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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第三章 罪に気づけない者たち
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20.第三章五話



 翌日。シャーロットの姿はスターキー伯爵邸ではなく別の邸にあった。


「スペンサー・オールポート、王太女殿下にご挨拶申し上げます」

「急な訪問で悪いわね」

「いえ……」


 スターキー伯爵領の隣、オールポート侯爵領の領主邸をシャーロットは訪れていた。

 出迎える方には準備というものがある。相手が王族となれば尚更、手を抜くようなことはできない。その時間を与えるため、他家への訪問は相手の都合も考慮する必要がある。

 今回、前日に来訪の知らせを送ったのはマナー違反だったけれど、王太女に面と向かって指摘をできる人は限られる。オールポート侯爵邸の代表として対応しているスペンサーには、シャーロットに対してそのように苦言を呈するのが可能なほどの関係性にはない。緊張ゆえに余裕などないのだ。

 しかし、がちがちに緊張していたスペンサーは、シャーロットのあとに馬車から降りてきたクェンティンに続き降りてきたもう一人の青年を捉えると、目を丸めた。


「トーマス?」

「……」

「なぜお前が殿下と一緒に……」


 トムをトーマスと呼んだスペンサーはこの事態がのみ込めていないようで、しかしシャーロットは説明は後回しにしようと判断する。

 もう一人足りない。全員が揃っている方がスムーズに話が進むだろう。


「デクスター卿ももう少しで到着する頃でしょうから、とりあえず中で待たせてもらえるかしら」

「そうですね、申し訳ございません。ご案内いたします」


 応接室に案内された数十分後、デクスターが邸に到着した。彼は王城での会議が行われた翌日に王都を出発すると言っていたので、予定通りの到着である。


「お邪魔してるわ、デクスター卿」


 一度自身の部屋に戻ったらしいデクスターが応接室にやってきて、シャーロットは笑顔で挨拶をする。


「おもてなしに不足はなかったでしょうか」

「及第点ね」

「過分な評価をいただきありがとう存じます」


 一礼したデクスターは騎士に挟まれて立たされているトーマスを一瞥し、メイドと話をするとメイドを下がらせた。こちらに背を向け、ワゴンのティーセットを用いて自ら手際よく紅茶を淹れる。


「慣れてるのね」

「集中できるので、考えごとをする時などよく淹れております」

「へえ。わたくしの分もお願いできる?」

「かしこまりました」


 二人分の紅茶を淹れ終えたデクスターが、ティーカップとソーサーをまずシャーロットの前に置き、もう一つのセットを持ったままスペンサーの隣に腰掛けた。シャーロットとクェンティンが並んで座っており、正面にスペンサーが座っていたので、自ずと彼の位置はそこになる。

 シャーロットが一口紅茶を含み、「美味しいわね」と感嘆した。


「もったいないお言葉です」


 シャーロットがティーカップをソーサーに戻したのを待って、デクスターも紅茶に口をつけた。

 デクスターは非常に落ち着き払っている。今の状況が前もって予測できていたからだろう。

 シャーロット、クェンティン、デクスター、スペンサー、そしてトム。トムの見張りとシャーロットの護衛も兼ねた騎士たち。場は整った。


「では揃いましたので、早速本題に入らせていただきます」


 口火を切ったのはクェンティンだ。


「昨日、パスカル・スターキーとイザベラ・スターキーを逮捕しました」

「スターキー伯爵夫妻を?」

「はい。彼らは補助金の不正受給、農作物の廃棄量を偽装し高額で販売する目的で薬剤による損害を東部の領地に引き起こしました」

「そんな……不作は人為的に引き起こされたものだったということですか?」

「ええ」


 スペンサーは「なんと愚かな……」と信じられない様子で驚きを見せている。

 食糧は人が生きる上で必要不可欠なもの。自らの欲望を満たすために犠牲にするにはあまりにも多くの人々への影響が出すぎる。安易で愚か極まりない行いだと非難するのも当然だ。


