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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第六章 幸福のための崩壊
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53.第六章六話



「わたくしを見てくれないのは貴方だけじゃない。あの男も、周りも――一見わたくしを慕っているように見えるジュリエットだってそう。みんな同じよ」

「……ジュリエット様は、心の底から貴女のことを慕っています」

「そんなわけないじゃない。馬鹿なの?」


 即座に一刀両断されたクェンティンは反射的に反論しようと口を開いた。しかし、内容がまとまらず、すぐに閉じる。

 クェンティン自身が馬鹿にされたことよりも、ジュリエットの心を否定されたことが悔しかった。それでも最終的に口を噤む選択をしたのは、今まさに、シャーロットのことを何も知らなかったという真実を突きつけられたからに他ならない。


 婚約者として、それなりに付き合ってきた。それでもクェンティンの目は濁っていて、現実を見抜けなかった。それは盲目的にジュリエットを想って、フレドリックを尊敬していたからだ。

 ならば――盲目的すぎるあまり、やはり真実など見えていないのではないか。己に対する不信感がクェンティンの中に芽生え、大きく育っていた。


 シャーロットとの会話――ほとんど一方的な語りではあるけれど、この時間の中で生まれたクェンティンの意識の変化を、シャーロットは目敏く感じ取る。


「護身のためにと剣を習っている時期があったわ。なかなか面白かったのだけれど、あの子が危ないんじゃないかって話しにきてね。いい気分転換になるし楽しいって説明したのに、怪我をしたら大変だってあの男に相談したみたい。その翌日には辞めさせられたわ。あの子、それをよかったですねって笑ったのよ。わたくしの楽しみを取り上げておいて。乗馬もまったく同じ流れだったわね」


 剣術や馬術は王太女として必要な技術だから、辞めろと言われることはないと安心していた。それなのに、ジュリエットの一言であっさり奪われた。女性ということで周囲にも受け入れられてしまった。

 そういうところだけ、なぜフレドリックとの違いが考慮されたのか。基準が理解できなかった。


 好きなものは取り上げられる。嫌いなものばかりが容赦なく課される。ずっと苦痛だった。


「それから……あの子、放課後はいつも城下の散策にわたくしを誘っていたでしょう? わたくしにそんな時間がないと、断られると知っていながら。それが純粋にわたくしと城下を回りたいというだけのただ一心からの誘いだと、本気でそう思う? もしかしたら今日は時間があるかもなんて期待をして、わたくしに声をかけていると思うの?」


 今にも鼻で笑いそうなくらい、シャーロットはクェンティンを見下すように笑っている。ように、ではなく実際に馬鹿にしている。

 不快だという感情が湧いてもおかしくはないのに、今のクェンティンには情動が生まれるほどの気力がなかった。


「あれはね、優越感に浸りたいだけなのよ。自分がわたくしより劣っていると自覚があるから、体は弱くともこんなにも自由だしみんなも気遣ってくれるって、自分だって特別なんだって、わたくしに見せつけたいだけなの」

「……そのようなこと、あるわけが」

「そこは自覚がないから面倒なのよ。周りの人間はわたくしと比べる必要はないとあの子を慰めるし、本人も甘えることが許されると知っている。だから甘えて、当然わたくしに追いつけるはずもない。なのに嫉妬だけは一人前。出来が悪いのはあの子が努力しないからなのに一方的に劣等感を抱いて、嫉妬して、わたくしが持っていないものを見せつけて、無意識のうちにわたくしを見下しているの、あれは。『お姉様は仕事に追われて可哀想』って憐れんで、心を満たしてるのよ」


 その仕事も、ジュリエットが遊び惚けて本来こなすべき仕事をほとんどこなしていないから、その分シャーロットに回されているというのに。自分が仕事をしなくともシャーロットがすべて済ませてしまうから問題ないと、彼女はそう認識している。


「けれど、それ以上に自分のことも可哀想だと思っている。あの子の卑屈な部分を自分と重ねて、共感したんでしょう? クェンティン・サージェント」


 クェンティン・サージェント。ここでフルネームを出したのは、サージェント家の中のクェンティンを強く意識させるためだろう。この国で英雄扱いの国王、その右腕である宰相の家の末っ子である、クェンティンの立ち位置を。


