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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第三章 罪に気づけない者たち
19/64

19.第三章四話



 会議の後、パスカル・スターキーは王都の別邸に戻り、すぐさま領地に帰る準備を進めた。物凄い剣幕で急かすパスカルに、使用人たちはビクビクしながらも大急ぎで馬車や荷物を用意し、パスカルを送り出した。

 領地までは馬車で三日ほどを要する。馬車の中でも落ち着きなく、パスカルは「くそ、くそっ……!」とぶつぶつ呟きながら、親指の爪を噛んでいた。


 三日後。馬車が領地の伯爵邸に到着すると、パスカルは御者を待たずに自らドアを開けた。


「旦那様、お帰りなさいませ――」

「どけ!」

「きゃっ」


 馬車から飛び降りたパスカルは、早馬で帰宅を事前に知らされ出迎えた妻を乱暴に押し退け、倒れた妻を見向きもせずに邸へと駆け込む。

 向かう先は二階の執務室。エントランスホールの中央にある階段を駆け上がり、邸の東側へと続く階段を同じく駆け上がり、階段から一番近い部屋に入る。

 執務室の壁にかけている絵画を外せば、壁に埋め込まれた金庫が姿を現した。ダイヤルを回し番号を当てはめていけば、カチッと鍵が解除された音が鳴る。

 金庫を開ければ、裏帳簿や特殊な薬剤の使用記録等々。外部の者の手に渡ってはいけないものたちは、きちんと保管されている。誰かに触れられた形跡はない。


「これさえ処分すれば……」

「――あら。それは困るわ」


 神は自分に味方した。

 そう自らの勝ちを確信し興奮していたパスカルだったけれど、予想外の声が聞こえてバッとドアの方を振り返る。


「お、王太女殿下っ!?」


 ここにいるはずのない人物の姿が、そこにあった。



  ◇◇◇



 クェンティンと騎士を引き連れたシャーロットは、驚愕に満ちたパスカルに「会議ぶりね」と話しかけた。


「出発は今日のはずじゃ……」

「そうよ? 調査団の出発は今日。――そして、わたくしとクェンティンの出発は、大慌てで貴方が王都を出発した三十分後」

「なっ」

「調査団の出発日を教えてあげたのは、各領主の協力準備のためじゃないわ。貴方が焦って証拠がまだ自身の手中にあることを確認し、確実に消そうとするまさにこの瞬間を押さえるため。手っ取り早いでしょう?」


 にっこりと、シャーロットは笑みを作る。


「貴方みたいに単純な人間は思考が読みやすくてありがたいわ。面白いくらい思い通りに動いてくれるんだもの。――まあ、役に立たないという点においてはありがたくもなにもないけれど」


 パスカルは恐怖に染まった青褪めた顔で震えている。そんな彼の手にある『証拠』をクェンティンが取り上げた。パスカルには最早抵抗の意思もなく、体の力が抜けたのか床にへたり込んでしまった。


「どう?」

「はい。裏帳簿や作物の成長を阻害する薬剤を大量に購入した記録です。どの畑にどの量を散布したか、残りの薬剤の保管場所も記録されています」

「意外と真面目なのね。別のところでその心意気を発揮してほしかったわ」


 必要以上の量を使用すると成長具合の不自然さに気づかれる恐れがあったことから、使用量は徹底していたのだろう。

 東部の不作は降水量に重ねて薬剤が原因だった。薬剤によって農作物は思うように成長せず、枯れてしまい、不作となったのだ。パスカルの自領に使用された薬剤は少量で、実際のところは申告ほどの被害はなかった。しかし、出荷基準に達している農作物も廃棄処分対象として偽り、秘密裏に蓄え、裏ルートで高額で販売していたらしい。そちらの利益と補助金の不正受給が目的だったということのようだ。

 こうして証拠は入手した。パスカル自身が導いてくれたようなものだ。もう言い逃れはできない段階である。


「ねえ伯爵。貴方が問われる罪は今回のことだけじゃないのよ。先王の時代に犯した罪も上乗せされるわ」


 びくっと、パスカルはわかりやすく肩を揺らした。

 彼は反乱前から現在の爵位を持っていた者の一人。つまり、フレドリックが起こした反乱の成功に伴って処罰されなかった権力者である。

 パスカルは当時から不正を働いていた。しかし反乱後、その罪は公にはならなかったし、処罰も受けることはなかった。


「かつて処刑や軽くはない処罰の対象となった、悪政を敷いてきた暴君と権力者たち。貴方には何もなかったから、自分の悪行は露呈していないのだと本気で信じていたのね。二十年以上も経過していれば当然の油断だわ」

「ぁ……」

「陛下が当時、粛清対象だった一部の者たちを残したのは、粛清対象があまりにも多すぎて、一掃すれば国政に支障が出るからだったそうよ。優秀な者、陛下には当分逆らう勇気などないであろう小物は、一時的に処罰を見送ったんですって」


 当時、為政者側や国内の物流の大半を握る大きな商家など、悪事に手を染めた者が多すぎた。そういうことがあっさり見逃される環境だった。粛清するにもできない状況だったそうだ。

