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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第三章 罪に気づけない者たち
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25.第三章十話



 暫しの時間が流れ、ジュリエットは馬車のドアの前に立っていた。


「お姉さま、わたしです」


 ジュリエットが馬車のドアをノックして声をかける。けれど返事はない。窓はカーテンがかけられているため、外から中の様子を窺うことはできない。

 反応がなくジュリエットが悲しそうに眉尻を下げると、今度は騎士がノックした。


「王太女殿下、第二王女殿下がお話をと……」


 いくら待ってもシャーロットの応答がなく、不審に思った騎士が「失礼致します」とドアを開ける。


「王太女殿下!?」


 中には人の姿がなく、護衛は驚愕の声を上げた。





 騎士たちが見張っていたのは馬車のドア側で、反対側は人の目がなかった。

 魔術具のブレスレットをエセルバートに教えられた通りに使用すると、なぜかリボンはなかったけれどシャーロットの格好はあのシンプルな服装と追加されていたケープに早変わりし、着用していたドレスは自動的に魔術具の中へと収納された。とても便利だ。

 着替えたシャーロットはドアとは反対側の窓を開け、静かにゆっくり抜け出し、そのまま馬車や周囲の植物で作られた死角を利用して孤児院の敷地外に出たというわけである。


(案外抜けてるのね、騎士って)


 気づかれて失敗する可能性の方が高いとひやひやしたけれど、あっさり抜け出せてしまった。騎士の警戒が緩んでいたのだろう。明らかな職務怠慢である。

 それとも単純に、シャーロットがそれほど大切に思われていないだけだろうか。人望は王どころか第二王女にも及ばない、なさけない王太女でしかないのだから。


 以前のデートとは異なり髪や瞳の色は変わっていないので、シャーロットはフードを被って顔を隠す。長い髪もケープの中に隠れるよう、胸元のリボンで髪を結んで調整した。

 街中を歩いていると、「王太女殿下が――」「王女――」と、自身の話題が聞こえてシャーロットは足を止めた。飲食店のテラス席で食事をしている男たちの姿を視認する。


「ジュリエット王女殿下は評判通り本当に優しいお方なんだな。殿下の進言のおかげで孤児院の工事の着手が早まったんだろ?」

「ああ。前の領主様は孤児院どころか領地のことにはあまり目をかけてくれなかったよな。俺たちが孤児院にいた頃はほんと酷かった」

「確か孤児院と学舎が併設されるんだっけか。学舎の方は無料で開放されるって話だろ? 大人も通えるっていいな。読み書きとかまだ微妙な奴は多いし」

「王太女殿下や陛下ならもっと早く動いてくれてもよかったのに、ジュリエット王女殿下様様だ」


 はは、とおかしそうに笑っている。


「鉱山の資源発見とか国王陛下が関わってる商品開発とかで雇用が増えて、去年は最低賃金なんてのも制定されたし、労働者に対する制度もどんどん整えられてるな」

「休日とか、最低でも週に一日は取らせろって法律を定めたのは陛下だよな。多少は例外とかあるらしいけど」

「だったな。他にも、学校の給食制度とやらは王太女殿下のアイディアらしい」

「なんだそれ?」

「あれ、知らねぇの? この前新聞にどーんって載ってたじゃねぇか。平民向けの学校では生徒たちに無料かかなり安い金額で昼食が提供されるって。そのうち寮とかも準備されて、学校によっては生徒の家族が安くで借りられる集合住宅まで用意されるんだと」

「うわ。すごいな」


 彼らの話は止まらない。


「税金が少し上がるけど、その分未成年の診療の無償化や乗合馬車の拡充とか、そういう話も進んでるらしい。列車の線路も地方までどんどん延びてく計画が進行中なんだと」

「おお。やっぱり前のくそ国王とか領主とかと違ってちゃんとしてるな、陛下や王太女殿下は」

「前とその前が酷すぎたってのもあるけど、すごいことに変わりはないよな」

「けど、税金は上げずになんとかなんないのかねぇ」

「まあ、富裕層向けの増税が主らしいからまだマシじゃねぇか」


 税金は上げずに、という言葉で、教育の無償化などの制度に関する報告書を執務室でフレドリックに提示した際の会話が思い起こされた。


『中等教育や高等教育には無償化にあたり、一定の基準を定めるべきだと思われます。やる気のない人間というのはどうしても存在しますから、さすがにそのような者たちにまで投資をするには費用がかかりすぎるかと。特段の配慮すべき理由もなく最低限の成績を下回った場合は無償化の対象外とし、成績とは別の判断材料として進学試験を導入したいと思います』


