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ジュリエット

番外編は補足ではありますが蛇足でもあります、ご了承ください。



 ジュリエットには、物心ついた頃にはすでに母はいなかった。けれど、大好きな父や姉、乳母や侍女、優しい人たちに囲まれて暮らしていた。母がいないことはとても寂しく悲しいけれど、幸せだった。

 ただ、体が弱くて幼い頃はベッドにいることが多かったのは、すごくつらかった。

 今も、昔ほどではないにしても体調は崩しやすい。それを考慮して、周りの人たちはジュリエットに負担がかからないよう取り計らってくれる。


『王太女殿下はまるで陛下の生き写しね』

『この国の将来も心配ないわね』


 そんなふうにみんなから期待されて尊敬される姉が羨ましくてずるいと思うこともたくさんあったけれど、姉はジュリエットのわがままをたくさん聞いてくれるし、父のように優秀で、優しくて自慢の姉だ。

 姉も――シャーロットも、ジュリエットを愛してくれている、はずだった。




 姉が反逆行為を行ったということで投獄されたのは数日前。何かの間違いだと信じて何度も面会をお願いして、けれど却下されて、今日ようやく面会することができた。

 そんなことはしていないと、返ってくるはずだった。国を裏切ったりしていないと。

 けれど、姉の口から語られたのは無実だという訴えではなく、反逆の肯定。そして――ジュリエットへの呪詛だった。


「嘘よ、うそ……ちがう、ちがうわ。あんなのお姉さまじゃない……」


 自室のベッドの上で、ジュリエットはぶつぶつと呟いていた。

 思い出される姉の姿は、愉しそうにジュリエットに悪意を向ける、まるで知らない人のようだった。あれがジュリエットの大好きな姉だと信じられなかった。


『殺してしまいたいほど憎らしいの』


 そう言っていたけれど、そんなはずがないのだ。あの姉が、ジュリエットを憎んでいるなんて、そんなわけがないのだ。


 枕を抱きしめながらひたすらあの牢での出来事を否定して、とれくらいの時間が経過したのかもわからない頃。慌てた様子で乳母が入室してきた。


「ジュリエット様!」


 虚ろな目で顔を上げる。

 母親のようにいつもジュリエットを慈しんでくれる乳母は、とても悲痛な表情を浮かべていた。


「……シャーロット様が、亡くなられました」


 意を決したように告げられた言葉に、ジュリエットは目を丸める。


「……どういう、こと?」

「自殺、なさったと」

「……じさつ……?」


 復唱して、ジュリエットは働かない頭でなんとか理解しようと努める。

 姉が、亡くなった。自分で、死を選んだ。

 ゆっくりその事実を理解して、血の気が引いていく。


『現実を見なさい、ジュリエット。これは他でもない、貴女が招いたことなんだから』

(……ちがう)

『最後に貴女の絶望に満ちた顔を見ることができて少しすっきりしたわ』

(ちがう)


 自分を抱きしめるように腕を掴む。体が震えている。


「ちがう、ちがうちがう。わたしのせいじゃない。お姉さまはわたしにあんなひどいこと言わない。ちがう、ちがうわ……」

『わたくしが貴女のことを好きだなんて、そんなことがあるわけないじゃない』

「お姉さまはわたしのことが大好きで、……だいすき、で……」

『貴女はいつだって自分のためだけに行動していた自分勝手が過ぎる人間なんだもの。存在そのものが忌々しいわ』

「ちがう、ちがう……お姉さま、お姉さま……っ!」


 ベッドの上でうずくまり、嗚咽まじりにジュリエットは声を上げる。


「ジュリエット様」


 気遣わしげな声が落とされるけれど、耳にも入らない。

 姉が自殺したのも、自分のせいかもしれない。自分の行動で、人を死なせてしまったかもしれない。死を、選ばせてしまったかもしれない。そんな不安と恐怖でパニックになる。


『貴女だってわたくしのこと嫌いでしょう?』


 確かに少し、綺麗で頭も良くてなんでもできる姉がずるいと思っていたけれど、嫌ってなんかいない。嫌ってなんか――。


『不出来な自覚は一応持っているから、わたくしに劣等感を抱いてるじゃない。だからと言って努力するわけでもないんだから呆れたものだわ』

(きらいじゃない……)


 嫌いじゃないし、嫌われてもいない。

 とても仲の良い、理想的な姉妹だったはずだ。


「ちがうの、おねえさま」

『無能な妹の尻拭いに疲れたの』

「わたし、……わたし、ただ……」

『この先も貴女の面倒を見続けなければいけないのが苦痛で仕方ないから、全部投げ捨てたのよ』

「……ごめ、なさ……」

『「お姉さま」って、貴女がそう呼ぶたびに虫唾が走るわ』

「ごめんなさい、っごめんなさい」


 謝罪を繰り返してふと顔を上げたジュリエットは、涙を浮かべたまま悲痛な表情で、のろのろとベッドの上を這う。


「ジュリエット様?」

「お姉さま、ごめんなさい、っおねえさま、おねえさま、おねがい、すてないで……わたし、ごめんなさい、いいこにするから……おねがいっ、しなないで、おいていかないで……おねえさま、おねえさま……っ」


 ベッドから落ちそうになるジュリエットを止めて、乳母は主人を抱きしめる。

 シャーロットの元へ行こうとしているのだろう。けれど、きっと会わせないほうがいい。乳母もまだ話でしか聞いていないのでその光景を確認したわけではないけれど、シャーロットは自ら首を切って血塗れだというのだから、ジュリエットは絶対に見ないほうがいい。

 ――だって、この優しく弱い主人はきっと、ショックに耐えられなくて、もっと壊れてしまうから。

 あまりにも過保護に育てすぎてしまった。わかってはいたけれど、母を亡くし、病弱でもあるジュリエットが可哀想で、そして生まれた時から知っているから愛おしくて可愛くて、甘やかしすぎてしまった。

 驚くほど、打たれ弱い子になってしまった。


 乳母はシャーロットのことも生まれた時から面倒を見ていた。王妃が亡くなり、母親代わりとして二人の王女を世話していたけれど、しっかりしているシャーロットからは自然と離れてしまった。まだ幼く、愛情というものを欲していたはずの彼女から。

 ジュリエットは体調を崩しがちだし甘えたがりで、手がかかった。だからシャーロットのことは疎かになっていた。放っておいても大丈夫だと、誰もが思っていた。――そんなわけがないのに。

 この姉妹を歪めてしまったのは、周りの人たちなのだ。


「おねえさま、いや、おねえさま、いなくならないで……っおねえさま……!」

(申し訳ございません、ジュリエット様……。申し訳ございません、シャーロット様)


 ジュリエットを抱きしめながら、乳母も涙を浮かべた。



番外編を始めたタイミングでドキドキしながらレビューを受け付ける設定にしてみたのですが、本当にいただけるとは。ありがとうございます。

次の更新は来年に入ってからになるかと思います。

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