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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第二章 皇弟とのデート
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07.第二章一話



 その日、シャーロットは昼食を終え、学園の図書館にやって来ていた。遠巻きにシャーロットを眺める生徒たちを尻目に、奥にある王族専用のスペースへと歩みを進める。

 本当であれば、生徒たちと交流を深めるべきなのだろう。今日は学園にまで持ってきてやらなければ終わらない仕事は珍しいことになかったので、王太女として有効的に時間を使うべきだと理解はしている。しかし、昨日までが激務だったのだ。一人でゆっくり休める機会を逃したくはない――と、そう思っていたのだけれど。


「奇遇だな、シャーロット王太女」


 寝不足でぼうっとしていたせいで気づくのが遅れた。王族専用の半個室となっている席は、エセルバートが尊大に構えて陣取っていた。


「……エセルバート殿下に――」

「本当に、堅苦しいのはいいと何度言えば受け入れてもらえるんだろうな」


 挨拶をしようとして止められたので、従って軽く目礼で済ませる。


「殿下が使用中にもかかわらず気づくのが遅れてしまい申し訳ありません。私はこれで失礼――」

「まあ待て、シャーロット王太女」


 辞そうとしたシャーロットの言葉をまたも遮り、エセルバートはノート閉じながら、片方の手の指先でテーブルをトントンと叩いて向かいの席を示す。後に続く台詞を予想するのは容易かった。


「友人なんだから、話し相手になってくれ」


 帝国の皇弟からのお誘いである。下手に断れない。

 そして遠くからの視線が集中している。尚更、王太女としての対応には注意を払うことが必要だ。


「では、お言葉に甘えて」

「ああ」


 ゆとりがある広い席は高級素材が使われているソファーで、座り心地は抜群である。由緒正しきチェスター学園にはリモア王国の王族がほぼ例外なく通うので、常に入念な管理がされているのだ。


「デートの前に会えたな」

「そうですわね」


 シャーロットがエセルバートの正面に腰掛けると、早速そんな話題が振られた。

 詳細はまだシャーロットの耳に入っていないけれど、エセルバートとのデートは数日後だ。日程の調整はフレドリックとクェンティンの手で行われた。

 これほどあっさり時間が作れるのなら、休みの日でもほしいものである。そんな不満が浮かんだことは誰にも零せない。どうせデートで後回しにされた仕事は、のちにシャーロット自身で片付けなければいけないのだから。


 デートに思考を巡らせていると、自然とエセルバートのご尊顔に視線が惹かれた。この類い稀な美貌を持つ人とデートとやらをするのだ。見れば見るほどその端正さが際立つばかりである。

 さすがに正面から熱烈な視線を送られると気になるのか、エセルバートが面白そうに片眉を上げた。


「私の顔に何かついてるか?」

「いえ。いつ拝見しても綺麗なお顔だな、と」


 虚をつかれたように目を丸めたエセルバートは、「ははっ」と吹き出す。


「面と向かって、ずいぶん直球に褒めてくれるんだな」

「ご不快でしたか?」

「いいや? 全然」


 何がツボだったのかいまいち理解できないけれど、なぜかとても楽しそうに笑みを湛えている。顔に見惚れて思わず考えなしに素直に返答してしまったので、機嫌を損ねていないようでシャーロットは安心した。 

 そうして次に気になったのは、エセルバートが読んでいたらしい、テーブルに広げられている本である。見てみると、主にリモア王国が近年行なっている政策についてまとめられているものだった。

 エセルバートがその視線に気づき、同様に本を見る。


「この国が国民への支援策を積極的に行うことが可能なのは、例の鉱山資源の存在が大きいようだな」

「はい。そのおかげで税収が大幅に上がり、予算に余裕ができています」


 冗談まじりのそれまでの会話と異なり、真剣な空気が流れた。

 リモア王国では近年、フレドリックが研究員たちと協力して鉱山で新たに発掘した燃料や宝石となる資源、商人たちと開発した生活を便利にする道具などが広まり、雇用が増えている。おかげで税金を上げずとも税収が増加したけれど、貧困者はまだまだ存在する。