 給食や格安の集合住宅などについては特に何も指摘がなかったけれど、フレドリックは教育無償化の話では頷かなかった。


『家庭環境で教育差別が起こらないように無償化を導入するのだろう。であれば、基準は設けずに無償化するのがいい。金銭面や家族間の関係性に余裕のない家庭の者は己の人生に悲観的になり、やる気がなかなか湧かずにやさぐれて育っている場合も想定できる。それで勉強に身が入らずとも、子供にはなるべくチャンスを与えてやるべきだ』

『それはそうですが……』


 フレドリックの言うことは正しい。しかし、違和感を抱いたシャーロットは、少ししてその理由に思い至った。


『ご心配せずとも、技術が発展し複雑化され専門的な知識が必要となる仕事が増えるのは、まだまだ未来のことだと推測できます。よって中等教育や高等教育も無償化はかなり先を想定しています。その頃には、とっくにジュリエットは卒業済みですわ』

『……』

『最低限の基準をギリギリ満たすか満たさないかのジュリエットの成績は忘れられる頃でしょう。馬鹿にされることはないかと思います』


 やはりフレドリックが危惧していたのはその点のようだ。シャーロットが話している最中に眼差しが鋭さを帯びた。

 どこまでもジュリエットが基準とは。

 無償化の対象を最低限の基準で判断するとなると、卑屈なジュリエットが自身の成績を気にしてしまうことは目に見えている。学園に在籍中でなくとも、卒業後も学生時代の成績を気にしなくなるのにそれなりの時間経過が必要となるだろう。

 金銭的な面や国民の教育に対する認識を考慮すると、無償化は数年以内の導入は非常に困難なので、杞憂でしかない。シャーロットとしてはそう考えているのだけれど、フレドリックはどうやら異なるらしい。


『とにかく、高等教育までは完全無償化の対象として視野に入れる。会議の一週間前までに見直して報告書を再度作成しろ。以上だ』


 それが理想的なのは確かだけれど、高等教育までの無償化の導入はやはりかなり未来のことになるだろう。恐らくフレドリックではなくシャーロットが玉座につく時代、もしくはその子どもや更に先の代にもなるかもしれない。

 その頃には、税金がもっと高くなっているはずだ。その分、国民全体の収入が十分に基準を超えていれば問題ないことではあるけれど、現段階で無償化すると確定させるのはあまりにも早急すぎる。あくまで完全無償化にするべきだと考えているという段階でとどめ、確定はせず、とりあえず道筋だけはある程度整えておくことになるだろう。そこから先はその時代の状況によって判断することになる。


(まあでも、もしかすると陛下なら、一気に国民の収入を上げて実現させられるのかも……)


 現実にリモア王国では平均の収入が年々増加しているので、そんな期待が生まれるけれど――やはり、理想的だからこそ現実的ではない。想定より前倒しで制度が実現できる希望は僅かに抱くくらいでいた方がいいだろう、というのがシャーロットの感想ではあった。


「――多少税が上がるくらい、還元してくれるならいいだろ」


 記憶の海に浸かっていたところで、男の声がシャーロットを現実に引き戻す。


「ちゃんと俺たち平民のことも考えてくれてる」


 そう言って、「まあ」と男は続ける。


「俺たちの税金でいい暮らししてるんだし、それくらいはなぁ。なんたって、英雄フレドリック王とその跡継ぎだぜ?」


 また大口を開けて笑っている男たちに背を向けて、その場から遠ざかる。これ以上聞いていると、さらに気分が悪くなりそうだった。

 完全に声が聞こえなくなったところで息を吐く。なんとなく感じていた呼吸のしづらさがなくなった。


(他人なんてこんなものよね)


 彼らは所詮、シャーロットの暮らしぶりを話でしか聞いたことのない他人だ。王族だから好き放題に贅沢な生活を堪能しているんだろうと勝手に決めつけ、シャーロットにはフレドリックと同等の能力があると思い込んでいる赤の他人。シャーロットだって彼らのことを知らない。


(こんな人たちのために)


 寝る間も惜しんで必死に終えた仕事。それは国を良くするための王族としての義務であり、常に対価を求めていてはつらいだけ。心身を犠牲にしなければ終わらない、本当だったらジュリエットのものだったはずの仕事。仕事に追われながらやり遂げた。

 達成感はあった。けれど他の仕事が詰まっているから、ほっとする時間はなかった。いつもそうだ。

 いつもいつも、ジュリエットが遊んでいる時も寝ている時も呑気にティータイムを楽しんでいる時も、シャーロットは仕事仕事仕事。ジュリエットのために、シャーロットの苦労など想像もしない国民のために、ただひたすら奴隷のように激務をこなす。


(疲れる)


 激しい運動などしていないのに、ずっしりと体が重くなった気がした。



  ◇◇◇



「――三日間、部屋で謹慎だ」


 王城に帰ると、フレドリックからそう処分が下された。



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