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01.プロローグ



 リモア王国の第一王女であり王太女であるシャーロットは、王城の自室で紅茶を飲みながらゆったりと過ごしていた。

 ティーカップをテーブルのソーサーに戻したところで、朝の静寂に似つかわしくない勢いと音で部屋の扉が開けられた。許可も得ずに部屋に立ち入ってきた突然の訪問者に視線を向ける。

 後ろに騎士を引き連れているその男は、冷然とシャーロットを見据えていた。

 恐ろしいほどまでに整った顔立ちは、相変わらずシャーロットとよく似ていた。いや、シャーロットが彼に似たのだ。非常に不本意ながらどうしようもないことに、似て生まれてしまったのだ。それがシャーロットの不幸の原因の一つだった。


「シャーロット・カリスタ・リーヴズモア。お前に国家反逆の容疑がかかっている」


 温度のない声音を放ったその男は、フレドリック・チェスター・リーヴズモア。リモア王国の国王であり、シャーロットの父親でもある。


「弁明はあるか」

「――いいえ」


 悠然と微笑み、シャーロットは続けた。


「どこまで掴んでいるのかは知りませんけれど、恐らくすべて事実であると思いますわ」


 悪びれる様子もなく紡がれた言葉に、フレドリックの纏う空気は更に冷たく鋭いものとなり、射殺さんばかりにシャーロットを睥睨した。

 並みの精神力であれば恐怖のあまり卒倒してもおかしくないであろう状況で、シャーロットはまったく震えることなくただただ余裕そうで、大変美しく、心情の読めない笑みを湛えている。


「拘束しろ」


 王太女の国家反逆の疑い、そして怯む様子などなく落ち着き払った態度で本人がそれを肯定した事実に、騎士たちは戸惑ってしまっている。しかし国王の命令に背くことなどできるはずもなく、また罪を認めたシャーロットを庇う理由もなく、彼らは彼らの役目に従い、シャーロットを拘束せざるを得なかった。抵抗せずに立ち上がったシャーロットが自ら差し出した手首を縄で繋いで不自由にする。


「今この時をもって王太女の地位を剥奪。サージェント侯爵令息との婚約も破棄とする」


 実の娘に向けているとは思えないほどの軽蔑を全面に出し、フレドリックは「連れて行け」と告げた。



  ◇◇◇



 シャーロットは牢の中に置かれたベッドに優雅に腰掛けている。

 王族用ということもあり比較的過ごしやすい環境で、特に不便を感じることはない。むしろ王太女生活より自由で気楽で、たった数日しか経過していないのに、なかなか悪くない生活だと慣れ始めている。

 取り調べ以外の時間は牢の中だけれど、鎖で繋がれていたり手足に枷がかけられているわけでもないので、本当に自由で気楽だ。


 悠々自適に過ごしていたシャーロットだったけれど、牢の外、ここからは死角になっている階段の上のドアが開かれた音に意識を向けた。その後、階段を一段一段、ゆっくり降りてくる足音が響く。

 階段から現れたのはこの国の宰相を務めるサージェント侯爵の二番目の息子、クェンティンだった。

 彼は幼い頃からシャーロットの婚約者で、補佐という立場にもあった。それもシャーロットが捕まったあの日、国王の手によって破棄されているので、今はただの幼なじみだ。


「――なぜ、あのような愚かなことを」


 そう尋ねる彼の表情は厳しい。幼なじみとして、元婚約者としての親しみなど感じさせない、シャーロットの罪をただ責め立てるだけの雰囲気を纏っている。

 この男らしいと、シャーロットは意外に思うこともなかった。これでこそクェンティン・サージェントという男なのだ。


「『愚か』? そうね、確かに愚かかもしれないわね。この国がどうでもいいからって、少し無謀だったわ。もっと徹底的に、慎重に動くべきだった」


 緩慢な動きで足を組んだシャーロットは、手持ち無沙汰に長い髪に指を通す。

 牢に収容されてからも湯浴みは一応させてもらえるけれど、いつも侍女たちが丹念に香油を塗り込んでケアしていた髪は、今では使用人の手を借りることもなくオイルが与えられることもないので、少しごわごわしている。だから指通りが悪くて、シャーロットは不満そうに目を細めた。

