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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第四章 盲目に小さな綻びを
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31.第四章五話



 男の声が反響する。クェンティンが怪訝そうに眉を顰めた。


「どういうことです?」

「スリの身の上話は全部でっちあげだったんだとよ。あいつは心を入れ替えたりするような人間じゃなかった。王女様にもらった金は賭博で消え、またスリをやりやがったよ。賭博の金欲しさにな」


 スリは標的にしてしまったのがあの第二王女だと気づき、ジュリエットの善意につけ込んだ。そういうことだ。


「妻も、奴の被害に遭った。――息子の薬を買うために街の薬屋に向かう途中だったんだ」


 力が込められた男の拳が震えている。


「息子は長いこと患ってて、俺たちの稼ぎでは薬を買うのもギリギリだった。その金を盗られたせいで薬は手に入らず、息子は死んだよ。妻は責任を感じて日に日に憔悴していき、自分で首を吊った」


 顔をくしゃくしゃにして、男は声を絞り出す。


「妻と子供は俺のすべてだった。王女様があの時、奴の嘘に惑わされず、同情なんかせず、ちゃんと捕まえてくれていれば……妻が金を盗られることはなく、薬も無事に買えて、まだ三人で生活できてたはずなんだ。それを……っあの王女様の身勝手な善意で、壊された!」


 その訴えに、クェンティンがカッと目を見開く。


「ふざけないでください! そんなの逆恨みでしょう」

「そうだよ、逆恨みだよ! けど俺は事実しか言ってない。王女様のせいで俺の妻子は死んだ。王女様は俺の家族を殺した!! そのことを王女様は知るべきだ!」


 馬鹿げたこじつけだと、クェンティンは怒りが増しているのだろう。しかし怒鳴り合うだけでは平行線だ。シャーロットは熱くなっているクェンティンを手で制して落ち着かせる。


「そのスリ、確か一月ほど前に事故で亡くなってるわよね」

「馬車の事故でな。俺が偶然スリと王女様との一件を掴んだのも、事故で死んだスリは王女様が情けをかけた奴だったってすれ違った通行人が話してたからだ。そうして調べて、事実だと知った」


 肯定され、やはりあのスリのことだと確信を強める。

 一月前、ある街でスリの被害者に気づかれて追いかけられ、そのまま道に飛び出し――道を走っていた辻馬車の馬に頭を蹴られて亡くなったスリ。スリの正体がジュリエットが以前見逃した者だったという報告だったのでよく覚えている。

 飛び出してきたスリに驚いた馬の制御ができず、スリの他にも近くにいた通行人の一人が馬に体当たりをされて頭を強く打ち、一時は意識不明の重体だった。その通行人は意識を取り戻したものの、後遺症で片腕に麻痺の症状を抱えることになったという。

 そして、事故に遭った辻馬車は妊婦を乗せていた。妊婦は事故の際、辻馬車の中で腹を打ち、流産してしまったと聞いている。妊婦の歳の頃は、ちょうどこの賊とされている四人組の中の唯一の女性の外見から予想できる年齢――三十歳前後だろうという報告と近い。


「一緒に馬車を襲った奴らはその事故の被害者たちだ」


 シャーロットが奥の方の牢に視線だけを向けると、男はそう告げた。


「麻痺の後遺症で職を失ったガラス細工職人、念願の子供を失った夫婦、人を轢き殺してしまったトラウマと愛馬の安楽死を余儀なくされた御者。あのスリのことを調べる過程で出会った」


 馬のことも聞いている。辻馬車を引いていた馬は暴れた際に足に怪我を負い、安楽死の道以外は選択できなかったと。事故の原因はスリの飛び出しによるもので辻馬車の速度も安全運転で速くはなかったことから、御者の責任は問われていない。

 けれど、愛馬を失い、人を死なせてしまった罪の意識を抱え、更には他にも流産や腕の麻痺を引き起こしてしまう直接の原因となり、それでも問われぬ罪さえ抱え――御者の心情はどれほどのものだったことか。


