00.間章後編
「以前のリモアが各国に迷惑という表現では生やさしいほどの影響を与えたのは事実ですわ。しかし、そのお詫びに条約を結び、積極的な輸入輸出、金銭的技術的支援、関税の優遇など、期限付きではありますが他国の皆様に誠意を見せております。貴方の国もご納得し、条約を結んでおりますわね」
淡々と語るシャーロットの反応が予想外だったのだろう。王子たちがたじろぐ。
「貴国は財政難で資源も乏しく、資源はほとんど我が国からの輸入に頼っており、原価に近い価格で現在は取引しています。貴方が王位を継ぐ頃には条約の期限が過ぎているでしょうから適正価格での取引になるわけですけれど、果たしてそれまでに財政が回復するのかしら。貴方やお父君にはそれほどの才があるようには見えないのでとても心配ですわ」
「なっ……貴様、俺と父上を侮辱するのか!?」
「いいえ、これは純粋に心配しているがゆえの忠告です。何十年も続く財政難を我が国との条約でなんとかしのげていることに甘んじて、対策を怠っているのではないか、と。そうでなければ、比較的余裕ができている近年の間に目立った政策がなく財政の回復傾向が見られないなんて、国の頭が無能だと改めて証明しているようなものではありませんか」
事実、かの国の財政に回復傾向は見られない。条約による優遇が十五年以上継続されているにもかかわらず、だ。
「それに、わたくしはただ初めての場に慣れず、外の空気を吸いたくてこちらにいたのですが……先ほどの貴方方の発言は、一方的な偏見によるわたくしへの侮辱でしたわ。そういう発想が真っ先に浮かぶ貴方方の方こそ浅慮で欲に忠実と言えますわね」
「なっ」
「努力や研鑽を積まず、国の財政を改善できない苛立ちをわたくしにぶつけることのなんと愚かな。マナーもなっておりませんし、ご自身の立場を理解できていないのですね。王子や公爵令息だからと将来は親の地位を継ぐことが決定していると驕っていては足をすくわれますわ。地位だけで学ぶ意欲のない無責任な人間はいずれ淘汰される。我が国が良い例です」
リモア王国のかつての王たち。先王を討ったのはフレドリックだったけれど、もしあの暴政が続いていれば、いずれは国民たちによる革命が起こっていただろう。もしかすると、帝国が攻め入って属国として吸収していたかもしれない。
どちらにしろ、あの暴政の結末は滅ぶ以外にはありえなかった。
「一時の衝動に身を任せてわたくしを侮辱してらっしゃるけれど、貴国が置かれている立場を理解できていないようですわね。両国の関係にヒビが入って損をするのはそちらなのに――王子と公爵家の子息、国の未来を担うはずのお二人の随分と傲慢な言動は程度の低さが知れますわ」
とても綺麗な、穏やかな笑顔をシャーロットは浮かべている。しかし、まるで汚物でも見るかのような見下した眼差しだ。
雰囲気が柔らかい? とんでもない。
むしろ刺々しいくらいである。あちらが素なのだろう。
「たくましい王太女殿下ですね」
ブランドンが興味深そうに目を細めている。エセルバートも同意見だった。年齢と場数に似合わず、精神的に余裕がありすぎる。
売られた喧嘩は買って倍以上にして返す主義らしい。王子たちの性格からして、諭すように上から目線で忠告などされてはプライドがずたぼろだろう。的確にダメージを与えられているはずだ。
それを証明するかのように公爵令息が顔を真っ赤にし、ぷるぷると震えている。怒りで沸騰しているようだ。
王子も似たような反応を見せているけれど、どうにも違和感がある。どこか公爵令息のそれとは異なるような――。
「こんなところで何をしている?」
会場からまた人影が現れた。シャーロットの父フレドリックだ。
「国王陛下、貴殿はどのような教育を――」
「いえ、なんでもありません」
公爵令息が感情のままに不満を吐き散らそうとしたけれど、王子が止めた。
王まで出てきては分が悪いと判断したのか、王子は恭しく頭を下げる。
「王太女殿下と初めてお会いできたのが嬉しくて、少々無礼を働いてしまいました。謝罪いたします」
(……ん?)
