29.第四章三話
エセルバートとブランドンは見舞いはせずに応接室で待つことになった。ジュリエットには直接会わせない方がいい、とフレドリックから命があったためだ。話なら実際に賊と相対したジュリエットの近衛騎士から聞くことができるので捜査に支障もないだろう、と。
エセルバートとしてもジュリエットを見ているとイライラするとかで、特に不満はなかった。「見舞いはサージェント侯爵令息に任せてシャーロット王太女も私たちと一緒に待っているか?」と魅力的な提案をされたけれど、クェンティンに「ありえません」と却下された。
もちろんそんなことを了承してしまえば後から面倒なことになるのは目に見えているので断るつもりではあったものの、クェンティンが反射的に、シャーロット本人より先にそう言ったので、何様のつもりだと心の中では詰っていた。
「お姉さま! クェンティンさま!」
「ジュリエット殿下っ」
ジュリエットが休んでいるという部屋に入ると、ソファーに腰掛けていたジュリエットがぱっと表情を輝かせた。クェンティンはそんなジュリエットに駆け寄ると流れるように床に片膝をつき、熱を宿した眼差しでジュリエットを見上げた。
「ご無事で何よりです」
まるで恋人の感動の再会のように見えてしまうのは、シャーロットの意地が悪いからなのだろうか。
冷めた気持ちで眺めていると、シャーロットたちの入室と同時に椅子から立ち上がっていた女性がドレスをつまみ、一礼する。
「ご機嫌麗しゅうございます、王太女殿下。ジュリエット殿下の付き添いでお出迎えに参加できず申し訳ございません」
ケイティ・エルムズ。伯爵夫人だ。
「頭を上げなさい。謝罪は不要でしょう。まだ恐怖が抜けていないであろうジュリエットの付き添い、感謝するわ」
「もったいないお言葉でございます」
さすがは伯爵夫人というべきか、振る舞いはなかなかのものだった。優雅で、貴族としての自信が所作に滲んでいる。
「ジュリエットは落ち着いているようだから、このまま夫人に任せてわたくしたちは今回の事件の詳細を確認してくるわ。クェンティン、行くわよ」
「はい」
名残惜しそうにクェンティンがジュリエットに一礼する。ジュリエットはそれに笑顔を返し、もじもじして「……あの、お姉さま……」と窺うようにシャーロットへと視線を向けた。
謹慎から、姉妹間にまともな会話はなかった。普段の会話がまともかと問われると、シャーロットとしてはそこに疑問が残るのだけれど、とにかく普段通りの雰囲気はなかった。
フレドリックにも忠告されているので、この距離感を継続させるわけにはいかない。
「無事でよかったわ」
そう言って安堵混じりに微笑んで見せれば、ジュリエットはまたぱっと表情を明るくする。気まずかった空気もたったこれだけのことで何事もなかったかのように元に戻る。ジュリエットはとても単純だから。
「あの、早く戻ってきてくださいね。まだ不安で……お姉さまがそばにいてくださったら、きっと落ち着きます」
案の定、ジュリエットは胸の前で手を組んで心細そうに頼み事を口にした。
「ええ」
また、虫唾が走る。
けれど、押し殺す。幾重にも包み込んで、渦巻く黒々とした感情に蓋をする。
この愛らしいと評される顔を絶望に満ちた色に染めたくとも、まだその時ではない。
エセルバートたちが先に通されていた応接室で、今回の襲撃についてまず話を聞くことになっている。
ジュリエットとの面会を終えたシャーロットたちも合流して、報告が始まった。
襲撃を受けた際にジュリエットの護衛をしていた近衛騎士たちは負傷しており療養中。現在ジュリエットの部屋付近で護衛にあたっているのは、フレドリックが選別して派遣された、シャーロットたちとともにやってきた近衛騎士である。
孤児院訪問の護衛でジュリエットに同行し、魔術具による襲撃を受けながらも軽傷だったため唯一動ける状態の近衛騎士が、賊から押収した魔術具だという剣をテーブルに置いた。
「魔術具を使用していた賊をよく捕らえられましたね」
「魔術具と言ってもどうやら使用に回数制限があったようで、途中から魔術が出なくなっておりました」
クェンティンの疑問への回答に、シャーロットは目を細める。
魔術具の剣をエセルバートが調べ始めた。グリップを持ち、剣をいろんな角度に傾けて観察する。
「シャーロット王太女。魔術具の発動方法が二種類に分けられることは知っているか?」
「はい。魔術具の作動には魔力が必要で、使用のたびに魔力を注ぐタイプと、魔力が込められた魔石を動力源とするタイプがあると」
「ああ、その通りだ。後者は魔力が扱えない人間でも魔術具の使用を可能とするが、魔石の魔力がなくなるとただの物になる」
シャーロットが貰ったブレスレットも後者のタイプだ。
この剣は魔石によって魔術を発動させるタイプということのようだ。その魔石の魔力が戦闘中に尽きてしまい、魔術が使えずにただの剣になったらしい。
確かに、剣のガードの部分に石が埋め込まれている。それが魔石なのだろう。
「これはラナフ産の魔術具だな。ラナフ特有の術式の組み方な上、魔石もそれほど上質なものではない。魔術が発動するのはせいぜい五、六回といったところか」
