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シャーロット王女の死  作者: 和執ユラ
第二章 皇弟とのデート
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11.第二章五話



「準備が終わったからいよいよ街を回るわけだが、その前にまずは呼び方を決めよう」


 シャーロットが手持ち無沙汰に色の変わった自身の髪を触っていると、同じく髪の色を魔術で本来の銀から茶髪に変化させたエセルバートからそう提案された。キラキラ具合が若干和らいだけれど、やはり美青年、目立つことに変わりはない。


「呼び方ですか?」

「いくら見た目を変えても、『殿下』などと敬称をつけてしまえば意味がないからな」

「確かに……」


 それはもう身分を暴露しているも同然で、せっかく魔術で施した変装が無意味となってしまう。

 髪や瞳の色は変え、平民のような服装をしていても、顔の形が変わっているわけではないし、身に染みた所作は癖に近い。人目を引くのは目に見えているので、せめて呼び名での即バレは避けたい。


「私のことはエセルと呼んでくれ」

「エセル様」


 要望された通り愛称を口にすると、少し納得がいかなかったようでエセルバートは目を眇めた。


「様もない方がいいが、そこは妥協しよう。君のことはなんと呼ぼうか」

「わたくしは……」


 シャーリー、と。昔、亡くなった母親にはそう呼ばれていたと記憶している。しかし幼い頃のことだ。声も呼ばれている場面も覚えているわけではなく、ただその愛称で呼ばれていたという事実だけが記憶に残っている。ただの情報でしかない。


「ロッティやシャルなど、お好きなようにお呼びください」


 暫し逡巡して、エセルバートに委ねた。


「ではロッティにするか」


 この通り、エセルバートであれば出された名前から選ぶと予想できたからだ。

 シャーリーを候補として出さなかったのは、単純に呼ばれたくなかったから。その愛称は亡くなった王妃だけでなく、かつてフレドリックからも呼ばれていたものだったため、拒否感があったのだ。


「呼び方も決まったところで、もう行くか」

「はい」


 差し出された手に手を重ねながら、シャーロットは首を傾げた。

 正面から堂々と出ていけば、待機部屋にいるシャーロットの護衛に気づかれてしまう。廊下の見張りとして置かれているエセルバートの騎士は問題ないとしても、他にも迎賓館には騎士や使用人たちが何人もいるのだ。どうやってこの部屋を――迎賓館を出るのか。まさか窓から飛び降りるなんてことはないと信じたい。


「行ってらっしゃいませ」

「ああ。誰も部屋に入れるなよ」

「承知しております」


 一礼して見送りの態勢に入ったブランドンと、街に出る方法を教えてくれないエセルバート。

 シャーロットが見上げると、ふっと口角を上げたエセルバートは本日二度目となる指鳴らしをパチンとした。瞬時に足下に魔術陣が展開される。


「手を離さないように気をつけろ。異空間に置いていかれたくなければな」

「えっ……」


 恐ろしい脅し文句に声を上げた直後、魔術陣が放つ光が強まり、シャーロットは目を瞑る。着替えに使用された魔術の時とは異なる不思議な感覚があったあと、何やら人の話し声が遠くに聞こえて目を開けた。

 広がっていた光景は、迎賓館のあの部屋ではなかった。

 外だ。建物が周りに聳え立つ路地裏のようで、大通りらしき人の気配が多い通りが見える。話し声もそちらから響いてきているようだ。


「転移の魔術だ」

「転移……すごい……。かなりの高等魔術だと本で読みましたけれど、殿下はそのような魔術も習得なさっておられるのですね」


 自身がいる場所と指定の場所を、異空間を通じて繋げる魔術だ。失敗すると体の一部が千切れて異空間に取り残されることもあると聞く。

 彼がそのような難易度の高い魔術を軽々と成功させることには毎度、驚くのと同時に納得もするけれど、今回ばかりは直前ではなくもう少し余裕を持って事前に一言、心の準備ができるよう説明がほしかった。今日は訳もわからないまま魔術を使われて驚いてばかりである。魔術に慣れていない人への配慮がほしい。

 もっとも、彼はあえて説明をせずにシャーロットの反応を楽しんでいるように見えるので、今後も期待はできないけれど。彼はそういう(たち)なのだろう。


「感心はありがたいが、呼び方が間違っているぞ、ロッティ」

「失礼いたしました、エセル様」

「ああ。気をつけろ」


 耳元に口を寄せたエセルバートに囁かれ、シャーロットは僅かに身を固める。


(距離が近いし……いい声だわ)


 改めて思った。この美貌、皇弟という地位、人との距離感。すべての女性相手にこのように振る舞っているのかはわからないけれど、とにかく自身の魅せ方というものを理解し、実行できる男。彼のような人を罪深いと言うのだろう。意図的であっても無意識であっても、一体どれほどの人をその手腕で落としてきたのか。


