46.第五章七話
あの卒業パーティーからふた月以上が経過した。
学園卒業後、シャーロットは本格的に王太女の仕事を任され、倍以上の仕事量を抱えることになった。おかげさまで毎日寝不足生活が継続中である。
婚姻についてはクェンティンが大学を卒業してからの予定なので、学生ではなくなったもののシャーロットはまだ未婚だ。
最近、王城内はピリついている。シャーロットの前では取り繕われているけれど、敏感で聡いシャーロットの目が誤魔化されるはずもない。
何より、王城内の異様な緊張感の原因はシャーロットなのだから、気づくかどうかの問題ではないのである。
執務机でいつも通りに書類に目を通していたところ、ノックの音が響き、許可を出す前に扉が開かれた。
「お姉さま……」
目に涙を浮かべたジュリエットがそこにいて、追い返すことはせずに応接用のソファーに座るよう促す。シャーロットも正面のソファーに移動して腰掛けた。
「そんなに顔を青くしてどうしたの?」
「ジョージ様が、結婚したって……」
震える声で紡がれたのは、シャーロットも既知のこと。
ジュリエットのアピールも虚しく、ジョージは突然、結婚した。相手は富豪の家の令嬢で、仕事で知り合ったそうだ。
「まあ、そうなの。ではさすがに諦めなければね。人の夫を誘惑するなんて許されないことだもの」
さも今初めて聞いたかのように反応を見せるけれど、ジョージの結婚を仕組んだのは実はシャーロットだ。
ジョージが取引先の令嬢に想いを寄せ始めた情報をいち早く掴み、令嬢側もジョージのことが気になっているものの密輸事件が記憶に新しいエルムズ伯爵家の者だったということで、多少躊躇している部分があることを察した。そこで王太女としての信頼感を利用し、彼の人となりは素晴らしく婿とするのに申し分ない、と太鼓判を押す手紙を令嬢の家に送ったのである。
諦めてもらうためではなく、ジュリエットにショックを与えるために。
「好きでもない相手からずっと付き纏われるのはストレスにしかならないし、失礼極まりないわよね」
「……そう、ですよね……」
見るからに深く落ち込みを見せるジュリエットにシャーロットは笑みが零れそうになるのを堪え、「そういえば」と話を変える。
「ミックのことはもう聞いたかしら」
「ミックさまですか……?」
やはりまだ耳に入っていないようで、不思議そうに尋ねてきた。
「ミックが剣でマルコム・エルムズの右手を切り落とし、レックス・エルムズの左足を刺したんですって」
「ミック様が、マルコム様とレックス様を……?」
ジュリエットはひゅっと息を吸い込み、顔色をまた青くさせた。口元を覆った手は震えている。
ミックはジュリエットの近衛騎士だった者だ。ジュリエットの馬車が襲撃された際に魔術具によって右手が切り落とされ、足も怪我を負って麻痺が残ってしまい、事件後は騎士を続けることができずに補償金を貰って故郷へ帰った。
一昨日、ミックは突然マルコムとレックスが投獄されている地下牢を訪れ、先程シャーロットが告げた通りの事件を起こして捕らえられた。
ミックが牢に近づけたのは、見張りの騎士とミックが騎士時代の友人関係にあり、騎士がミックの復讐に手を貸したためである。その騎士も拘束されている。
「どうしてそんな……」
「きっと許せなかったのね。彼は騎士の道を諦めることになり、手まで失ってしまったんだもの」
「でも、わたしが聞いたときは何も言わなかったのに」
襲撃犯、そしてエルムズ兄弟の命は奪わずにいたいと思っているとジュリエットが伝えると、騎士たちは承諾した。そのことは事実だ。
「それはそうでしょう。王女の貴女に言われたら、一介の騎士の彼はその結論に否を唱えることなんてできないわ。国王の承認も得た後だったんだから尚更ね」
それくらいも推し量れないのかと、シャーロットはわざとらしくため息を吐く。
