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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第六章 幸福のための崩壊
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52.第六章五話



 クェンティンにとっては衝撃的な事実だ。

 婚約者であり幼なじみ。シャーロットとは長い付き合いなのだから、自信があった。それなのに――間違っていると指摘されて、それも答えがすべてジュリエットの嗜好であることを突きつけられて、瞠目するしかなかった。


「わたくし、ナッツは嫌いなの。七歳の頃だったかしら。料理長にわたくしが食べる物にナッツは使用しないでとお願いしたら、その日のうちにあの男に相談したみたいでね。呼び出されて、好き嫌いをするなと頬を叩かれたわ。子供相手に、躊躇いなんてなかったわよ?」

「っ……」

「ナッツはジュリエットの大好物だから、二、三日の間に一度は絶対出されるでしょう? 姉が自分の好物を食べないとなるとジュリエットが寂しがるからって、毎回残さず食べるように言いつけられたの」


 クェンティンの脳裏には、エルムズ伯爵領から王都に戻った日、フレドリックが怒りのままにシャーロットを叩いた光景が浮かんだ。

 そして、叩かれるのは初めてではないと語っていた翌日のことも思い出す。

 最近はなかったという言葉はつまり、昔はよくあったということ。その話を聞いても追及はしなかったけれど――目を逸らしたことだったけれど、好き嫌い程度のことで子供が折檻を受けることなど、あっていいのだろうか。


「おかげさまで食べ過ぎてもっと嫌いになって、食後は毎度、吐きそうになるのを我慢してるわ。でも今までジュリエットに付き合って食べさせられてきたから、わたくしもナッツが好きなのだと貴方は決めつけたんでしょう? わたくしに確認することもなく、勝手に。――わたくしに強要したあの男と同じように」


 最後は怒りを存分に帯びた声音だった。忌々しいと物語っている。


 フレドリックも、シャーロットの好物はナッツだと思っていただろう。過去にあんなやり取りがあったのに、きっと忘れてはいないはずなのに、シャーロットの好みが変わったのだと都合の良いように捻じ曲げた認識を持っているのだ。それが正しいと確信しているのだ。

 好みは個人それぞれの嗜好であり、例え姉妹であっても違う人間なのだから、相容れないことは珍しくない。むしろそれが自然だ。けれど、ジュリエットの好きなものを姉が嫌い続けることなどありはしないと、好きになって当然だと、フレドリックは決めつけている。

 いかに腹立たしいことか。訴えたところで彼らの心に響くことはないと知っているので、その勘違いはそのままにしてきた。


「ナッツの呼び出しから一週間後くらいにね、料理長がチーズが入ったマッシュポテトの前菜を考案して出したことがあったの。わたくしはすごく気に入ったのだけれど、ジュリエットはその組み合わせがあまり好きではなかったみたい。おいしくないって残してたわね。陛下もそれを許してたわ。好き嫌いは良くないのではなかったのかとわたくしが聞いたら、ジュリエットは普段から苦手な薬を飲む機会が多くて我慢をしているからいいんですって。好きなものを食べればいい、って。それ以来、あのポテトは出なくなったわね。楽しみにしてたのに、あの子のせいで消えたわ」


 ジュリエットは好き嫌いが多いので、同様のことはまだまだたくさんあった。


「わたくしは嫌いなものを食べたくないと言ったら叩かれるのに、あの子は許されるの。野菜も嫌いよね、あの子。それでも体のことを考えるとまったく摂取しないのは良くないからって、少しだけノルマが課されてるでしょう? たった少し、一口や二口程度で、食べたら褒められて、ご褒美までもらえる。本当にわたくしとは扱われ方が違うわよね」


 笑みを湛えたまま、シャーロットはとうとうと語る。いつも王太女として悠然としてきていたまさにその様が、逆にクェンティンの不安を煽った。


「それから、好きな色は昔から青よ。わたくしが身につけるものはあの男の指示でジュリエットの意向がなるべく反映されるようになっているから、あの子好みのものが揃えられる。淡い色ばかり。不思議よね。わたくしの物なのに、わたくしが自由に選ぶことはできないの。あの子はやたらお揃いの物を持ちたがるから、小物もほとんどあの子好み。あの子は一応わたくしの意見を聞いてはくるけれど、考慮されたことはほとんどないわね。結局自分の意見を押し通して買い物をするわ。だからこれも同じ原理で、わたくしの好きな色があの子と同じ桃色に変わったのだと貴方たちは判断した」