 あのスリに、人生を狂わされた者たち。そのスリを捕まえ、罪を償わせる機会があったのに、野放しにしたジュリエット。

 スリが亡くなってしまったから、その行き場を失った憎しみの矛先がジュリエットに向いたのだろう。

 逆恨み、という表現は正しい。けれど、筋違いとも言えないように思える。


「彼の主張はもっともね」

「っ、殿下!? 何を仰っているのですか!」


 クェンティンがぎょっと驚愕を露わにし、大きな声を上げる。ジュリエットが悪だという男に賛同するシャーロットに納得がいかないのは、ジュリエットを盲目的に想っているクェンティンからすると当然だろう。


「司法取引だって存在するのだし、状況次第では罰を軽くしたり、罪を問わず解放するのもありだと思うわよ。けれど、それを適用するべき相手かどうかを見極められる目や情報を持たない人間が判断していいことじゃないわ」


 フレドリックが暴君統治下の時代に罪を犯した者たちを一部泳がせていたことや、デクスターの罪を公にしなかったこと。後者については物的証拠がなくどのみち公開などできなかったわけだけれど、シャーロットだって黙認した。

 すべてを明るみにすることで国にとって不都合になるなら致し方ない。ただ、慎重な判断は必須だ。

 フレドリックでさえ、見誤った。一度見逃したパスカルが罪を犯し、唆したのはデクスターだった。

 そんな結果が出ているのだから、ジュリエットが判断できるようなことではない。ジュリエットにもその権限が与えられてしまったら、もっと悲惨な未来に繋がる可能性は高いだろう。実際にこうして起こっている。


「ジュリエットの浅薄な選択が、罪のない人たちの人生を狂わせた。――責任を負えない、相応の覚悟もない人間が、安易に手を出していい事柄じゃないのよ。あの子はあまりにも無知すぎるし、基本的に人を疑わない。だから、判断する側に立ってはいけないの。遵守すべき法に背く行為をしているという自覚や責任感があまりにもなさすぎる」


 王族として必要な力を持っていないし、今後も精神が最低限のラインまで育つことは期待できない。


「貴方たちの動機は理解できる。けれど、腑に落ちないことが残ってるわ」


 魔術具を用いてまで襲撃しなくとも、ジュリエットを手にかける手段は存在する。


「本当にジュリエットを殺すつもりなら、もっと確実な方法があるわ。あの子は炊き出しなんかもやっているわけだし、王族とはいえ平民と接する機会は多いもの。その際に近づく方が簡単で失敗する確率は低い。なのに、山賊の目撃情報で警戒が強まっている山付近の森の中、護衛がしっかりついていて、馬車に乗っていて標的である本人の様子が窺えないような状況で襲撃した、というところに違和感があるのよね。山賊を装いたかったとしても詰めが甘い」


 魔術具があるから捕まらない自信があったのだろうか。いや、それは否定できる。

 ただ襲うだけでは、彼らの目的を達することはできない。ジュリエットに現実を突きつける、という目的が。だから、こうして捕まるまでが彼らの計画だったはずだ。


「貴方たちはあの子を殺すつもりなんて最初からなかった。せいぜい脅し程度の目的で実行したんでしょう」

「……そうだ。誰彼構わず優しさを振りまくのはただの偽善だと、あの王女様に知らしめてやりたかった。……王女様の活動のおかげで病院の普及とかも進んでて、俺たちが救われた部分もあるのは確かだからな。殺そうなんて思うわけがない」

「……」


 彼らはジュリエットに悪意だけを持っているわけではないようだ。ジュリエットの活動に救われた者は実際のところ多く、数えきれないだろう。彼らもそんな中の一人。

 だから、報復で命を奪おうという考えにまでは至らなかった。


「ですが、脅しにしては過激です。壊された馬車は修復すれば問題はありませんが、騎士たちの負傷は相当なものです。目を切られて視力の回復が見込めない者もいるんですよ。命を落としていてもおかしくなかった」