「貴女が彼の気持ちに寄り添えなかったから起こったことよ。同情して、好意による行き過ぎた犯罪まで許容して、本来与えられるべき罰を歪めた。実害を被ったのは貴女じゃなくて彼なのに、減刑を貴女が勝手に望んで、その気持ちを彼に強要した」
ミックがエルムズ兄弟に報復した動機は、ジュリエットが知らないものもある。姉の自殺だ。
ミックは姉と二人きりの家族で、姉に育てられたらしい。その姉に騎士になることを反対され、家出をしてまで騎士になったそうだ。それでもう五年ほど連絡をとっていなかったという。
そんな中、右手を失い、左足にも麻痺が残り、故郷に帰って――そこで初めて、姉が自殺したことを知った。
原因は付き合っていた男性に振られたこと。
弟が出ていって心が弱っていた頃に出会い慰めてくれた男性と交際を始めたものの、相手は遊びのつもりでしかなかったようで、突然振られて連絡も断たれてしまい、ショックで自殺をしてしまったと村の者から説明を受けたそうだ。
その姉を弄んだ男性こそ、マルコム・エルムズである。関係を切ったのはジュリエットに出会ったあとの時期だそうで、彼としては清算しただけのことなのだ。
ミックの故郷の村はエルムズ伯爵領に近い場所で、姉は偶然マルコムと出会ったようだ。
自身の怪我と、姉の自殺。どちらにも関わっていたエルムズ家への憎悪が膨れ上がり、彼は復讐の道を選んだのだろう。
しかし、ジュリエットはそこまでの背景をまだ聞かされていない。だからシャーロットは更に追い打ちをかけていく。
「また、貴女の行動が誰かを苦しめ、新たな犯罪を生み出した。その罪を永遠に背負っていかないといけないわね」
言い聞かせるように静かに声を落とすと、ジュリエットの顔色がまた悪くなる。自分自身を抱きしめるように腕を回し、がくがくと震えも酷くなった。
「悪いけれど、わたくしはまだやることがあるから。誰かに慰めてもらいたいなら自室に戻って陛下やクェンティンにでも縋ってちょうだい」
立ち上がって告げると、ジュリエットが心細そうに見上げてくる。
「お姉さま……?」
「早く出て行きなさいね」
縋るような目を笑顔であっさり突き放して、シャーロットは部屋を出た。
廊下を進んでいると、正面からカーティスとクェンティンがこちらに向かって歩いてきていた。シャーロットの姿を認めると、クェンティンはその目を厳しく細める。
敵意が漏れ出た目だ。
「王太女殿下にご挨拶申し上げます」
今日すでに会っているクェンティンは特に何もないけれど、カーティスは一礼して挨拶を行った。こちらは普段通りだ。
「ええ。お疲れ様」
「お疲れ様でございます。どちらかに向かわれる途中でしたか?」
「図書館にでも行こうかと思ったのだけれど、クェンティンがいるならその必要はなさそうね」
婚約者に視線を向けると、カーティスもクェンティンも不思議そうな反応を見せる。
「ジュリエットを捜しにきたんでしょう? わたくしの部屋にいるから回収してくれる?」
ジュリエットといたくなくて部屋を出てきたので、連れて行ってくれるのなら図書館まで行く必要はない。
クェンティンは「承知しました」と冷たく応えると、シャーロットの自室に向かって行った。その背中を見送りつつ、シャーロットはカーティスに声をかける。
「貴方の息子、取り繕うのが下手ね」
「え……?」
「態度に出すぎよ。もう少し厳しく指導した方がいいんじゃないかしら。わざとなんじゃないかと思えるくらいわかりやすすぎて、呆れるほかないわね」
カーティスが瞠目し、身を固める。
動揺に揺れる瞳に、シャーロットはにっこりと微笑んだ。
「安心しなさい。逃げたりしないわ」
「……殿下」
「明日からが楽しみね、サージェント宰相」
その笑顔は、子供がプレゼントを待ちわびているような、無邪気なものだった。
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