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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第六章 幸福のための崩壊
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51.第六章四話



「恵まれていることに気づきもしないあの子が、あの子だけを甘やかす貴方たちが、わたくしをわたくしとして評価してくれないこの国が、本当に嫌いで忌々しいの。愛着なんて持ち続けられるとでも? 大切に思えるわけないじゃない。そんなもののために犠牲になり続ける人生に耐えなければいけない理由が、何か一つでも存在すると思う?」


 滅んでしまえばいいと、そう投げやりに思ってしまうほどに、しかし同時に自らの手で潰してしまいたいとも思ってしまうほどに、シャーロットにとってリモア王国とは価値のないものに成り下がった。


「貴方たちは、理想的な姉、完璧な王太女の私を求め、ただのシャーロットであることを一瞬の時間さえも許してくれなかった。貴方は理想的な婚約者とは程遠いし、あの男は完璧な父親ではないし、ジュリエットも理想的な妹ではないのに、わたくしにだけ強要した。あの男の複製品であることのみを求めた。……わたくしだって、甘えてみたかった。王太女だから許されないなんて、理不尽でしょう」


 一般の国民ですら、シャーロットを国王の娘としてしか見ていない。エセルバートとのデートの時、馬車から抜け出し護衛をまいてあの村を回った時、それを思い知らされた。

 よく知りもしない国民だからこその反応でもあっただろう。王太女と会う機会なんてそうそうないのだから、噂話や新聞でしか知らない人たちなのだから、仕方のないことだったのかもしれない。

 心から感謝してくれている国民がいることも知っている。そんなことは理解している。

 けれど、それでも耐えられなかったのだ。


 国王の娘としてしか見られない人生。どれほど努力しても、いとも簡単に成したように受け取られる。できなければ批判される。誰も努力を認めてくれない、褒めてくれない。当たり前に、王太女として尽くさなければならない。シャーロットに幸せな瞬間を微塵も与えてくれない、こんな国のために。

 それが、馬鹿らしい。


 あの男が引退して、シャーロットが女王となって、国を改革する。フレドリックという存在が植え付けた一見理想でその実歪みきった国王像を否定して、瓦解させて、完璧な人間などいないことを知らしめて。王の負担を軽減して、足りないところを補う人材の必要性を説いて――いつか生まれる自分の子供には、王であってもただの人間であり完璧でなくていいと、一人で何もかもを背負う必要はないのだと、そう教えて。フレドリックに依存するこの国を根幹から変えるつもりだった。

 けれど、ただでさえ今まで一方的に尽くすことを強要されてきたのに、更にそこまで己の人生を費やす価値はないと知った。時間の無駄だと気づいた。


「この国の人間は、誰も言ってくれなかった。あの男ほどでなくとも、わたくしらしく国を導いていけばいいって。ジュリエットとあの男のことはちゃんと切り離して考えてるのに」


 これ以上、シャーロットだけが犠牲になるなんて許容できるはずがなかった。

 王が代わったとしても、国民の生活は存外、多大な変化はないものだ。玉座に座る者があまりにも無能であるとか、先王のような暴君であるとか、王としての器がなさすぎる場合は話が別だけれど、最低限の能力さえあれば周りの人間が助け、支えてくれる。『完璧』でなくとも、充分に国はまわる。

 後継者がシャーロットでなくとも替えはきくのだ。

 だから、捨てる。

 ただのシャーロットでいることが少しも許されないのだから、――シャーロットではなく、フレドリックに劣らない後継者が求められているだけなのだから、未来の王が必ずしもシャーロットである必要はない。


「この国の人たちと違って、エセルバート様はわたくしをただのシャーロットとして認めてくれたわ。一人の人間として見てくれた。だから貴方との婚約を解消して帝国に嫁ぎたいと、エセルバート様と結婚したいと申し出たのよ。いつも苦言ばかり呈されるわたくしよりジュリエットを女王にするなり婿を王にするなりして周りが支えれば問題ないでしょうと」


 その話はクェンティンの耳には入っていないので、クェンティンは驚きに目を丸めた。知らぬ間に婚約解消の話が出ていたのだから正常な反応だろう。


「けれどあの男、ジュリエットにそんなつらい立場を強いることはできないなんてほざきやがったのよ。わたくしはずっと女王になる身として努力して努力して心身共に擦り減った状態なのに、あの子に降りかかる苦労はすべて排除して、王女としての責任や義務に囚われることなくなんの憂もなく過ごしてほしいなんて、そんなふざけたことを口走ったのよ? 大切な娘だからって」


