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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第六章 幸福のための崩壊
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59.第六章十二話



 羞恥心などなく唐突に、純粋に放たれた疑問。エセルバートが硬直したのは仕方のないことである。


「……それはまあ、否定はしないが」

「肌のコンディションがまだ完璧ではないので、あまり気が進まないのですけれど……」


 気にするのはそこなのかと、エセルバートは問いたくなった。いや、女性からすると重要なことなのかもしれない。


「さすがに、君がこの国に来たばかりで今夜肌を重ねるわけがないだろう」

「あら、そうなのですか? てっきり……」


 シャーロットは頬に手を添えて首を傾げる。

 これは、湯浴みの際に侍女たちから何か言われたに違いない。

 シャーロットのことを任せた侍女たちは、エセルバートの結婚を長いこと切に願っている兄夫婦の忠実なしもべである。余計なことをシャーロットに吹き込んだのだろう。

 シャーロットが着ている胸元ががっつりあいている薄い布の寝衣を見ても、その思惑は明らかだ。彼女が自分からこれを着たいと望んだとは考えにくい。

 この誘惑に一晩耐えなければいけないのはつらい。


「一緒には寝る。その方が君もぐっすり眠れるはずだからな」

「それはどういう……?」


 まだ説明していないので、シャーロットの疑問ももっともだ。


「すでに何度か君にはエスコートなどで触れているだろう。それで、君と私の魔力の相性が良いことは把握済みだ。相性が良いと触れれば安心感を覚えたり、満ち足りた感覚になる。精神が安らぎ、睡眠の質も上がる」

「なるほど……」

「君は今日、第二王女と宰相の息子の相手をした上、急に皇宮に移動したんだ。自覚している以上に疲労があるんじゃないのか? ゆっくり休んだ方がいい」

「そうかもしれないですわね」


 疲労についてはあまり納得していないようだ。

 確かに、体力的にはシャーロットに疲労感はないだろう。牢での生活は本人曰くなかなかに快適だったようだし、彼女の魔力の性質を考慮しても体は元気なはずだ。

 それでも、精神的には疲れがあってもおかしくはない。休息は必須である。


「私も湯浴みを済ませてくる。先に休んでいて構わない」

「わかりましたわ」


 頭を軽く撫でると、シャーロットは表情を緩めた。

 その様子が可愛くて、シャーロットの今現在の扇情的な服装にも意識が繋がってしまい、湧き上がる欲を振り払うように浴場へと向かう。


(やはり、公爵領で暮らすのは正解だな)


 皇宮での生活を続ければ、仕事以外にも絶対に兄夫婦が口うるさく、あれこれ仕組んでくることが予想できた。物理的に距離を置くのは有効だ。


 とりあえずシャワーを浴びて、頭を冷やす。

 それでも考えてしまうのは、やはりシャーロットのことだった。


 ――あの日。王城で開催された卒業祝いのパーティーで、シャーロットに想いを告げず、何も行動せずに帰国していたら。永遠にシャーロットを失っていたかもしれない。

 今更ながら、そんな恐怖が湧いてくる。



  ◇◇◇



 卒業祝いパーティーの日。


『いいえ、エセルバート様』


 シャーロットとの婚約をフレドリックに承諾させると告げて、そう言われた時、断られたのだとまず思った。しかしシャーロットはエセルバートの手を取った。


『ただ婚約を申し込んでいただくだけで構いませんわ。恐らくあの男は断るでしょうけれど、そうなったら、これまでの報いを受けさせてやればいいのです』

『シャーロット……』


 彼女は本当に嬉しそうに、笑ってくれた。


『わたくしも、貴方のことが好きですわ。だからどうか――すべてが終わったら、攫ってください』





 それから数日後のことだ。

 予想どおり縁談があっさり断られ、シャーロットとの接触も禁止されたエセルバートは、魔術でシャーロットの部屋を訪れた。シャーロットの復讐計画に具体的にどう協力するかを話し合うためである。その際、エセルバートはジュリエットの体質についてシャーロットに説明したのだ。


『……では、周囲のあの甘やかしようは、ジュリエットの魔力が原因だと?』

『ああ。その通りだ』


 シャーロットは視線を落とし、エセルバートが与えた情報をゆっくり咀嚼していた。

 ジュリエットが幼い頃はかなり病弱だったというのも、魔力が安定していなかったためだと推測できる。そしてそれはシャーロットも同様だ。


『エルムズ家の次男の一件があっただろう』

『はい』

『あの男が第二王女を連れ去ろうと暴挙に出たのも魅了の影響だ。もちろんあの男の性質に元から問題があったからこその行動だっただろうが、あの男は魔力への耐性が極端に低い、影響を受けやすい人間だったらしい。……だからあの男の暴走は、少なからず私に非がある』