「どうした? 行かないのか?」


 先に歩みを進めていたエセルバートは、シャーロットがついて来ていないことに気づいて振り返った。視線が交り、シャーロットは思わず半目になってしまう。


「なんでもありませんわ」

「……機嫌が悪くなってないか?」

「気のせいかと」


 早足でエセルバートに追いついたところで、頭上から声が落とされる。


「はぐれるなよ」

「小さな子供ではないのですから、その心配は不要です」

「だが、初めてなんだろう。街を歩くのは」

「問題ありませんわ。城下の地図は頭に入っています」


 自身の居場所さえわかっていれば、誰に聞かずとも目的地に辿り着ける自信があった。無駄に高さのある王城だって通りから見えるのだから、方向を掴むのも容易だ。


「それに、誘ったのはエセル様の方なのですから、ある程度道は把握してらっしゃるでしょう?」


 確信を持って訊けば、エセルバートは「そうだな」と笑った。


 大通りに出ると、耳に届く人々の声が一層大きくなった。

 笑顔で客を呼び込み宣伝する店員、杖をついて朗らかに歩いている紳士、手を繋いで歩いている親子、カップルらしき男女、楽しそうに走る兄弟――これこそ『街』だ。色々な店に、たくさんの人々。王都の街並み。

 知らないわけではない。馬車の中から窓越しに景色を眺めるだけだった、ジュリエットの話で聞くだけだった場所だ。あくまでその中に足を踏み入れることは許されない、明確な境界線で区切られたような感覚とはまるで違う。

 見覚え自体はあるものの、実際に歩けばその活気を肌で実感できて、まったく異なる場所のように感じられる。


 この活気を守り発展させていくことこそが王太女の役割だ。シャーロットに与えられている義務。

 王城を取り囲む街なのに、シャーロットはほとんど書類や人伝でしか知識を得られなかった、直接触れることのなかった、特に思い入れもない場所。それでも守らなければならない。


「何かしたいことはないのか?」

「したいこと……」


 エセルバートに問いかけられて、シャーロットは考え込む。

 シャーロットはいつだって、誰かのために何かをしている。妹のため、国民のために在ることしか許されない。だから、個人的に望むしたいことを実現できた試しはほとんどない。


「とりあえず、散策してみたいです」

「そうだな。気になった店があれば入ればいい」


 エセルバートはシャーロットの意向を汲んでくれて、二人であてもなく歩き始める。

 食事処やパン屋、雑貨店、服飾店などが立ち並ぶ大通り。高級店は見当たらず、平民向けの区画であることが窺える。シャーロットやエセルバートの顔を知っている者は滅多にいないだろう。

 しかし、すれ違う人の視線はどうにも気になる。正体がバレているとかそういうことではなく、単純に二人の容姿が目立ってしまうのだ。


 なるべく周りのことは気にしないようにしつつ、シャーロットは色んな店を外から観察していた。ただ歩いているだけでも、物珍しい光景が流れているので面白い。

 そんな中。ふと一つの看板が目に留まった。

 パンケーキのイラストが描かれた看板がかかっており、店の扉の横にはメニューの一部が書かれている立看板がある。


『そういえば、この前行ったあのデザートカフェで新メニューが出たらしいよ』

『また行きたいね』


 看板に記されている店名を確認し、学園の女生徒たちが話していた内容が頭をよぎった。


(パンケーキが一番人気という話だったかしら)


 シャーロットがその会話に参加していたわけではない。通りかかって偶然にも聞こえただけの、平民で他学年ゆえ関わりのない者たちの話である。相当な人気店だとか。

 そんなことを思い出しながら看板から視線を逸らすと、店の前にさしかかったところでエセルバートが立ち止まり、つられてシャーロットも歩みを止めて彼を見上げる。


「茶会のつもりだったのなら小腹が空いているだろう。入るか」


 そう言ってエセルバートが示したのは、シャーロットが気になったデザートカフェだった。


「女性に人気の店らしいな。噂で耳にしたが……一目瞭然か」


 窓ガラス越しに見える店内は、女性が九割を占めている。


「見事に女性だらけですわね。居心地が悪くはありませんか?」

「注目は慣れている」


 皇弟という立場だけあり、その注目のレベルが常に尋常ではないのだろう。

 それにしたって、この空間に足を踏み入れるのはなかなかに度胸がいることではないだろうか。慣れているというより、元からそれほど人目を気にしないタイプなのかもしれない。


(気づいていたのかしら)


 シャーロットがこの店に興味を持ったことに、隣のエセルバートは恐らくすぐ気づいたのだろう。だから突然、入ろうと言い出した。よく観察しているというよりは、洞察力が優れていると見るのが正しそうだ。

 比べるのは失礼かもしれないけれど、これがクェンティンであればまったく気づく気配などなかったはずだと断言できる。そもそもクェンティンと二人で街を歩くなんて状況になることはないだろう。


 躊躇う素振りもなくカフェの中に入るエセルバートに続くと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。それだけで食欲がそそられる。

 ちょうど角の席が空いていたので、向かい合ってそちらに腰掛けることになった。店員に注文を取ってもらい、出来上がったものが運ばれてくるのを待つ。


(なんて絵になる……)


 エセルバートは注文を終えたあとも気だるそうにメニューを眺めており、その姿でさえ、まるで絵画のようだった。

 注文を取る際、店員同士で誰がこちらに来るか少し揉めていたのは視認できたし、注文受付の権利を勝ち取った店員は注文を受けつつエセルバートに目が釘付けだった。今も周囲の女性客の視線がちらちらと向けられている。予想通りすぎる展開だ。


「甘いもの、お好きなんですか?」

「好んで食べようとは思わないな」

「でしたら別のお店の方がよかったのでは……」


 エセルバートがぱたりとメニュー表を閉じる。


「嫌いなわけではないから、気を使う必要はない。君はここが気になったんだろう?」


 優しく微笑む彼に、やはり女性慣れしていると改めて思ったシャーロットだった。



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