「それはっ」


 クェンティンの指摘に、男は表情に後悔を滲ませる。


「……言い訳にしかならないが、あそこまでするつもりはなかったんだ」

「言い訳にもなりませんね、そんな戯言」

「本当だ! 最初は、王女様がどこかの孤児院とかを訪問する情報を掴んで、そこで接触しようと思ってたんだ。あんたが助けたスリのせいでこんなことが起こったんだって、普通に言葉で説明するつもりだった。けど……」


 男曰く、酒屋で酔いながらうっかりその計画を話していたところ、ローブを着た男性らしき人物に話を聞かれたらしい。スリとジュリエット、事故の話を説明すると、ローブの男は問うたそうだ。ただ言葉で訴えるだけでいいのか、と。多少は怪我を負わせたり、怖い思いをさせたり、――復讐はしないのか、と。


『お前たちは大切な人や職まで失ったのに、原因である犯罪者を見逃した王女をそんなに簡単に許せるのか? 善いことをしたと自負する王女が容易く変わると思うのか? 王女にもそれなりの痛みを与えないと、また同じようなことが繰り返されるんじゃないか? 王女は犯罪者が相手でもお優しいからな』


 ローブの男は『手伝ってやる』と言い、次に会う日時と場所を指定してきた。

 半信半疑で指定されたとおりの時間にその場所に行くと、廃屋があったという。ローブの男はおらず、廃屋の中にあの剣が人数分、そして、処分しろというメッセージとともにジュリエットの孤児院訪問の日時が記された紙切れが置かれていたそうだ。だから正確にジュリエットの孤児院訪問の帰路を狙うことができたらしい。


(デクスター卿と同じような手口ね)


 他者を唆し、罪を犯させる。

 物的証拠がない彼とは異なり、剣を用意したりジュリエットの予定を流出させたり、証拠は存在するので、少々リスクはある。


「その男の特徴は?」

「特徴って言われても、ローブとフードでほとんど隠れてたし……」

「背丈は? 身長は高かったですか? 私と同じくらいとか」


 クェンティンが問うと、男はじいっとクェンティンを見て首を捻る。


「そういや、そんなに高くはなかったな……」





 他の三人にも取り調べを行い、シャーロットたちは応接室に戻った。


「殿下よりは十センチほど高いと言っていましたね。そうなると、マルコム・エルムズの線は……」

「ローブの男に関しては彼ではないのでしょうね」


 マルコムはクェンティンより若干背が高いので違うのだろう。

 その確信とは別の何かをシャーロットから感じたのか、エセルバートは上体を前に倒して膝の上に両腕の前腕を置き、シャーロットに訊く。


「誰だかわかってるのか?」

「想像でしかありませんわ、今のところは」

「そうなのか?」

「エセルバート様こそ、当たりをつけてらっしゃるのでは? ブランドン卿も」

「どうだろうな」


 エセルバートはそう受け流し、ブランドンは笑みを浮かべるにとどめた。はっきりと否定しないということは肯定だろう。

 その掛け合いに、クェンティンが口を挟む。


「殿下、ローブの男が何者かわかっていらっしゃるのですか?」

「ただの想像よ。今までの情報を整理した結果、可能性の一部として浮上しているだけ。貴方もしっかり考えなさい。いつもすぐに答えが示されるというような甘えた思考はやめた方がいいわ」


 厳しく突き放すと、クェンティンはぐっと唇を引き結んだ後、大人しくもんもんと考え込み始めた。その隣で、シャーロットも視線を落として思考に耽る。

 もちろん、襲撃の黒幕が誰であるかを暴くことも重要だけれど、シャーロットはずっと、別のあることについても考えていた。

 エルムズ商会はそれなりに大きい。国外との取引も多く、レックスが商会の南部との取引が増加していると言っていた。今回盗賊の手に渡った武装用魔術具が仮にその中に入っているとして――違法に輸入されたのは、きっとそれだけではない。


(期待に添えそうね)


 まだ推測でしかないけれど、シャーロットは確信していた。



  ◇◇◇



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