30.第四章四話
レックスも取り調べの準備に向かい、室内は四人だけになった。
「やはり、マルコム・エルムズには警戒を怠れませんね」
真剣な顔でクェンティンが呟くものだから、エセルバートが小馬鹿にしたように口角を上げる。
「シャーロット王太女。君の婚約者は少々頭の回転が遅いようだな」
「そうですわね。ジュリエットのことが絡むとこのようになりますわ。陛下より酷いです」
「……どういう意味です?」
ぴくりとクェンティンの眉が動く。シャーロットもエセルバートもクェンティンより立場が上なので、なんとか怒りを抑えているといった様子だ。
「貴方の『警戒』の理由が酷いということよ。ジュリエットがあの男に靡くかもしれないことだけを心配しているようだけれど、それでは足りないかもしれないと、レックス・エルムズの話を聞いて察せたはずだわ。貴方が平常どおりならね」
ここまで言ってもクェンティンは理解できないようで、シャーロットはため息を吐いた。
「魔術具の知識なんてほとんどないのに、襲撃を受けている馬車を助けるためにマルコム・エルムズは躊躇せずに突っ込んだそうじゃない」
「それは、殿下をお助けするためでは?」
「馬鹿ね。ジュリエットを助けたい一心で、なんて理由で誤魔化せるわけもないでしょう。死ぬかもしれない場所に飛び込めるほどの勇気は持ち合わせてないわよ、あの男」
エセルバートを前にして緊張が解けていなかった。取り繕おうとはしていたけれど、彼に対する恐れや怯えが確かに感じられたのだ。
それだけで、測れた。見ればわかった。
マルコム・エルムズは自分が可愛い人間。たとえ想いを寄せる相手のためであっても、大切な自分の命をかけるほどの度胸はない人間だ。
死を恐れることは決して間違っていない。普通の感覚だろう。
「あれは、魔術具の使用回数に制限があると知っていたからこその行動でしょうね」
「まさか」
「偶然彼が魔術具に詳しくて魔石を一目見ただけで魔術発動の回数を見抜けた、という可能性もまったくないとは言い切れないけれど、現実的ではないわ」
彼は魔術師ではないのだから。
魔術師であったとしても、戦闘中に瞬時に魔術具の術式や魔石の魔力量を正確に測定するのは至難の業だろう。
「動機も想像がつくわ。自作自演って流行ってるのかしら」
「では、あの男が賊にジュリエット殿下を襲わせたと……商談を弟君と代わったのも、そのためだと?」
「そこまではまだ確信できないわね。けれど、魔術具について知っていたことは確かよ」
取り調べが始まる前に邸を離れていたジョージの帰宅が知らされ、先にそちらの挨拶を済ませておこうということになり、シャーロットたちは応接室で彼と対面した。
「お久しぶりでございます、シャーロット王太女殿下、エセルバート皇弟殿下、クェンティン殿」
「ええ。壮健なようで何よりだわ、ジョージ卿」
ジョージ・エルムズは穏やかな青年で、伯爵の亡き前妻の息子。容姿は母親に似たらしく異母弟二人とは似ていない。
久々に会った彼は柔和な笑みを浮かべて泰然と振る舞っているけれど、少しやつれているように見えた。
「賊の捜査に協力してくれるそうで、感謝するわ」
「滅相もございません。皇弟殿下にまでお力添えいただけるとのことで、心強い限りです。伯爵領内で起こったことですから、むしろこちらが感謝の意を示すべきかと。また、第二王女殿下を領内で危険に晒してしまい、申し訳ございません」
「賊の存在を承知していながら放置していたのであれば咎められるべきではあるわね。けれど、犯人たちが比較的少人数で、隣の領地との境界に近い森で遭遇したという点を考慮すると、隣の領地に潜伏していた可能性も否めないもの。現時点で過剰に責を問うつもりはないわ」
「寛大な御心に感謝いたします」
位置的には伯爵領ではなく隣の領地となるけれど、領地の境界の近くに山がある。そちらには最近、山賊の目撃情報が出ており、領主が対応中だ。今回のジュリエット襲撃犯はその山賊の一味である可能性も考えられる。
