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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第三章 罪に気づけない者たち
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18.第三章三話



 会議が無事に終わり、パスカルを筆頭に参加者たちが退室し始めた。会議後にだらだらと彼らが残ることをフレドリックがよしとしないため、重大な用件がないのならさっさと去らなければ、圧倒的な殺気や威圧感を纏ったフレドリックに視線だけで震え上がるほどの恐怖を与えられてしまうからだ。

 恐怖とは別でフレドリックのいる空間には耐え難い苦痛のあるシャーロットも執務室に戻ろうとしたけれど、フレドリックの補佐に呼び止められてしまった。

 嫌々ながらもその場に残る以外の選択肢はなく、官僚たちがいなくなるまで待った後で、フレドリックの補佐の指示を受けた使用人から書類が渡された。とある村の孤児院の情報が記されている。


「その孤児院の老朽化が酷いため、新しく建設することになった」


 国の最高権力者から告げられ、シャーロットは訝しく僅かに眉根を寄せる。


「しかし、こちらの孤児院は最優先リストに含まれていなかったと記憶しています。つまり専門家の判断ですと数年先でも問題ないという話なのでは?」

「ジュリエットが先日この孤児院を訪問して、一刻も早く建て替えるべきだと進言してきた」


 フレドリックはこちらには視線を向けず、今日まとめられた議事録に目を通しながら話している。その態度もとても腹が立って仕方ないけれど、何よりジュリエットの名前が出たことが気に食わなかった。

 確かに書類にある孤児院は、最近ジュリエットが慈善活動のために訪問した場所だ。古い建物であることは事実で、絢爛豪華な王城で暮らすジュリエットからすると、他の孤児院と比較しても際立って可哀想な環境として映ったのだろう。


(――また)


 国政の場においてもジュリエットの感情的な意見が尊重されることはたまにある。フレドリックが許容してしまえば、却下の道などないに等しい。

 以前の病院設立の責任者の件もあったように、孤児院や病院などの福祉施設関連の予定に変更が出るのは、大方ジュリエットが原因だ。


「孤児院の新築関係の予算はすでに決められており、変更もそれほど可能ではない。よって、この件については大部分を予備費で賄うことになる。調整はお前に任せる」

(これが英雄?)


 娘可愛さに優先順位を無視するような男が、英雄と呼べるのだろうか。完璧な王などと呼ばれていいのか。

 しかし、この男であればきっと、他の最優先リストの案件について支障が出ないよう、調整そのものはそつなくこなすのだろう。それができる男なのだ。

 シャーロットが任されるのはあくまで全体の一部、その孤児院の建設に関する調整のみ。それに伴う他の部分の調整は済ませておくから、シャーロットにも可能だとこの男は断定している。譲歩したつもりでいるのである。


「……ジュリエットが言い出したことなら、補佐をつけてあの子に任せてみればいいのでは?」


 報告書から一人ですべてを判断できる能力はジュリエットにはないので、誰かしら優秀な補佐をつければ一応はやり遂げられるだろう。今まで安易に人任せにして来たことが実際にはどれほどの苦労を背負うものなのか、きちんと最後まで担当すれば多少は理解できるはずだ。

