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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第二章 皇弟とのデート
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08.第二章二話



「子供たちもそうだが、学ぶ機会がなく大人になった者たちへの支援も必要だろうな」

「そうですわね。彼らも基本的な知識が備わっていないことで日々苦悩する場面は多いでしょうし、大人だからと言って学びに遅いも何もありませんもの。ただ、そうなると現在の収入もある程度補償したり、家庭への支援も制度化の必要が――」


 エセルバートとお互いの意見を出し合うのはなかなかに楽しかったけれど、その時間を引き裂く声が耳に届いた。


「お姉さま!」


 可愛らしくて明るい、しかしながらシャーロットにとっては地獄を告げる象徴と言っても過言ではない声。二度と聞きたくないと何度思ったかしれない。

 仕方なく声がした方に顔を向けると、表情を輝かせているジュリエットがこのスペースに小走りで向かってきていた。

 彼女も王族だ。王族専用スペースに立ち入ることを制限されるはずもない。だから来ないでなんて言えないのである。そこが完全に人目から隠されていないことに加えてこのスペースの欠点だ。


「……あっ」


 こちらについてようやく、ジュリエットはシャーロットが一人でないことに気づいたらしい。エセルバートを見ると驚きを見せるのと同時に、彼の美しさに見惚れたのか頬を染めて固まった。

 エセルバートが優しく微笑めば、ジュリエットが我に返って頭を下げる。


「ごめんなさい! お姉さまを見かけて嬉しくて、他に人がいるとは……」


 シャーロットは内心呆れていた。

 ジュリエットは恐らく、エセルバートの正体を知らない。だというのに、王族が軽々しく頭を下げて謝罪をするという軽率な行動を、躊躇うことなく選択したのだ。ただ口にするだけならまだしも。

 けれど、エセルバートを知らないという点がそもそも問題である。その地位を理解していれば、王女であっても低姿勢な謝罪はごく自然なこと。対応としては結局のところ正解とはいえ、その謝罪の言葉も所作も、まったく王女としての教養が感じられない拙さである。


 エセルバートが気づかないはずもない。現にジュリエットを見据える目にはシャーロットも今まさに持っている呆れ、そして嘲りが見てとれた。

 そのタイミングで、ジュリエットを追いかけて来たらしいクェンティンも登場である。エセルバートの姿を捉えるとぎょっと目を見開いていた。クェンティンが挨拶しようとしたのを止めるように、エセルバートはジュリエットを見たまま先に口を開く。


「姉のことが大好きなんだな」

「はい!」

「しかし、ここは図書館だ。大きな声で誰かを呼ぶのも走るのも、控えた方がいい」

「そうですよね……」


 しゅん、と縮こまって反省を示すジュリエットを、クェンティンがハラハラした様子で窺っている。ジュリエットが粗相をしないか危惧しているのだ。

 相手は帝国の皇弟。病弱というだけで王女の振る舞いを許容してくれるとは限らないと、そこははっきり承知できているらしい。承知していて好きでそばにもついているのなら、きちんとジュリエットがエセルバートに近づくことがないよう常に先回りして止めてほしいものである。


「まだ自己紹介をしていなかったな。お初にお目にかかる、第二王女。私は大学部に留学しているエセルバート・サディアス・ファレルデインだ」

「まあ! 皇弟殿下でしたのですね! わたしはリモア王国第二王女のジュリエット・カリスタ・リーヴズモアです。よろしくお願いします」


 さすがに留学中のエセルバートの名前は把握していたようだ。ファレルデインと聞けば皇族だと思い至らないはずもなく、ジュリエットはスカートを摘んで拙いお辞儀を披露する。

 エセルバートは面白そうに目を細め、それでいてなお笑みを崩さない。ジュリエットに向ける声は少し柔らかい。


(初対面だからかしら)


 明らかにシャーロットに対する際の態度と異なっている。完璧な外向けの顔だ。

 そこで改めて気づいた。エセルバートは妙に親しげなのだ、シャーロットに。友人という関係性に当てはまる振る舞いなのだと実感が湧いた。


「第二王女とはこれまで会う機会がなかったな」


 王族としての教養を備えているとはお世辞にも言えないジュリエットのことは、なるべく公式的な場には出さないようにしているので、その感想はもっともである。知らないところで邂逅されていたら大問題だ。