 エセルバートはシャーロットの左頬に触れた。フレドリックが叩き、赤く腫れてしまっていた姿を思い出してしまう。


『それほど強い魅了ではないし、他国の王女だからと慎重になりすぎた。すまない』

『エセルバート様のせいではありませんわ』


 頬の手にシャーロットの手が重ねられた。気にしないでくださいと、柔らかな表情からも伝わってくる。


『もしかして、ジョージ・エルムズがジュリエットに惹かれなかったのは、エセルバート様が何かなさったからですか?』

『ああ。一応、第二王女の魅了を一時的に無効化しておいた』


 あくまで一時的に、エセルバートの独断でとった措置だ。


『……わたくしがあの子に愛情を感じていないのは、嫌悪感が勝っているからでしょうか』

『君やフレドリック王は第二王女より魔力が多く、元より魅了の影響を受けることはない。所詮は魔術ではないからな。効力はさほど強くないんだ』

『つまり、陛下のジュリエットへの愛情は純粋な愛情ということですね』


 そう。フレドリックのあれは、なんの影響も受けていない彼自身の行動であり思想なのだ。


『……そうだったのですか……。ジュリエットに好意的な人が多すぎて、本当に不思議だったんです。得心がいきましたわ』


 魔術師がほとんど生まれない国なのだから、魔力の影響など可能性としても浮かばなかっただろう。王家に魔術師の血が入っていたことだって知らなかったはずだ。


『デクスター卿があの子に肩入れしていなかったのは、王家に対する嫌悪感が魅了の力を上回っていたから、ということなのでしょうね』

『……ああ、侯爵か。作物の損害を作るほどだからそうだろうな』

『ふふ。デクスター卿のこともご存じなのですわね。表には出していない内容なのですけれど、エセルバート様の()()はとても優秀なようです』

『……』


 シャーロットにとって特別な存在だったというデクスター・オールポートは、他の者たちほどジュリエットに甘くはなかったらしい。王家を憎んでしまう気持ちがあったからこそ、影響を受けなかったのだろう。


『第二王女の魔力は完全に封印する。このまま放っておくと面倒だし、マルコム・エルムズのような危険な事態を再び招きかねないからな』


 魔術師以外の多くの人間に影響を与えてしまう魅了の魔力。この先、取り返しのつかないトラブルを引き起こす可能性は非常に高い。

 エセルバートの帰国で、リモア王国には魔力に対する対策ができる者がいなくなる。封印してしまうのが手っ取り早く、確実な解決方法だ。


『封印が完了すれば、この国の人間は多少まともに戻るはずだ。……君のことを見て、認めてくれる者も出てくるだろう。君は努力家で魅力的だからな』

『あの男は変わらないのでしょう。そして、クェンティンも』


 ジュリエットの魔力が好意を多少増幅する程度のものなのだから、クェンティンの育った恋心は、魔力の影響を受けただけの植え付けられた想いではない。正真正銘の恋情だ。

 父も、婚約者も。どのみちシャーロットには不要な存在として位置づけられる人間だったのだろう。


『あの男がそのままであれば、わたくしの周りは何も変化がないのと大差ありません。たとえ変わるとしても、わたくしが受け入れることはありませんし、受け入れることを強要されたくもありませんわ。――わたくしはもう、貴方から差し出された手を取りました。なのに今更、まさか手放すなんて残酷な仕打ちをなさるつもりではありませんよね? 希望を抱かせておいて?』


 シャーロットはエセルバートの手を握り、指を絡めた。


『貴方とわたくしは共犯者になるのですから、しっかり手を握っていてくださらないと困りますわ。攫ってくださるのでしょう? 最期まできちんと面倒を見てください』



  ◇◇◇



 シャワーを終えたエセルバートが寝室に戻ると、シャーロットはすでにベッドの中で眠っていた。睡眠に誘う魔術をベッドに施していたので、睡魔に抗えずに眠りに落ちたのだろう。

 シャーロットの髪を後ろに流し、隣に横になる。


(やっと……)


 ようやく、シャーロットが自分の元に来た。すべてを捨てようとした彼女に、選んでもらえた。

 初めて魔術以外で――魔術への関心さえも上回るほどの執着を抱いた存在。親しく交流を持ってからまだ一年も経過していないのに、もう彼女がいない生活は考えられないほどだ。

 頭に口づけを落とし、近く婚約者となる彼女の愛おしさと彼女が傍らにいる多幸感に目を細めた。


「君こそ、私の手を離したりするなよ」



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