 そうは思うものの、フレドリックの返答などわかりきっている。


「ジュリエットは勉強に集中したいと言っていると以前も伝えたはずだろう」


 同じことを何度も説明させるなと言わんばかりにうんざりしたような声音だ。

 そのジュリエットは相変わらず呑気に好きなことをするのに夢中なわけだけれど、この男が咎めるはずもない。

 ジュリエットは自由に。シャーロットは忠実に。そう振る舞うことが求められているのだから。


「これはお前の仕事だ。そうでなくとも、姉のお前が妹の望みを叶えるのは当然だろう」

「……かしこまりました」


 そこまで言うのなら聞いてみたい。一応父親であるフレドリックは、娘のシャーロットの望みを叶えるのは当然じゃないのか、と。

 けれど、返答は予想がつく。妹のためになることをやらせているだろう、と。胸糞悪い答えが返ってくるに決まっているのだ。


「お話が以上でしたら失礼いたします」


 手に持つ書類をくしゃくしゃにしてしまいたい衝動を堪え、シャーロットは一礼して扉へと向かった。





「王太女殿下」


 大会議室を出たところで声をかけられ、シャーロットはそちらに視線を向けた。先程まで共に会議に参加していた宰相と、その補佐を務めている息子だ。

 別の言い方をするならば、シャーロットの後ろに控えているクェンティンの父と兄である。


「出発予定は二時間後でしたね」

「ええ。準備は済ませているから、時間には余裕があるわ」


 とは言っても、仕事が増えてしまったので資料に目を通す必要があるのだけれど。


「クェンティンは役に立っておりますでしょうか」

「……陛下から不満が出ていないのなら、上手くやれているんじゃないかしら。今のところは」


 いくらシャーロットが色々と不満を抱えていても、フレドリックが些細な事として片付けてしまえば、真実がねじ曲がり、不満などなしという結果に変わってしまう。

 息子の働きぶりはフレドリックが口を出すほどではないけれど、シャーロットが満足できるレベルの成果を出しているわけではない。微妙に間違った、けれどシャーロットの意図どおりの意味として受け取ったらしい宰相は、胸に手を当てて優雅な所作で頭を下げた。


「申し訳ございません。陛下や王太女殿下の足元にも及ばぬ愚息ですので、どうか寛大な御心で鍛え上げてやってください」


 丁寧な言葉遣いながらも多少はぞんざいな扱いを窺わせる内容ではあるけれど、その声音からも穏やかな表情からも、息子に対する愛情がひしひしと感じられる。


「父上」


 人前でそのようなことを言われたのが恥ずかしかったのだろう。クェンティンの頬には僅かに赤色が差していて、責めるように父を呼んだ。

 しかし宰相は申し訳なさそうにするわけでもなく、微笑を浮かべる。


「殿下の苦労を可能な限り和らげるのがお前の役目だ。気を抜かず、しっかり尽力しなさい」

「承知しています」

「ならばいいよ」


 宰相の言葉に頷いたクェンティンと、二人のやりとりを穏やかな笑みで眺めるクェンティンの兄。そしてもう一人、サージェント家の第二子となる姉。クェンティンは三兄弟で、母である夫人は社交界の中心人物。

 この一家の家族仲がいいのは有名だ。

 宰相は厳しくないわけではない。彼は礼儀正しく、厳格な性格だ。しかし物腰が柔らかで、ちゃんと優しさも持ち合わせている。こうして息子を常に気にかけている、愛情深い、家族思いの父。

 慕われるのも頷ける。優秀であることを抜きにしても、クェンティンや兄姉にとって自慢で、誇れる人なのだ。


「――貴方は、いい父親ね」


 末の子であるクェンティンを特に気にかけているけれど、上の二人にもしっかり愛情を与えており、愛妻家としても有名な、一家の大黒柱。彼はまさしく父親の理想像に近いのだと思われる。


「殿下にそのように評していいただけるとは恐縮です」


 どこかの誰かとは、まるで違う。

 けれど彼もまた、やはり例に漏れずジュリエットに甘い一人なのだ。クェンティンがジュリエットのために己の時間を消費することに対して、それほど危機意識も違和感も覚えていない。シャーロットが充分にフォローできると、すると確信している。


 カーティス・サージェント。彼は友人であり主君でもあるフレドリックを敬愛しており、その迷惑極まりない思想の影響をクェンティンに強く与えた人物でもある。

 シャーロットにしてみれば味方とは到底呼べない人で、良い義父になるとも思えない人なのだ。


「しかしながら、陛下には遠く及びません」


 本心から笑顔でそんなことを言ってのける人間が、シャーロットを理解できるはずもないのだから。


「……そうかしら」


 シャーロットのこの言葉も、身内ゆえの謙遜としか受け取らないのだろう。



  ◇◇◇



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