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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第四章 盲目に小さな綻びを
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27.第四章一話



 ノックの音が執務室に響き、シャーロットが入室の許可を出すと騎士が入ってきた。表情から、何やらただごとではない雰囲気を察する。


「ジュリエット王女殿下の馬車が襲われたと報告がございました」

「なっ!」


 シャーロットと同じく書類を捌いていたクェンティンが立ち上がった勢いで、椅子が後ろにひっくり返って大きな音を立てる。けれどクェンティンは椅子のことなど気にする余裕はないようで、「まさかお怪我を!?」と険しい形相で騎士を問い詰めた。


「幸い、エルムズ伯爵家の次男や騎士が助けに入り、賊は捕らえたと。近衛騎士には負傷者が出てしまいましたが死者はおらず、殿下はお怪我もなくご無事だそうです」

「よかった……」


 クェンティンがほっと胸を撫で下ろしたのを一瞥し、シャーロットはもう少し詳しい情報を騎士に確認した。

 王国の南東部の領地の孤児院訪問からの帰路、ジュリエットたちが襲撃を受けた森はエルムズ伯爵領に位置する。偶然その時間、商談の帰りで近くを通りがかっていたエルムズ伯爵家の次男マルコム・エルムズを乗せた馬車の御者が、悲鳴や剣戟の音を耳にして異変を察知したという。その報告を受けたマルコムが現場に駆けつけて手助けをしてくれたとのことだ。別で近くの見回りをしていた伯爵家の騎士も駆けつけ、早々に賊を捕らえられたそうだ。


「陛下にも報告は行ってるのよね?」

「はい」


 シャーロットの元よりも先にフレドリックの方に話が伝わっているのは明白だ。何せ、フレドリックにとって何よりも誰よりも大切な愛娘のことなのだから。


(今頃、飛び出そうとする陛下を補佐や宰相が必死で止めているでしょうね)


 愛娘を抱きしめて、無事であることをその手で確かめて、恐ろしい記憶を取り除いてやりたいだろう。


「何を落ち着いていらっしゃるのですか!」


 冷静にフレドリックの行動を予想していると、クェンティンに睨めつけられた。


「あの子は無事だったんでしょう。ここで騒ぎ立ててどうするのよ」

「恐ろしい思いをされたのです! 今すぐ駆けつけて寄り添うべきでしょう! それでも貴女は姉なのですか!?」


 叫ぶ声が室内に響く。廊下まで漏れていることだろう。

 ジュリエットのこととなると必死だ。婚約者のシャーロットが同様の場面に遭遇しても、きっと彼がこのように取り乱すことはないだろうに。

 悲しいとか寂しいとか、シャーロットの中にそんな感情は生まれない。彼――いや、彼らはそういう人間だ。ずっと前からわかっていたことだ。この程度のことを再度認識したところで今更、傷ついたりしない。


「そんなに心配なら貴方が行けばいいじゃない。今与えられている仕事をいつもどおり放棄して、感情のままに動けばいいわ。それは人としては正常な行動よ。実の兄のように慕っている貴方が仕事を放り出してまで必死に駆けつけてくれたら、あの子もさぞ安心するでしょうね。遠慮せずにどうぞ?」


 そう告げれば、クェンティンはぎりっと悔しそうに、焦燥感を滲ませて歯軋りするにとどまった。許可を出せば飛び出すかと思ったけれど、声音は穏やかながらも刺々しさも垣間見えるシャーロットの口調が彼を躊躇わせているのだろう。


 それでも姉なのか、と彼は言った。これでも、なんとも残念なことに血縁者なのだ。

 薄情だと罵られたって別に構わない。

 ジュリエットの安否は、シャーロットの中でさして重要な事柄ではない。その事実は今後どうなろうとも覆らないと断言できるのだから。だってジュリエットなんて大切ではないから。


(ああでも、今死なれるのは困るわね)


 まだシャーロットの計画はほとんど進んでいない。シャーロットがこれまで感じてきた苦痛を何倍にもして返してやらないと気が済まないのに、その計画に必要なジュリエットに勝手に死なれては困る。

 そういう意味では、現時点でのジュリエットの安否はどうでもよくはないと言える。

 まだ、無事でいてくれなければ。


「ジュリエットはこちらに向かっているの?」


 そう尋ねると、騎士は「いいえ」と答える。


「馬車が損傷してしまい、エルムズ伯爵家が修理に手を貸してくれることになったそうで、部品が揃って修理が完了するまではエルムズ邸にご滞在されると」

「騎士に負傷者が出たんでしょう? 護衛はどうするのよ」

「伯爵家の騎士もつけるとのことですが……」

「心もとない、というわけね。陛下が誰か派遣なさるでしょう」


 修理なんて数日で事足りる。伯爵家の馬車を借りてさっさと王都に帰ってくればいいものを、わざわざ直るまで貴族の家に滞在するとは。それもエルムズ伯爵家といえば――。

 ちらりと、シャーロットはクェンティンに視線を向ける。彼は複雑そうな表情だった。


(気が気じゃないでしょうね)