その山賊の目撃情報で巡回も強化されており、伯爵領内も警戒が強まっていたのが幸いだった。そのおかげで巡回中の伯爵家の騎士が異変に気づき、マルコムたちの増援となったのだから。
まあ、そこまで計算されていた可能性が高いのだけれど。
「今回の事件はもちろん遺憾だし、早く解決に動きたいけれど……伯爵の方も気になるわ。容態はあまり良くないそうね」
「はい。色々な医者に診せているのですが、目を覚ますかはわからないと言われるばかりで……」
眉を寄せて悔しそうにする姿は、父の身を案じる息子そのものだ。
白々しい、と言わんばかりの刺々しい空気を真摯な表情でなんとか覆い隠しているクェンティンに内心呆れつつ、シャーロットは穏やかな声をジョージにかける。
「こうして伯爵領に顔を出すこともそうそうないでしょうし、あとで伯爵の見舞いもしたいのだけれど可能かしら?」
「もちろんです。都合の良い時間にいつでもお声がけください」
ジョージは快く承諾してくれた。特に焦った様子は見受けられなかった。
ジョージとの挨拶も終え、シャーロットたちは伯爵家の騎士の案内で伯爵邸の地下牢に一時的に収容されている賊のもとへと足を運んでいた。エルムズ伯爵家の三兄弟は商会の方の仕事でやることがあると、この場にはいない。
賊は四人。横並びの牢に一人一人収容されており、手足は鎖で拘束され、猿轡をかまされている。
階段から一番近い牢にリーダーと思しき男を入れているようで、まずはその男の取り調べを行うことになった。
場所は移さず、牢の前にシャーロットたちは立った。男の眼差しがこちらに向けられる。
伯爵家の騎士が牢の中に入り、男の猿轡を外す。男は少し咳き込むと、ゆったりと顔を上げて剣呑な双眸で改めてシャーロットを射抜いた。
「金髪にその目……ハッ。王太女様が自ら取り調べとは、ずいぶん大切にされてるんだな、あの心優しい王女様は!」
階段を降りる最中も、この牢の前に来てからも、誰もシャーロットの名や地位を表す敬称を口にしていない。髪と瞳の色、そして騎士たちが従う様から、男はシャーロットの正体を見抜いたのだろう。
それにしても、彼の言葉が引っかかる。
ジュリエットに関する嫌味。嫌悪のようなものが滲んでいる。
(王族に対するもの? ……いいえ、明らかにジュリエットに偏ってるわ)
男の目はシャーロットを映しているけれど、シャーロットを通してジュリエットを見ているようだ。まったく似ていないけれど、王女という共通点は切っても切れない。
ジュリエットにこれほどまでに露骨な悪感情を向ける国民とは初めて遭遇する。特に関わりもないであろう賊が、なぜこんなにもジュリエットを憎んでいるのか。国民人気が高いことが数少ない自慢の王女殿下なのに。
「ジュリエットとの面会を希望しているそうだけれど、襲撃以前にあの子と面識があるの?」
「ねえよ」
「それにしては尋常ではないほど嫌っているようだけれど? 命を狙うほどに」
理由を問うと、男は変わらず鋭い目つきで口を開いた。
「――あの王女様がスリに遭ったことは話がいってんのか?」
「……半年ほど前の話かしら」
「ああ、そうだ」
半年ほど前のこと。ジュリエットがいつものように地方の孤児院訪問をした後、街を散策している最中にスリの被害に遭ったことがあった。正確には、同行していた侍女が預かっていた財布がすられたのだ。
騎士がすぐに気づいてその場で犯人を取り押さえたけれど、スリは親がおらず幼い弟妹を養うためにはこうして生きるしかないのだと泣きながら身の上話を語った。ジュリエットの優しさに付け入る隙を見出したのだろう。
彼が置かれている環境を知ったジュリエットは同情し、そのスリを許し、持ち合わせていたお金をほとんど渡して解放したらしい。
「素晴らしいよな。自分の金を盗んだ奴を捕まえるどころか解放した上、金までくれてやったんだ! ほんとすげぇ王女様だよ!」
褒めているわりに、男の表情は決して明るくない。
「けどな、そのせいで俺の家族は死んだんだ!!」