 己の行いを一切反省していない太々しいシャーロットのその姿に、クェンティンは酷く失望と嫌悪を抱き、取り繕うことなくそれが表情に出ていた。


「面会にいらしたジュリエット殿下に、心ない言葉をぶつけたそうですね」

「……は」


 シャーロットの疑問への返答ではなく、これまた予想の範囲内の質問ではあったけれど、シャーロットは思わず冷たく短い笑い声を零した。どこか馬鹿にしたような、呆れたような色彩を帯びている。


「貴方はわたくしが国を裏切ったことよりも、あの子を泣かせたことに激昂しているのね」


 的確な指摘に、ぐっとクェンティンの眉が寄せられた。

 彼の険しい顔は見慣れている。それほど、シャーロットの前で見せる表情が婚約者らしいものではなかったということを意味している。甘い表情なんて向けられたことがない。


 彼が名前を出したシャーロットの妹である第二王女ジュリエットが面会に来たのは、数時間ほど前のことだ。

 ふわふわとしたお姫様には似合わない牢の前にやって来たジュリエットは、シャーロットが国家反逆を企てるような人ではないと、何かの間違いだと訴え続けていた。そんな彼女が煩わしくて、言葉で心をずたずたに引き裂いて追い出したのは事実だ。

 シャーロットにとってジュリエットは、確かに妹である。二人きりの姉妹。けれど――仲が良いとは決して言えないし、少なくともシャーロットは妹を心底嫌っている。

 理由は単純だ。王太女として厳しく育てられたシャーロットと違い、ジュリエットはとても自由に育てられたから。それが非常に腹立たしくて、気に入らなくて、昔から嫌いなのだ。


 ただ、それはこの国ではかなり少数派だ。ジュリエットを嫌悪する人間は、少なくともジュリエットの周囲にはほとんどいない。野心を持って取り入ろうとする貴族達はともかくとして、シャーロットがきっと唯一だろう。

 クェンティンとて例外ではなく、ジュリエットを大切に思っている。婚約者のシャーロットに対する気持ちとは比較にもならないほどの想いを、彼は抱えている。


「貴方、わたくしの婚約者だったわよね。なのに――馬鹿なことに貴方があの子に惹かれていると、わたくしが気づかないとでも思っていたの?」

「っ……」


 不貞にまでは至っていないけれど、その心の不誠実さを鋭く指摘され、クェンティンは息を呑んだ。

 彼はシャーロットの婚約者だけれど、いつだってジュリエットのことばかり気にかけていた。体が弱く庇護欲を掻き立てる、彼をよく慕っているジュリエットのことを。


「別に、貴方の心があの子に向いたところでどうでもいいのよ。わたくしは貴方のことが好きだったわけでもないし、政略結婚でしかないと認識してたわ」


 シャーロットは婚約者を好きになれなかった。そして彼もそうだった。そこに関してはお互い様だけれど、だからと言って我慢できない部分はたくさんあったのだ。


「ただ、誰もがあの子に甘くてわたくしに厳しいこのリモアという国が、どんどん憎らしくなっていっただけ。こんな国のために自分の時間を費やすのが馬鹿らしくてたまらなくなった。だから裏切ったのよ」


 不可解だと、クェンティンは目を眇めた。その反応も想定通りで面白みがない。

 シャーロットの罪。その原因が自分たちにあることを、彼らは理解などしていない。


 だから、ぶつけるのだ。彼らの罪を知らしめる。彼ら自身に、この国に。


「わたくしね、ずっと昔から、あの子も、あの男も、貴方も、他のみんなも――この国の全部が大っ嫌いなの。嫌いなんて言葉では足りないくらい、憎くてたまらないのよ」


 反逆者シャーロットを育て上げた者たちすべてに、()()()()()()()()をかけて復讐するのだ。



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