 それはつまり、シャーロットは大切な娘ではないということを明言したにほかならない。ただの後継者でしかなく、家族愛など抱いていないと断言したも同じだ。


「あの男はね、妹を愛している婚約者と結婚することがわたくしの幸せだと本気で思ってるの。ジュリエットを傷つけることのない夫を迎える以上に幸福な結婚はないって。そんなわけがないのに。こんなにも馬鹿げた妄想、子供でもしないわ」


 フレドリックの血を受け継いだ、ジュリエットの負担を最大限に排除して押し付ける先。たまたまもう一人、体が丈夫な第一子がいたから都合が良かっただけ。いなければジュリエットを女王や王妃にする他にも、王家の血が濃い傍系から後継者として養子を迎えるなど、やりようはいくらでもある。

 生まれていなくても特段問題はなかった便利な道具。いなくなっても面倒事が増えるだけで、勝手に消えたと怒りを覚えるだけで、悲しいという感情など湧く対象ではない存在。

 それが、今のフレドリックにとっての一番目の子供(シャーロット)


「この国にいる限り、『わたくし』は死んでいるのとそれほど変わらないのよ」


 シャーロット個人は、この国では尊重されることがない。ただ娘として愛されることもない。

 愛情は、向けられない。


「だからリモアの国力を低下させたかったの。他国からの縁談を拒絶できないように。わたくしの幸福はこの国では実現しないから、婚姻で国を出るしかないじゃない? この先もこんな国に人生を捧げるなんて冗談ではないもの」


 王太女であるシャーロットは、正当に評価されない。常に国王と比較され続ける。この先もずっと、どんな功績を残したところで、当然だと片付けられる。それは耐えがたいものだった。

 愛国心なんて、とっくの昔に砕け散っていた。なけなしの責任感で繋がっていた糸が、国民の楽観的な認識とシャーロットの幸福など微塵も考慮していないフレドリックの発言で、ぷつりと切れてしまった。


「あの男の評判も落としたかった。完璧だなんて信仰に近い尊敬を国民からも臣下からも向けられている、あの最低最悪の国王のね」


 この国は異常という他ない。国王をまるで神かの如く崇めている。彼が王であればこの国は安泰だと、なんの心配もないと。先代の王が最悪の愚王だったから、国を立て直したフレドリックは皆から過剰な尊敬を向けられている。


「結局、あの男と比較するまでもなく平凡なわたくしでは出し抜くことなどできなかったわけだけれど……評判は傷ついたでしょうね。後継者の育成に失敗したんだもの。一人目は反逆、二人目は無能。そう育てたのは貴方たち。これは紛れもなく大失態よ。あの男の人生で、きっと唯一のね」


 国力低下だけが本命ではない。本当の目的の一つは嫌がらせ、意趣返し、復讐。それは成功しているから、おかしくて楽しい。


「ああ、本当に最高の気分だわ」


 すっきりとした表情で、シャーロットは微笑を零している。


「殿下……」


 シャーロットのこんなに穏やかな顔を、クェンティンは初めて見た。そして痛感した。それほどまでに、彼女の心は離れていたのだと。自分たちが、そうさせてしまったのだと。


「あの男の娘だからわたくしも完璧であることが当然だと貴方たちは言うけれど、そもそもあの男だって暴君の血を引いているのよ? 英雄と崇められていても、紛れもなく暴君たちの息子であり孫。――王の資質なんて、血筋だけで受け継がれるわけないでしょう。すでにあの男で証明されてるじゃない」


 フレドリックこそ、血筋がすべてではないと示す、この国で最も説得力があり有名な証だ。暴君から生まれた英雄。


「あの男は特別だった。暴君の下で暴君には育たず、王としての高すぎる資質があった。けれど、あの男に暴君としての性質が受け継がれなかったように、わたくしには傑出した王たる資質が受け継がれなかった。貴方たちは、その現実を見ようとしなかった。『わたくし』を見なかった」


 目を背け続けたつけが回ってきた結果が、『反逆者シャーロット』という現状なのだ。

 素晴らしい王は、素晴らしい父ではなかった。


「――ねえ、クェンティン。わたくしの好きなものが何か知っているかしら」

「……好きなものですか?」


 脈絡のない質問に、クェンティンは戸惑いを見せて聞き返した。なぜ今そのようなことを質問するのかと疑問の意をのせて。


「食べ物、色、物、なんでもいいわよ」


 意図を打ち明けることはせずにシャーロットが促すので、クェンティンはとりあえず思考を巡らせることにした。これまでの記憶の引き出しを探り、答えを導き出す。


「食べ物はナッツ……色は桃色。花がお好きで、特に百合でしょう?」


 あまり悩まずにクェンティンが答える。シャーロットは案の定だと言わんばかりに、おかしそうに口角を上げた。


「それは全部、ジュリエットの好きなものじゃない」

「!」


 その笑顔は愉しげであると同時に、明確にクェンティンを軽蔑する意思が宿っていた。



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