の終わり頃。大学生3人を乗せた軽自動車が、人気の無いトンネルの入り口に停まっていた。三人は車を降り、辺りを見物する。

 道の両側は山肌と樹木で挟まれており、何とも薄暗く鬱蒼としていた。落石注意の黄色い看板は苔蒸していて、山肌に斜めに突き刺さってる。その下の路上には、所々に石や枝が散らばっており、人が通った形跡は全くなかった。

「出口、見えない」

「おい長さ4㎞もあるぞ」

「やめておいた方がいいと思う」

「怖気づいたのか? ツルだけ置いてってもいいんだぞ」

 ツルと呼ばれた青年は嫌そうな顔をするも、車に近寄った。

「ねえ、ほんとに行くの?」

「だから大丈夫だっつってんだろ? 無理なら引き返しゃあいいんだから」

 勇猛に立ち入ろうとする青年は、立ち入り禁止のA 型バリケードを悠々と退ける。引き返そうとも強く言い出せない女性は、不安気な面持ちだった。

「俺がツルより行動力のあるとこ、眞姶に見せてやるよ」

 青年は勇み足で車に乗り込む。気が進まないツルと眞姶も、渋々車に乗り込んでいく。

「っしゃあ、出発進行!」

「贏也、安全運転してよ」

「任しとけって」

 贏也と呼ばれた青年は、グッとハンドルを摑んだ。そして、この幅員の大きくないトンネルに向かって、臆せずアクセルを踏み込んでいく。

「僕等、無事に帰れるかなあ」

「どうだか」

「安全運転するって!」

 一台の軽自動車が、旧道のトンネルが構える闇の中に、消えていった。


 三人を乗せた軽自動車は、順調にトンネル内を進む。トンネル内部の状況は暗くて分かりにくく、贏也は自ずと安全運転になっていた。

「あ、出口」

「あ~やっと出られる」

「意外と体感時間長えもんだなあ」

 特に何事も無くトンネルの出口に近づいていき、三人は安堵の表情を浮かべていた。数分振りに見る外界の景色は眩しく、明順応には時間が掛かってしまう。

「おい贏也! カーブ! カーブ!」

 トンネルを出た直後の迫るカーブに、助手席のツルが叫ぶ。

「っと危ねえ」

「キャア!」

 視界が眩んでいたドライバーの贏也は、危うくガードレールに衝突するところでハンドルを切った。急ハンドルに身体を持ってかれた眞姶は、車の扉に肩を打って悲鳴を上げた。

「んもう! ちゃんと前見てよねえ」

「しゃあねえだろ眩しいんだから」

「おい、あれ……」

「キャア!」

 次は贏也が急ブレーキを踏み、眞姶は再び身体を打って悲鳴を上げた。

「今度は何なの!」

 後部座席の眞姶は、贏也の荒い運転にご立腹の様だ。

「崖崩れだ」

 贏也はエンジンを止めて車を降りた。ツルと眞姶もそれに従い、眼前の光景を確と眺め入る。急峻な山肌は大きな斜面を為して崩れており、ここから先は全く以て通れる状態ではなかった。路上にはトンネル入り口よりも大きな石や枝が落っこちており、タイヤのパンクを危惧するほどの悪路だった。こちらにも荒んだ落石注意の看板が山肌に刺さっているが、こちらのは見事に圧し折れている。自然の前では、人間の注意喚起など無力に等しい様だ。

 三人は暫く、茫然と自然の猛威の痕跡を目の当たりにしていた。

「戻るっきゃねえな」

「そらそうだ」

「もう無駄足だったじゃん」

「肝試しみたいで楽しかったろ?」

「ほんとに肝を冷やしたんだから! 事故って死んでたらどうしてくれんのよ!」

「戻りゃあいいんだろ!? 元の道通って新しい方のトンネル通れば峠抜けれんだから。大人しくついて来いって」

 贏也は怒り気味の眞姶をいなし、さっさと車に乗り込んでしまった。

 車の両サイドで佇むツルと眞姶は、お互いに顔を見合わせた。

「眞姶、これでもこいつの方が良いと思うか?」

「何度も言わせないで。この旅行が終わってから、どっちにするか決めるから」

「もし僕がここで車を降りたら、眞姶はスッキリするのか?」

「だから! まだ迷って——」

「おい何してんだ? 戻るぞ」

 贏也に急かされ、ツルと眞姶は乗車する。

トンネル出口のカーブの先には待避所があった。車を数回切り返し、何とか車をトンネル向きに方向転換することに成功した。

「上手いもんだろ。ツルにこれがスマートにできるか?」

 鼻高々な贏也の言葉を、ツルは軽く受け流した。

「どんくさい奴に、眞姶は渡せねえなあ」

 車は再びトンネルに入っていく。一度通った道だからか、贏也は少々往きよりも車を速目に飛ばしている。ツルと眞姶もトンネルの不気味さに慣れてきてしまったのか、少々落ち着いた様子で黙ってしまっている。車内の空気が悪いのは、果たしてトンネルの所為だろうか。

 どうやらこの三人の仲には、何かがあるようだ。


 車はトンネルを抜け、視界に再び明るさを取り戻した。山肌と樹々に挟まれていた道にしては、異様に明るい。

 贏也はまたしても急ブレーキを掛けた。

「もういい加減にして!」

 贏也の乱雑な運転に、眞姶は耐えかねたみたいだ。叱責を受けるも、何故か贏也は無言のままで、今まで以上にゆっくり、ゆっくりと車を前進させる。

「ねえ聞いてるの!? これ以上乱暴な運転するなら、ツルに代わって!」

 贏也からは、尚も返事が無い。

「贏也? どうした?」

 ドライバーの異変を察したツルは、贏也の顔を覗き込んだ。贏也は何かを不思議そうにしている。そして、贏也は車をゆっくりと停めた。

 ツルも正面を見て、贏也が訝しむ理由を理解した。理解した上で、理解ができない状況に立たされていることを理毎した。

「ねえ、どうしたの? 二人とも……」

 硬直する様に茫然としている前部座席の二人に、眞姶は怖くなった。

「崖崩れだ……」

 ツルが漸く口を開いた。

「え……こっちも!?」

 眞姶は驚きを隠せない。

「こっちもっていうか……」

 贏也も漸く口を開くが、その先の言葉が見つからない。


 落石注意の看板は盛大に圧し折れていた。

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