 一方、帝国は魔術による発展が目覚ましい。リモア王国が科学技術で行なっていることを、帝国は魔術で、それもリモア王国を上回る高い水準で可能としている。


「我が国の生活は魔術具で利便性が増し、豊かになった。しかし、魔術でも容易に解決できない問題がいくつもある」


 魔術でも解決できない問題。シャーロットはすぐに予測を立てた。


「識字率を上げるにはどうすべきだと考える?」

「識字率、ですか」

「貧困による格差はなかなか埋まらない。読み書きができない平民は、支援に力を入れている国でもかなりの数が存在する。貧しい家庭に生まれれば教育に差がつき、将来的な格差が更に広がる。いつまでも貧困から抜け出せないわけだ」


 負の連鎖。それは本人たちに問題がある場合だけではなく、国の政策の至らなさが原因であることも多数。国民のために最善、もしくはそれに近い行動を起こすのは、貴族や王族の義務だ。

 魔術具は生活を便利にしてくれる。けれど、根本的な貧困を解決する手段としては、魔術関連だけでは不十分なのだろう。

 教育については、リモア王国でも大きな課題となっている。


「教育に力を入れるにあたり、我が国では義務化を最終目標としています。まだ体が出来上がっていないうちから働くのはリスクもありますし、子供が平等に学べる環境を整えたいという方針は決定しています。しかし……」


 これはフレドリックが特に力を入れている政策で、リモア王国の子供への支援は拡充しつつある。平民向けの学園は増加しているけれど、通う子供の数はなかなか望むラインに達することはない。


「働きに出ている子供が勉強に時間を割くとなると生活に直接、それも即座に響きますので、突然の義務化は難しいという結論になっています。子供が働かなくても影響を抑えられるような仕組みを段階的に行う方法を考えているところですね」

「そうだな。知識はすぐ身につくものではないから、役に立つまでにはある程度の時間を要する。その日食べるものにすら苦労している者たちにとっては、生きていくためには働いて確実に賃金を得る方が現実的で重要だろう」

(その日食べるもの……)


 王族として形的には贅沢な環境が整えられているシャーロットにとっては身近ではないことだけれど、毎日のように食事に困っている人達はいるのだ。フレドリックの治世で数は減ったものの、完全にいなくなっていないのが現実である。彼らに働かずに勉強をしろと唐突に強制するのは酷だ。現状を考慮せずに義務化を強行したならば、それは自身の豪遊のために疲弊する国民の税金を上げ続けた先代たちと大差ない。


「意識改革もですけれど、資金源も問題ですわね。困窮している者から授業料を多く取るわけにもいきませんし、そうなると運営が厳しくなります」

「そこを渋っていてはいつまでも変わらないだろうな」


 ノートに視線を落としていたシャーロットは顔を上げた。こちらを見据えるエセルバートの顔つきは、まさに為政者のそれだった。


「子供とは国の宝。投資を躊躇うのは国の衰退と同義だ」


 同じ心情を、フレドリックも掲げている。自らの子供に明確な差をつけているあの男が、子供の権利を主張しているのだ。


「わたくしもそう思います」


 フレドリックのことは尊敬などしていない。けれど、一国の王としての素質は十分すぎるほど持っている男だと、そこは認めざるを得ない。個人が持つ能力において、彼を超える者はこの国には存在しないだろう。

 能力面で完璧とも言えるような男だからこそ、国民から信仰に近い敬愛を抱かれ、盲信され――後継者には、莫大な重圧がかかる。

 シャーロットは、応えることしか許されていない。


「予算的に余裕があるとは言え、削ることが可能な分は削って歳出をなるべく抑え、他のことに回したいというのはあります。税を無駄にするのは為政者として重い罪ですからね。教育機関を増やすだけ増やしても生徒が増えなければそれはやはり無駄となりますから、そうならないように何か魅力的な制度が――……」