「わたしは公式行事にほとんど参加できないので……」


 困ったように笑うジュリエットの姿に、クェンティンが心を痛めて「ジュリエット様……」と呟いた。その様子を見て、エセルバートが口角を上げる。

 エセルバートとは親しい間柄ではないけれど、ジュリエットと違って観察眼はそれなりのレベルに達しているという自負があるシャーロットにはわかる。これは何かを企んでいる笑みだ。


「どの国も似たようなものだが、社交界では様々な噂を耳にする」


 この流れで公式な場に参加しない理由を追及されるのではなく、唐突にそのような話題が出され、ジュリエットが不思議そうに首を傾げる。けれどもエセルバートは構わずに続けた。


「あの家の子供は人を見下す傲慢な人間に育っていて領民が不満を募らせているらしいとか、あの大臣は不正を働いていてその証拠を消すために部下を秘密裏に殺害したらしいとか、――特によく聞くのは、貴族の浮気や不倫だな」


 ジュリエットに過保護なクェンティンは、そのような低俗な話をジュリエットの耳には入れたくなかったのだろう。表情が険しい。今すぐ黙ってほしいと思いつつ、そもそもなぜエセルバートがそのような話をしているのか疑問を抱いているのもわかる。

 シャーロットは最後に出された例でエセルバートの意図に予想がついたので、彼の鋭さと性格の悪さに感心していた。

 厳しい眼差しを向けられていることはエセルバートも気付いてるだろうに、遠慮をするはずもなくやはり言葉を紡ぐ。


「第二王女。浮気をするような人間を、貴女はどう思う?」

「最低です!」


 ジュリエットが即座に断定すると、クェンティンの肩が僅かに揺れた。その動揺の表れを視界の端に捉えたものの婚約者を気にする必要はまったくないので、シャーロットはエセルバートの観察を続ける。


「そうか。ところで、二人はずいぶん親しいようだな」

「未来のお義兄さまですから!」

「しかし、婚約者を差し置いて、いささか親密すぎるような気もするが」


 その言葉はかなり直接的だったし、笑みを浮かべたままのエセルバートの眼差しは、しかし鋭さを帯びて露骨にクェンティンを射抜いた。クェンティンの体に緊張が走っているのが見て取れる。

 これくらいのことで動揺から抜け出せないなんて、いずれ王配となる予定の立場にある者としてどうなのだろうか。ジュリエット至上主義の者ばかりに囲まれてここまで来ているので、ジュリエットのそばにいて非難めいた指摘をされ慣れていないことも原因ではあるように思える。

 平静を装えないのなら、最初から適度な距離を保てと言いたいものだ。シャーロットもエセルバートに振り回されたけれど、純粋で好意的な言葉に動揺するのと明らかな敵意を受け流せずに動揺を露呈してしまうのではかなり違ってくる。容易につけ込む隙を与えてしまう。


 一方のエセルバートは終始スタンスが変わらない。余裕の笑みを浮かべ、視線はジュリエットに戻して返答を待っている。ぱちぱちと目を瞬かせるジュリエットを視界の中心としているけれど、しっかりクェンティンの挙動も一つも見逃さずに捉えているのだろう。愉快犯である。

 楽しんでいるだけではなく、ジュリエットとクェンティンの反応すべてを材料とし、二人がどういった性質の人間なのかを分析しているのだ。シャーロットが今まさに彼に対してそうしているように。


「わたしは体が弱いので、クェンティンさまも気にかけてくださっているだけですわ。お姉さまの婚約者であり、わたし達姉妹の幼なじみでもありますから」


 ほわほわと相変わらず緩い空気感を纏いながら、ジュリエットは可愛らしい相貌に笑みをのせて答えた。

 鈍感な分、こちらはクェンティンと違いエセルバートの言葉の真意を見抜けていないので、そこに動揺が滲む要素はまったくない。そもそもジュリエットはクェンティンを異性として意識してはおらず、本当に兄のように慕っているにすぎない。その自らの考えをただ素直に口にしただけだ。


「なるほどな」


 一言、エセルバートはそう零した。納得してもらえたと勘違いしたようで、ジュリエットはまたニコニコと笑っている。これほどまでに呑気でいられるのはいっそ羨ましいとさえ感じてしまうシャーロットである。こうなりたいとは微塵も思わないけれど。


〈――これが王女とは笑える。気苦労が絶えないな、シャーロット王太女〉


 頭の中に、直接声が響いてきた。



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