 普段通りに見えても、その根底にあるのは紛うことなき負の感情。それもとても大きくて、深くて、果てや底が見えないほど巨大な。


「花も……わたくし、生花は嫌いよ。長く持たずに枯れるし、虫が寄ってくるでしょう。でも、あの子は好きだから、わたくしによくプレゼントするわね」


 花は綺麗だと一般的な感想は持ち合わせていても、自らの空間に置きたいとは思わない。けれど、ジュリエットのせいで花が尽きることはなく、迷惑極まりなかった。

 冬も、わざわざ冬に咲く花を大量に庭師に取り寄せさせていたので、定期的なプレゼントが止むことはなかった。庭の景観が年中良くなると、フレドリックも推奨していた。

 押し付けられた花の管理はどうせ使用人がすることになるので、断るのも面倒だしと受け取ってはいた。エセルバートとの縁談をフレドリックに断られるまでは。


「八歳の頃、あの子が花冠を作って後ろから突然わたくしの頭に被せたことがあったのだけれど、それに虫がついていて顔に降ってきたのがトラウマになったの。驚いて花冠を急いで外して地面に落としたら、あの子が泣いてしまって……そうそう。ちょうどその場面に貴方が駆けつけて、せっかくあの子が丹精込めて作った物を地面に叩きつけるなんて非道がよくできますねとお説教してきたわね」


 シャーロットが口角を上げると、クェンティンは青い顔で視線を落とした。

 冷静に、今思い返せば反省するべき言動だったと、多少は感じているのかもしれない。


「虫に驚いたって説明しても言い訳は見苦しいだのなんだの、お説教が長くなっただけだったわ。害のある虫で肌が暫く爛れてしまったし、あれって被害者はわたくしだったと思うのだけれど、あの子はまったく注意されなかったわね。花冠を作る時にあの虫に触ってしまっていないかって、逆に心配されてすぐに医者が呼ばれてたわ。わたくしの診察は後回しだったし」


 結局、ジュリエットは手に少し痒みを感じた程度で、薬を塗ってすぐに治った。シャーロットは一週間ほど肌の爛れが続いたけれど、フレドリックがシャーロットを心配する素振りは欠片ほどもなかった。影響があったのは肌だけだったので教育過程に支障が及ばなかったから、彼にとっては瑣末事だったのだろう。

 もちろんそれはシャーロットに関してのみであって、ジュリエットについては薬を塗れば一日で治ったただの痒みであっても、大袈裟なほど過保護になっていたけれど。


 よく、覚えている。昨日のことのように思い出せる。フレドリック自身があの程度であれば平気だからシャーロットもそうだと判断したのであろうことも、容易に想像がつく。

 きっと。シャーロットとジュリエットの行動が、被害が反対であれば、同じ結果にはならなかった。シャーロットが原因で例えどんなに小さなことでもジュリエットに害が及んだのなら、シャーロットは酷く叱られ、部屋で謹慎を命じられることになっていたかもしれない。


「貴方、わたくしの誕生日にはプレゼントに一輪、何かしら花を添えるわよね。あの子のアドバイスなんでしょうけど、わたくしのことを知った気でいるあの子の助言は無意味よ。実際、わたくしは花が嫌いだって、あの子はまったく気づいていないもの。その原因が自分にあることにもね」


 当時、自身が悪いことをしたという感覚がジュリエットにはなかった。好意で花冠をプレゼントして、たまたま害のある虫がついていて、しかも花冠を地面に捨てられて、被害者は自分だと彼女は認識していた。

 だから、謝罪はなかった。むしろシャーロットが周りに謝罪を要求され、不満を抱えながらも周囲の望み通り花冠を台無しにしたことに対する謝罪をジュリエットに告げれば、『お姉さまもわざとじゃなかったんですもの、許してあげます』と口にしたのだ。

 その時に感じた怒りも、シャーロットは忘れていない。


「貴方からのプレゼントはどれもあの子好みの物だから、本当は誰を想って選んでいるか簡単に予想できるわね。隠すつもりもないんじゃないの?」

「っ!」

「ね? 十年以上も婚約者だったのに、貴方がわたくしをまったく見ていないことが、本当によくわかるでしょう?」


 否定など、できるはずもないだろう。



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