表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第一章 王太女という名の贄
4/64

04.第一章三話



 城に帰って早々、シャーロットは呼び出されて王の執務室を訪ねた。

 執務室ではその部屋の主人――金髪に翡翠色の瞳の男が大量の書類を捌いていた。高等部に通う娘が二人いるとは思えないほどの若々しく整った容姿は相変わらず嫌味なくらいに健在だ。

 英雄フレドリック王。反乱を起こし、暴君から国を救った男。髪や瞳の色を受け継ぎ、シャーロットが似てしまった父親。


 親子らしい会話はなくすぐに渡された書類は、新しい仕事のものだった。王都から馬車で数時間ほどの距離にある街に建設する病院に関するものだ。

 しかしこれは、すでに担当者が決まっていた仕事である。


「ジュリエットが担当することになっていたはずでは?」


 孤児院の訪問や炊き出し、病院での見舞いなど、慈善活動に関してはジュリエットが王族として唯一積極的に行っていることと言える。と言っても他と比較して、という程度ではあるのだけれど、それでも十分に努力していると、ジュリエットに甘い周囲の評価は異様に高い。

 そしてこの今話題に上がっている王立病院の設立は、予算承認などの仕事を誰に任せるかという話になった際にジュリエットが自らやりたいと言い出したのだ。そのやる気を買ってフレドリックが責任者にジュリエットを指名したのは一週間ほど前のこと。学園の試験が終わってすぐだった。


「ジュリーは勉強に集中したいと言っているから、お前に任せることにした」

(……は)


 シャーロットは内心、鼻で笑い飛ばす他なかった。

 あの点数では結果が出る前から試験の手応えなどなかったはずなのに躊躇いなく仕事を引き受けたにもかかわらず、今日貼り出された試験結果を確認して即座に城に連絡したのだろうか。勉強に力を入れるべきだと、僅かにでもようやく心が動いたのだろうか。

 フレドリックが口にしたその理由が本当だとして、ジュリエットは今まさに自由時間。城にはいない。放課後は勉強どころか城下で悠々と遊び回っているのはどういう了見なのか。それを容認するこの男も、クェンティンも、他の者たちも、一体どういう思考回路をしているのか。

 そんなシャーロットの疑問を訴えたところで、この男は気分転換も必要だとか擁護するのだろう。そんなもの、シャーロットには時間の無駄だとしか言わないくせに。仕事を途中で放棄したら無責任だと批判するくせに。


『これから城下を回るのですが、お姉さまもご一緒にいかがですか?』


 学園で会った時のジュリエットが頭をよぎる。およそ仕事を放り出した人とは思えない、いつも通りふわふわした妹の言動が。


(よくもまあ、あんなことが言えたものだわ)


 この仕事がシャーロットに回されると、きっとジュリエットは知らないのだろう。知っていたなら目に涙を滲ませながら謝罪をしていたはずだ。そうして仕方のないことだと護衛やクェンティンが庇い慰める光景までありありと想像できる。

 どこまでもシャーロットの神経を逆撫でする。手に持っている書類をぐしゃぐしゃに握り潰してしまいそうになった。その衝動をぐっと堪え、静かに息を吐く。


「では、週末に提出します」

「いや。明後日までに仕上げておけ」


 そのあまりにも無茶苦茶すぎる要求に、理解など示せるはずもなかった。届いた台詞に自らの耳を一瞬疑ってしまったほどだ。けれどフレドリックの顔つきは至って真剣で、それでいて冷淡。いつも通り、ただ指示をする際の表情を湛えている。

 今回の案件は、元々医療施設の不足が指摘されていた街の診療所の医者が高齢を理由に引退することをきっかけに進められることになった。診療所は病院として利用するには小さいということで、一から新しく建設だ。新しく雇う医者、スタッフ、導入する備品、建物の構造や規模などに関する予算の管理や現場の人間とのやりとりなど、引き継いだばかりで終わらせるにはあまりにも頭に入れるべき情報が多すぎる。しかも本来の書類提出の期限は週末なのに、ジュリエットは昨日までにほぼ何も進めておらず、後任のシャーロットがすべてを考えることになる。他の仕事と並行しながら一日二日で終わるようなものではない。


「明日は学園を休んで視察に行くので、帰りは夕方になります。それ以降に取り掛かるとしても――」

「本来の期日は今週末だが、工事は時間がかかる。早めに済ませておきたい。この程度なら視察があっても余裕で明後日には終わるだろう」


 期日は診療所の医者の引退時期を考慮しつつ、ジュリエットのスケジュールと力量に合わせて多少の余裕を持って定めていた。シャーロットであればもっと短い期間で済むと、この男は確信しているのだ。

 ジュリエットに与えられていた期間は二週間弱。シャーロットは二日もない。


(陛下ならもちろん余裕でしょうね)


 シャーロットに対する仕事の割り振りについて、フレドリックや皆はフレドリックを基準にする。シャーロットの能力はフレドリックと同等として必ず計算される。それは昔からで、できなければ怠けていたのだろうと叱責される。

 この病院の件であれば、睡眠時間を削ってなんとかギリギリ間に合うかどうかがシャーロットのレベルだ。せめて三日後、そもそも期日通りの提出で問題ないはずだと反論したところで、この男が頷くことはないと承知している。