説明をしながら魔術具をあれこれ調べていたエセルバートが、そう結論を出した。
ラナフは紛争が続く大陸南部の国だ。少ないながらも魔術師が生まれる国で、数が少ないからこそ魔術はまだまだ発展途上だという。
エセルバートの見解を耳にし、「ラナフ……」とマルコムが呟いたのを、クェンティンは聞き逃さなかった。
「何か心当たりが?」
マルコムは思案した後、レックスと目を合わせると、意を決したように「家門の恥部を晒したくはなかったのですが……」口を開く。
「ご存知かと思いますが、二月ほど前、エルムズ商会の会長であり伯爵でもある父が馬車の事故に遭い、現在も意識が回復しておりません。伯爵家や商会の実権は長男の兄が握っている状態です」
「確かに、事故の話は存じています」
「事故は車輪の不備に事前に気づかなかったことが原因とのことで、管理者の御者が罰せられて収束したのですが、どうにも不審な点がいくつかありまして……しかしながら、兄の意向でその後の調査は何も……」
マルコムが眉を寄せ、膝の上に置いている拳に力を込めた。
「兄が商会の運営を始めてから、今までは取り扱ってこなかったような……大陸南部で人気の商品の扱いが増加しております。それも大量に。資金の流れも明瞭でない部分がいくつか確認できています」
そこまで説明して、マルコムは視線を落とす。
「兄の実母は父の亡くなった前妻なのですが、身寄りがなかった方です。そのため親戚から、長男であっても後継者とするのはと、不満が多く出ていました。兄は少々金遣いも荒く、商才もあるとは言いがたいです。以前から商会の仕事に関わっておりましたがその仕事ぶりにも父は不安があったようで、近々、後継者には新しくレックスが指名されるはずでした」
放蕩息子として有名だったマルコムは元々、後継者にはなりたくないと早い段階で宣言している。それは周知の事実だ。兄二人が相応しくないのであれば、末っ子レックスが後継者として指名されるのは当然の流れといえる。
「なるほど。要するに貴方方は、兄君――ジョージ・エルムズ殿が後継者としての資格を正式に奪われる前に、事故を装ってエルムズ伯爵を亡き者にしようとしたと考えている、というわけですね。そして、違法魔術具の密輸も彼の仕業だと」
「あくまで可能性の話ですが……」
「念頭に入れておきましょう」
彼らの話が事実であれば、ジョージは第一容疑者となる。
「賊の証言はどうですか?」
「尋問はしていますが黙秘を続けています。ただ……ジュリエット殿下を連れてこいと要求してきている状態です」
「ジュリエット殿下を?」
そこにはシャーロットもクェンティンも疑問を持った。
とりあえず、人違いや偶然ということもなく、賊がジュリエットを狙っていたのは間違いないのだろう。
「ジュリエット殿下を賊などに会わせることはありえません」
「私どもも同感です。何を言われるか……」
相手は賊だ。理不尽な罵声を浴びせる姿が容易に想像でき、ジュリエットが傷ついてしまうと、クェンティンとマルコムの意見が一致している。
シャーロットとしても、賊の要求を呑むつもりはない。
「わたくしたちが直接取り調べをさせてもらうわ」
「では、取り調べの準備を指示してまいります。椅子などご利用されますか?」
「いいえ、結構よ。エセルバート様はいかがです?」
「俺も不要だ」
「かしこまりました。それでは一度、御前を失礼いたします」
立ち上がったマルコムがレックスに視線を向けるも、レックスはマルコムに続く気配がない。
「先に行っててください」
「……わかった」
レックスが残りマルコムだけが部屋を出ていくと、シャーロットは肘掛けに腕を置き、体重を預ける。
「兄には聞かせたくない話でもあるのかしら、レックス・エルムズ」
「……考えすぎかもしれないのですが、少し気にかかることがありまして」
躊躇いがちに、レックスはぽつりぽつりと言葉にしていく。
「今回、マルコム兄上がジュリエット殿下をお助けする前に出向いた商談なのですが、本来は私が出向く予定だったのを、兄上が自分に任せろと言い出したために担当を変更したのです。兄上は学園を卒業して以来、積極的に商会の仕事に関わっていますが、今回のような要求は初めてだったので……違和感があると申しますか、不自然な感じがしました」
「……ジュリエット殿下の馬車があの時間、あの場所を通ると知っていたから、偶然を装って接触を図ったと?」
「恐らくですが。……殿下方もお気づきだと思いますが、兄上はジュリエット殿下に想いを寄せているので。それが今回は功を奏した形になったのだと思います」
緊張した面持ちで、レックスは続ける。
「ジュリエット殿下の命を救ったことは、兄上にとって一つの幸運と言えます。伯爵家と王族では身分が釣り合いませんが、恩があれば婚姻が許される可能性は高くなってしまう。弟としては兄上の幸せを願っていますし、王家との繋がりも得がたいものですが、兄上は異性関係が派手でしたので……あまり、兄上を殿下に近づけないほうがよろしいのではないかと」
兄の幸せ以上に、兄のこれまでの行いによる揉め事で王族を巻き込むことを危惧しているようだ。
「我々としてもそのつもりですので、ご心配なく」