 目下の問題は、やはり短期的なメリットを作ることだろう。将来のためといういつ実るかも定かではない曖昧な希望ではなく、一日一日を生き抜いていくための現実的でわかりやすい、即効性のある希望を与えることの必要性が高い。そうして国民の意識にゆっくり、着実な変化を与えていくのだ。

 つい考え込んでしまっていると、視線を感じて顔を上げる。エセルバートがテーブルに頬杖をつき、こちらをじいっと見据えていた。


「な、なんでしょうか」

「ああ、すまない。つい」


 謝罪する彼の端整な顔立ちに笑みが浮かべられた。


「君は本当によく頑張っているな。私も見習いたいくらいだ」

(がんばってる……)


 初めて、言われた。ただのお世辞ではない。本心から褒めているのだと伝わってくる。

 いつもはジュリエットにかけられている言葉だ。シャーロットに向けられたことはなかったから、理解するのに時間を要した。心の中で反芻して、咀嚼する。


「……ご冗談を。エセルバート殿下こそ、いつも真剣に勉学に励まれているではありませんか」


 王太女として厳しい教育を受けてきたにもかかわらず、あまりにも慣れない状況で困惑を隠しきれていないシャーロットの目が、逃げる先を求めるようにテーブルのノートへと向けられる。

 このスペースにシャーロットが来たことで片づけられてしまったけれど、そこにはエセルバートの手による勉強の証がびっしりと記されているはずだ。


 エセルバートは大学部の留学生。よって高等部に所属するシャーロットと講義が被ることはなく、授業風景など見ているはずもない。なのにその台詞だと、まるで人伝いに聞いた話ではなく直接何度も目にした情報から判断して言っているように感じたらしく、エセルバートは不思議そうにシャーロットを見つめた。

 その言外に訴えられた疑問に答えるべく、シャーロットは続ける。


「図書館では実際にお会いしたことだけではなく、殿下を見かけたことは更にありました。とても集中しておられるようでしたので声はかけませんでしたが」


 半個室になっている王族専用スペース。今ここにエセルバートがいるように、他国の皇族である彼も利用する資格は当然ある。

 利用目的は単純に本が読みたいとかその時によって異なるだろうけれど、シャーロットの場合は静かな場所を求めてここにやって来る。エセルバートとて似たような理由で利用しているのかもしれないと、常に注目を浴びる似た立場にあるシャーロットはそんな予想をしていた。なのでシャーロットは、エセルバートがシャーロットに気づかずに集中している時は声をかけず、必要な本を借りて別の場所へ移動していた。

 このスペースにいる時の彼は、いつも真剣に何かを考えているように見えた。ただ本を読んでいるだけではなくメモを取ったりしていることもあった。だから邪魔をしてはいけないと感じたのだ。


「案外くだらないことばかり考えていたがな」


 そんなことを言うけれど、きっと自国のためになることを勉強し、色々と試行錯誤していたのだろう。


「取り繕うのがお上手なのですね」

「従者にうるさく言われないように身につけた。君の目を誤魔化せたのなら重畳だな」

「わたくしを過大評価しておられるのでは?」

「いいや? ちっとも」


 どこか挑発しているかのような表情を向けられる。


「少なくともこの国の人間のように盲目でないことは断言できるな」


 シャーロットは目を丸めた。楽しげなエセルバートの眼差しにぱちりと瞬きをし、それから視線を落とす。


(なんだろう)


 シャーロットの胸の中に広がるのはよくわからない感情だった。まったく想定していなかった言葉をかけられた驚き、肯定されたような安堵、どういう意図があるのかという疑念。他にも様々な思いが渦巻く。

 けれど確かに、どこか浮き足立つ、なんとなく気恥ずかしい感覚。

 そわそわして、落ち着かなかった。



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