 彼は報告書を見るだけでほとんど正確な情報を把握し、最適解を導くことができる。――それが前提にあり覆ることはないので、どうしようもない。

 ここで揉めるのは無駄に時間を浪費するということだ。


「わかりました」


 大人しく引き受ける選択肢以外、シャーロットには用意されていない。


(久しぶりに六時間は眠れると思っていたのに)


 今週は比較的、時間に余裕があった。けれど、やはりこうなってしまった。通常通り、仮眠程度の休息しか得られないスケジュールになってしまうだろう。


 自分の執務室に来たシャーロットは指示を出し、外出の準備を進めていた。もちろんただ出かけるのではなく、仕事の効率化を図るための移動だ。

 重要な書類を外部に持ち出すわけにもいかないので、シャーロットは持ち物を厳選していた。

 今この瞬間、ジュリエットとクェンティンは呑気に城下を回っているのだろう。シャーロットはジュリエットの尻拭いをさせられているのに。


(できもしないことを勢いだけで引き受けるんじゃないわよ)


 比較的簡単なレベルから慣らしていき少しずつできることを増やそうとするのではなく、ジュリエットの能力では到底手に負えないような仕事を安請け合いして、最終的には放り出す。とても立場ある人間の振る舞いとは思えない。結局は見せかけのやる気でしかない。

 ジュリエットの活動は、病院訪問であれば患者の見舞いや差し入れ、子供たちの相手だ。頭を使うような内容ではない。

 いきなり病院建設の担当に名乗り出るなど嫌な予感しかしないとは思っていたけれど、全部がシャーロットに押し付けられるのは予想していなかった。したくなかった、という表現が正確かもしれない。


「はぁ……」


 何度目になるかもわからないため息を吐いたところで、置かれている状況は何も変わらないのが現実だった。


 ジュリエットの言動に苦言を呈する者がこれまでまったくいなかったわけではない。彼女の稚拙さは上流階級では昔から周知の事実であり、国王の目を気にしながらも注意をする人はいたのだ。

 けれど、そんな人たちも次第にジュリエットの未熟さを許容するようになる。仕方がない、と。そうして、姉のシャーロットが手助けをするのが必要だ、常に気を配るようにと口々に語り始め、シャーロットに負担が偏ることに疑問を抱かなくなる。そもそも負担という認識すらなくなっていくのだ。

 ジュリエットには人に好かれる不思議な魅力がある。それは愛想や無邪気な振る舞いが基となっているのだろう。シャーロットにはないもので、真似ることもできない。





 すべての準備が整い、シャーロットは煌びやかな馬車に乗り込んで王城を出発した。王都の国立図書館に向かうからだ。そこの個室で仕事を進めるために、調べ物があるとか色々と言い訳を並べて外出許可を得た。

 書類の提出期限が迫っている中、移動に多少の時間は取られてしまうが、それでも構わない。王城でない方が集中できるのだ。

 王城でも仕事が進まないわけではないけれど、このようにイレギュラーで無茶な命が下された時は雑念が入りまくってしまう。物理的に城から距離を取ることで心が平穏を取り戻すのだ。その方がトータルでは時間がかからずに済む。


 馬車の中、一人であることで少し苛立ちも落ち着いてきたシャーロットは、目的地に到着したので護衛の手を借りて馬車を降りた。

 目の前に佇む国立図書館を見上げる。

 国内の建造物でも長い築年数を誇る歴史的なこの図書館は、先王の時代までは平民の立ち入りが許されていなかった。平民に学びなど必要ないという差別的思想の下の決まりだった。建国当初から続いていたチェスター学園の奨学金制度も廃止され、平民の入学も認められていなかったくらいだ。

 現在は学園と同様、フレドリックの意向で平民にも広く開放されているけれど、シャーロットのように高貴な身分の者にしか利用できないスペースも多い。歴史的な価値が高い書物に加え、貴重な芸術作品もいくつか置かれているためである。


 国立図書館は大きいだけあり、個室もいくつかある。資料となる本を見繕って集中できるように個室に移動しようと流れを決め、シャーロットは建物に足を踏み入れた。

 案内カウンターにいた司書と軽い挨拶を交わして通り過ぎれば、視界に映るのは立ち並ぶ本棚とそこに詰められた多様な本。巷で人気の恋愛小説から専門的な資料まで、幅広いジャンルのものが揃えられている。


 少し進んで立ち止まり、普段より人の少ない館内を見回して、小説の棚の方向で目を留めた。

 たまには何も深く考えずに流行している恋愛小説でも読んでみたいものだと、シャーロットはそんなことを考える。小説はあまり読んでこなかったので興味があるのだ。


「殿下?」

「……なんでもないわ」


 立ち止まって遠くの本棚を見据えるシャーロットに護衛が声をかけてきたので、目的の資料スペースへ歩みを進めようとしたところで。


「――奇遇だな、シャーロット王太女」


 背後からそんな声が聞こえ、シャーロットは驚いて振り返る。

 そこに立っていたのは、綺麗なご尊顔に何やら落ち着いた、しかしどこか愉快さを帯びた笑みを浮かべている青年だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