 シャーロットはいい気味だとほくそ笑む。

 あのマルコム・エルムズがジュリエットを危機から救い出し、ジュリエットがエルムズ伯爵邸に滞在。この状況でクェンティンは心穏やかではいられないだろう。


「殿下」


 騎士に呼ばれて意識をそちらに戻す。


「まだ何かあるの?」

「は。第二王女殿下ご一行を襲った賊なのですが、魔術具を使用していたとのことです」

「魔術具? ……魔術師だったの?」

「いえ、非魔術師です。魔術具で武装した」

「武装?」


 衝撃の事実にシャーロットは眉根を寄せる。襲撃自体が不穏なのは間違いないけれど、さらに雲行きが怪しくなってきた。


「入手経路は?」

「まだ報告はありません」


 賊が吐かないのか、確認作業中なのか。

 どちらにしろ、面倒そうだ。


(密入国者かしら。……いえ、魔術具の輸入は少しだけれどあるし、この国でも手に入らなくはないわ。ただそれは危険性が低く生活に多少役立つ程度の道具の話で、武装となるとやはり……)


 武器となるような魔術具は国の軍事力にも直結するほど貴重だ。技術が流出しないよう、魔術国家は術式から魔術具そのものまで徹底して管理している。だから基本的に外部の人間がほいほい手にすることはできない。つまり、魔術が身近ではないこの国の人間が武装用の魔術具を入手することは容易ではないのだ。

 けれどそれは、本来であればの話。

 大陸南部の紛争の影響で魔術具が流出しているらしいという話をフレドリックから聞いている。その情報をくれたのはエセルバートだとのことで、エセルバートからも直接その話を教えてもらった。

 密入国者もいるかどうかはともかくとして、魔術具の密輸がこの国で行われたことは間違いない。そして、魔術具の出どころは大陸南部である可能性が非常に高い。


「殿下」


 考え込んでいると、外から声がかけられた。


「陛下がお呼びだそうです」





 クェンティンを連れてシャーロットがフレドリックの執務室の前に到着したところで、後ろから走ってきたフレドリックの補佐と合流することになった。補佐は何か手紙を持っている。

 三人で中に入ると、まず目についたのは落ち着きのない様子で苛立ちを見せているフレドリックだった。フレドリックは補佐の姿を認めると勢いよく立ち上がる。シャーロットに挨拶をさせる隙もない。

 フレドリックを宥めるのに尽力していただろうカーティスは、シャーロットに向かって頭を下げた。


「皇弟殿下からのお返事です」


 補佐から受け取った手紙をすぐに開けて中身を確かめたフレドリックは、不満そうに表情を歪めたのち、力が入ってしまって少しくしゃりとなった手紙をカーティスに渡す。


「要求通りにする」

「かしこまりました」


 カーティスも手紙の内容に目を通したところで、シャーロットは「状況は?」と確認した。


「陛下の命で派遣する近衛騎士はすでに決められております。第二王女殿下が巻き込まれておりますから、陛下が直接調査をしに行くと頑なになっておられたのですが……今到着したお返事で、エセルバート皇弟殿下のご指名がございまして」

「指名?」

「武装用魔術具の使用が確認されているため、エセルバート皇弟殿下に調査にご協力いただけないかと嘆願したところ、ご快諾はいただきました。その条件として、王太女殿下のご同行のご要望がございます」

(ああ、どうりで)


 手紙を読んだ後のフレドリックの反応に合点がいった。

 本当は、シャーロットに仕事を任せて自身がエルムズ伯爵領に向かうために、この場にシャーロットを呼んだのだろう。けれどシャーロットが指名されたとなれば、王と王太女が急に二人して王都を離れるわけにもいかず、必然的にフレドリックは留守番となる。

 愛娘のそばに駆けつけられない焦燥感に苛立ちを露わにしているフレドリックには、多少なりとも溜飲が下がる。


「皇弟殿下は準備にさほど時間がかからないとのことです」

「わかったわ。ではこちらもすぐに準備に取り掛かりましょう」


 捜査ともなれば、ドレスではなくパンツスタイルに着替えた方がいいだろう。エセルバートが魔術でしてくれたように一瞬で着替えられるなら楽だけれど、ドレスは着るのも脱ぐのもなかなかに面倒な過程が多い。要するに時間がかかるので、初動から早く取り掛かるに越したことはない。


「シャーロット」


 部屋を辞そうとしたシャーロットを、フレドリックが呼び止める。その表情は相変わらず穏やかさの欠片もない。


「くれぐれも、あの子の状態に気を配れ。いつまでも幼稚に臍を曲げていられる立場ではないことを自覚しろ」


 非難する冷酷な眼差しがシャーロットを射抜く。

 謹慎以来、シャーロットとジュリエットはまともな会話を交わしていない。正確には、普段声をかけてくる側のジュリエットが、気まずさに一歩を踏み出せないでいる。珍しくシャーロットの拒絶する雰囲気を読み取れているためだ。

 それで最近のジュリエットは常に気落ちし、寂しそうにしている。シャーロットの方から優しく声をかけてくれることを待ち望んでいるのがわかりやすい。

 だから、さっさと折れて妹のために最善を尽くせと、そう言っているのだ、この男は。――意固地になっていないで己の過ちを認めて謝罪しろ、と。

 娘を想う、父親の姿。なんて素敵なんだろうか。


(虫唾が走る)


 返事はせずに一礼し、シャーロットは執務室を後にした。



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