「しかし、彼らがこの手段を用いて犯罪に手を染めたのは、そこにいるトム……いえ、トーマスがそうするように誘導したからです」

「え……」


 スペンサーは目を見張り、困惑の眼差しをトーマスへと向けた。説明を求めていることは明確だけれど、トーマスは応えずに気まずそうに顔を背けた。

 トーマスは一年ほど前までこの邸の使用人だった。スペンサーにとっては年下の友人でもある。突然辞めた使用人が王太女に連れられて一年ぶりに現れ、しかも犯罪を誘発させたと聞かされれば、この反応も仕方がない。


 東部の不作について、伯爵にそれほどの計画を立てられる頭はないというのが当初からのフレドリックの見解だった。反乱前の不正だって杜撰な手口だったのだから、これは裏で誰かが動いている、と気づくのに時間はかからなかった。


「彼は使用人として伯爵家に潜り込み、さり気なく伯爵夫妻に嘘の情報を吹き込んだのです。彼らが今回手を出した手段で利益を得た事例が他国にある、と」

「……そんなことで、伯爵夫妻がその通りに動いたとおっしゃるのですか? 口にしただけで……」

「ただの世間話で犯罪を教唆するのは通常であれば難しいですが、生粋の浪費家ながら質素な生活に二十年もよく耐えたと言える伯爵夫妻であればとっくに限界がきていて実行に移す可能性は高いと、事前に推測することは容易い。遠い国のことだからまだこちらでは知られていないとか、陛下もそのような手口は見抜けないだろうとか、念押ししたなら殊更ですね」


 伯爵夫妻の愚かさにつけ込んだ巧妙な手口だ。


「何より彼は、スターキー伯爵が冤罪をかけて没落させた家の者だそうですから、自分のリスクが少ない方法で彼らを地に落とし復讐したとしても不思議ではありません」

「それは……」


 スペンサーもそこは否定せずに口を噤んだ。事実なので反論はできないのだろう。

 トーマスには、スターキー伯爵夫妻を陥れる強い動機がある。反乱前、トーマスはとある男爵夫妻を両親に持つ貴族の嫡子だった。男爵夫妻は領地経営に優れており、パスカルは自身より下の爵位で若い男爵のくせにと目の敵にしていたようだ。そうして男爵を排除しようと、金で先王に取り入り、男爵に横領の濡れ衣を着せて男爵夫妻を処刑させたのだ。男爵夫妻は捕まる前になんとかトーマスを逃したため、トーマスは助かった。

 幼かった彼は、何もできずにすべてを失ったのである。パスカルと、先王のせいで。


 親を失い、家を失い、財産もなく、トーマスは孤児院生活を送った。幼いがゆえに両親に冤罪をかけたのが誰かも知るすべなく、誰も信用できず、孤児院の生活にも馴染めずにいたところを、デクスターがスペンサーの遊び相手兼使用人として引き取ったという。

 両親の冤罪については、仔細をデクスターから聞いたのだろう。デクスターならば知っていてもおかしくはない。


「トーマスは罪を認めています」


 そう告げたクェンティンに、スペンサーは悲しそうに眉根を寄せた。トーマスがまったく反論しないのだから、いくら縋っても現実は変わらないと認めざるを得なかったのだろう。

 しかし、スペンサーに突きつけなければいけない真実はまだある。


「また、トーマスにそうするよう指示を出したのはオールポート侯爵です」

「……な、にを、言って……」


 スペンサーの瞳が揺れている。あまりの衝撃と情報過多で、頭が処理しきれないようだ。


「デクスター様は関係ない! 全部俺が独断でやった復讐だって何度も言ってるだろ!」


 トーマスはずっとこの調子で否定している。

 実際、デクスターの関与は証拠がない。トーマスが伯爵夫妻を誘導したことについても、そういう話をしていたと証言がある程度なのだから、更にトーマスに指示を出していた黒幕がいると証明できるような物証は存在しないのだ。

 しかし、デクスターほどの男が、男爵家の没落はスターキー伯爵家が仕組んだことだとトーマスが知れば復讐に走ると、予測できないなんてことがあるか。スターキー伯爵家に恨みがあるトーマスが突然辞職したのは復讐を成し遂げるため、という可能性に気づかないなんてことがあるか。

 トーマスがたった一人で、薬剤を利用した今回の手口を思いつくだろうか。

 シャーロットに見据えられているデクスターは、ふっと目元を和らげた。


「おっしゃる通りです」



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