やけに丁寧な口調と態度だ。豹変が凄まじい。
「休憩中のところを邪魔してしまい申し訳ありません。我々は戻ります」
王子は最後にシャーロットを見てから、不満そうな公爵令息を連れてパーティー会場のホールへと戻っていった。その目に妙な熱が込められていたように見えたのは気のせいだろうか。
「殿下、あの王子……」
「どうだろうな」
ブランドンの言わんとすることが推測できた。あのやりとりでどこにそんな要素があったのかと否定する思いが湧くと同時に、なんとなく面白くない。
エセルバートはシャーロットへと視線を戻す。フレドリックが彼女へと歩み寄る表情は険しい。
「早速揉め事を起こすとは、お前は国の代表だということを理解しているのか?」
「……申し訳ありません」
シャーロットとの距離を縮めて歩みを止めて早々、開口一番にフレドリックは冷たい声で言い放った。そのことにエセルバートもブランドンも目を丸める。
揉め事はリモア王国の人間という理由だけで持ち込まれたものであり、彼女には何ら非はない。むしろ、初の国際的な場に参加している十五歳の少女がたった一人で臆することなく毅然と返り討ちにしたのだから、褒められるべきではないのか。
確かにやりすぎた感はあったけれど、侮辱されて何も言い返せずにいるよりはよっぽど素晴らしい対応だった。リモア王国の今後の立場を考えても、隙を見せずに引かなかったのは正解だ。必要以上に下手に出ていては、リモア王国の地位はずるずると落ちていくだけになってしまう。
フレドリックが最初からすべてを見ていたわけではないことは確かだ。先に侮辱されたのはシャーロットであることを知らないのか、さして問題視していないのか。はなから娘は悪くないと決めつけて庇うのも問題だけれど、これはこれで正しいとは言えない対応である。
つまり、何か揉め事があればシャーロットに原因があるという方程式が成り立っているほど、リモア王国では珍しくない光景なのではないだろうか。
それほどシャーロットが問題を起こすのが日常茶飯事なのか。――いや、問題を抱えた人間が近くにいるのか。
シャーロットが何も言い返さず謝罪を口にした時点で、そんな想像をすることは容易かった。慣れているというか、諦めているのだ、あれは。弁明は意味がないと。
「反省し、頭を冷やしてから会場に戻れ。くれぐれもこれ以上、国の面子を潰すような真似はするな」
脅迫じみた念押しをして、フレドリックはシャーロットを置いて会場へと戻っていく。
そのフレドリックの後ろ姿を見据えるシャーロットの目には、ぞっとするほど嫌悪や憎悪が色濃く表れていた。
(あれは、『英雄』に向けられるものではないな)
王として不足はなくとも、だからこそ親としては不足だらけであったりするのは珍しくもない。ただの親として接することが許されない場面が多いから。身近なことほど本質に目を向けられない人間はいる。
それにしても、これほどまでに実の娘から負の感情を抱かれているとは――子供を溺愛しているという噂はガセだったのだろうかと、エセルバートは不思議に思った。優秀な跡継ぎが親子関係の歪みで失われたりしないだろうか。
帝国の属国であれば口を挟むのもさほど問題にはならないけれど、リモア王国は違う。他国のことだ。あくまで親子間の個人的な問題だ。安易に首を突っ込むといらぬ争いを生む。
見なかったことにするのが得策だと判断して、エセルバートはグラスを回す。
(しかし、まあ)
他国の人間を相手に凛とした、そして穏やかな笑みを見せながらあの冷然とした眼差しをしていたシャーロットの姿が、目に焼きついてしまっていた。
その後、小国ではちょっとした騒動が起こった。王子がシャーロットとの縁談を強く希望したのである。シャーロットには婚約者がいるので無理だと一蹴されたけれど、またあの蔑んだ目を向けられたいなどと王子は恍惚とした顔で熱弁し、周囲にドン引きされながらもしつこく食い下がっていたとか。