 パスカルは『小物』の方に分類される。事実、パスカルはフレドリックの目を気にし、反乱後は大人しく領主として真面目とは言えないまでも無難に役目をこなしていた。


「暴君を処刑し、陛下が王の座について二十年が過ぎたわ。人材も育ちつつあることを踏まえて、数年前から少しずつ粛清が再開されたの。表立って反乱前の罪を今更つまびらかにするのは国民の不満を煽りかねないから、密かに進めていたのだけれど……気づいてなかったなんて、とんだ間抜けね」


 パスカルは本来、金銀財宝に目がない人間だ。才能がなく努力も嫌いな彼の大人しい領主生活では、彼の満足のいく稼ぎは得られない。反乱前の罪も問われず二十年経った油断もあり、我慢の限界がきた、ということだろう。


「この二十年の行いは減刑を考慮すべきかの判断の基となるのだけれど、このようなことをしでかしたんだもの。貴方は国の平和に不要と判断された。だから処理される。それだけのことよ」


 へたり込んだパスカルに目線を合わせるよう、シャーロットはしゃがんだ。


「やっぱり人ってそう簡単には変われないのね。大して強くもないノミのような心臓に従って大人しくしていれば、重くても十年もない牢生活で済んだでしょうに……欲をかいて自滅したわね。あの陛下の目を誤魔化し続けられるわけがないでしょう」


 フレドリックの頭の中には、一度でも見聞きした過去の記録がすべて入っている。

 今回の東部の不作に関する報告書に目を通すと、フレドリックはすぐさまその不自然さを見抜いた。過去の資料をわざわざ引っ張り出して確認せずとも、正確な記録との比較が瞬時に可能なのだ。見落としはない。

 特に被害が大きかったのはスターキー伯爵領で、スターキー伯爵は反乱前から代替わりもしておらず、不正に手を染めていた貴族。パスカルに当たりをつけ、農地の調査団を派遣。案の定、調査の段階で不正が行われ、事実とは異なる調査結果が導かれた。

 そちらの不正に関してはすでに証拠を押さえている。買収された調査員は会議が始まる前に投獄し、証言もとれた。その時点で逮捕の正当性は十分足りたのだ。


「――ちょっと、離しなさいよ!」


 甲高い声が響き、皆の視線が廊下の方へと向けられる。


「殿下。イザベラ・スターキーを確保しました」


 パスカルの妻イザベラが、後ろ手に騎士にロープで縛られた状態で連れてこられた。シャーロットは立ち上がる。


「久しぶりね、伯爵夫人」

「王太女殿下! 私が何をしたというのでしょうか! 騎士たちが伯爵夫人たる私にこのようなっ」

「なにって、犯罪でしょう?」


 シャーロットが事前の連絡なく現れ強制的に邸に立ち入った時点で察してほしかったものだ。


「薬剤で自領他領問わず作物の成長を阻害。自領の分は出荷に足る出来であっても規定に満たないと廃棄処分の量を偽り、廃棄のはずの作物を秘密裏に蓄え、裏ルートを使って販売し利益を得る。実際とは異なる過剰な規模の不作の申請による補助金や減税を受ける不正……夫人も協力したそうね」

「そんな! 私は何も知りません! すべて夫が勝手に……!」

「お前、自分だけ助かるつもりか! お前が提案してきたことだろう! そもそもお前の金遣いが荒いせいでこんなことに!」

「貴方だって金がほしいと乗り気だったじゃない! 貴方に領地経営の才能がないから二十年もあんな質素な生活をするハメになったのよ!」


 夫婦で責任をなすりつけ合う醜い姿は見ていられないし、とても煩わしい。

 とっくに調べはついている。決定的な証拠も押収したし、他の証拠の場所も判明した。あとは取り調べで洗いざらい吐かせるだけだ。


「黙らせてさっさと連行しなさい」

「は」


 猿轡をされてもなお声を出して暴れようとする二人が、騎士の手で移送用の馬車へと連れていかれる。シャーロットとクェンティンは暫しの時間を置いてエントランスホールへと向かった。

 邸のエントランスホールに集められた使用人は困惑している者が大半だった。王太女とその婚約者である補佐、そして騎士たちが邸に押しかけ、主人の犯罪が突然暴かれたのだ。冷静にすぐさま受け入れろという方が無理な話だろう。

 しかし、シャーロットが姿を現すと、皆一様に口を閉じて頭を下げた。その中をシャーロットは進み、一人の使用人の前で立ち止まる。


「顔を上げて」


 使用人はその指示に従い、上体を起こした。まっすぐな目と視線が絡む。


「貴方が執事のトムかしら」

「はい」


 初めて相対する王太女相手に臆することなく受け答えをする使用人――トムは、肝が据わっているのだろう。いや、目的は果たせたから、もう何も恐れることなどないと考えているのかもしれない。


「大人しく同行しなさい。――下手な真似はしないように」

「……はい」


 小さな声を確認し、シャーロットは彼の横を通り過ぎた。



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