「貴方、昔はすごく悩んでいたじゃない。優秀な父や兄姉と比較されていたから。でも、あの子に貴方は貴方だと、家族とは違うのだと言われて心が救われて、それがきっかけであの子に惹かれたでしょう?」

「……もしかして、あの時」

「盗み聞きするつもりはなかったのよ? 偶然通りがかっただけ」


 その場面を、本当に偶然、見かけたのだ。婚約者になったばかりの男が恋に落ちた瞬間を。それも相手は自分ではなく、よりにもよって大嫌いな妹だった。


「わたくしはあの子から、貴方が言われたような言葉をかけられたことはないわ。お姉様はすごい、やっぱり私とは違うって、そればかり。さすが後継者ですって、褒めているけれど、わたくし個人ではなくて、王太女としての役目をこなすわたくしに向けられた言葉でしかない」


 聞き慣れすぎた物言いだ。


「あの子の性根って、案外醜いのよ?」


 自覚のない悪意に、ずっと晒されてきた。


「それを増長させた貴方たちも、醜悪だわ」


 改めて明確な非難を向けると、クェンティンは視線を落とした。それはまるでシャーロットの眼差しから逃れるためのようであったけれど、受け止めようとする意志が僅かに感じられた。


「過酷な環境で働かされて、相応の報酬も望めない。そんな仕事を続けたいと思う奇特な人間、そうはいないんじゃないかしら。少なくともわたくしは違うわ」


 重大な責任を負うからこそ、見返りも大きい。だから耐えるメリットがある。そのはずなのに、シャーロットは見返りを存分に味わうことができなかった。

 自己を犠牲にしてただつらいだけの仕事を続ける気概は持ち合わせてはいない。


「便利で都合のいい道具が意志を持って反抗してるんだもの。あの男はさぞご立腹でしょうね。いい気味」


 相変わらず笑顔のシャーロットに、クェンティンの表情は悲痛に歪む。その反応はシャーロットの気分を更に良くした。復讐の成功が実感できる。


「あの子は少しでも嫌なことがあるとすぐに泣くわよね。それで周りが苦痛を排除してくれて、楽に生きてきた。――わたくしはもう、泣き方なんて忘れてしまったわ」


 その感覚が、思い出せない。泣いたら情けないと怒られてしまうから、涙を我慢して、いつしか涙が出なくなってしまった。

 悲しくても、泣けなくなってしまった。


「甘やかされるあの子に嫉妬する程度の段階はとっくの昔に通り過ぎてるの。貴方たちからの愛なんて無価値なものは求めていない。ただこれ以上、あの子のためや国のためにと過剰な我慢を強要されたくなかっただけ。けれど貴方たちは、わたくしに強要しかしない」


 許容範囲は、もう超えていた。ずっと昔に。

 それでも誤魔化し続けて――結局は、爆発してしまったのだ。


「わたくしね、ずっと昔から、あの子も、あの男も、貴方も、他のみんなも――この国の全部が大っ嫌いなの。嫌いなんて言葉では足りないくらい、憎くてたまらないのよ」

「殿、下……」


 続く言葉が出てこず、クェンティンは唇を噛み締めた。


「『反逆者シャーロット』は、十三年以上もの時をかけて貴方たちがみんなで作り上げた大作よ。もっと達成感に身震いしたら?」


 言葉を投げかけながら首を傾けたシャーロットの長い髪が、さらりと流れる。クェンティンは何も言い返せないためか口を開く気配がないので、シャーロットはつまらないと短く息を吐いた。


 十三年。その年数で真っ先に思いつくのは、この国の人間であれば王妃の死と答える者が大半だろう。

 愛情が妹にだけ傾くきっかけとなった大きな出来事。シャーロットの不幸への道を加速させた分岐点。

 あの日、王妃が若くして亡くなったその瞬間から、シャーロットの人生は歪められたのだ。



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