第1話
吾輩は人間である。
名前もきちんとある。
そう、断じて猫ではないのである——。
「なぁ龍太、一緒に帰ろうぜ」
新入生はまだ授業がなく、皆が一生懸命になって一緒に帰る相手を探している。
そんな中、俺は幼馴染である颯と帰る約束をしていた。
「オーケー、颯。さっさと帰ろ」
とにかく颯をせかして教室から出さなければ。
もしアイツに見つかったら、大変なことになってしまう……!
「え、ちょっと待ってよ。今日、東中の雄也と友達になったからさ、雄也も誘ってこようと思ったんだけど」
ここは誰でも入れるような偏差値低めの都立高校。
だいたいの人がここは地元だ。
そんな中、この高校に来ている奴は2パターンに分類できる。大鎌東中学校、通称東中から来たメンバーと、大鎌西中学校、通称西中から来たメンバーだ。
俺たちは西中。これからのことを考えたら、東中のメンバーと仲良くなっておくに越したことはないのだが……
「ダメだ! とにかく今日はもう帰ろう!」
ごめん、颯、それから雄也!
「え、ちょっ……」
突如颯のセリフが止まったので、ビックリして振り返る。
ああ、終わったな。
そこにいたのは、アイツ——山川ひなのだった。
ボーイッシュなショートカットに、似合いすぎる大人っぽい制服。側から見たら、これは「美人」と言うのだろう。
でも。
「頼むよ、文芸同好会に入ってくれっ!」
短い髪が頭を下げると同時に揺れる。
ひなのは、変人なのである……。
颯よりもさらに前、幼稚園の時からひなのとはずっと一緒だ。
蘇ってくるのは、ひなのに作られた黒歴史の数々。
高校では、絶対に、絶対に関わらないと決めていたのに……。
昨日、俺のところに一通のメールが来た。
その内容がこれだ。
——高校入ったら、文芸同好会入れ。
思わず、「は?」と声を出してしまった。
いやいや、意味がわからない。しかもこれ、誰からのメールだ?
そう思って、送り主の欄を見てみると……
山川ひなの
いやめっちゃわかりやすい。結構あだ名とかでやってる人も多い中、ひなののアカウント名はめちゃくちゃわかりやすかった。
ただ、心にあるのはそんなことではなく、ただただ明日から始まる学校生活への不安だけだった。
嫌な予想って、人間だいたい当たるよな。
でも今だけは……神様許して、って思ってしまう。
高校生活、青春したいんだよ。
彼女作って、部活でも活躍して……って。
それは断じて、ひなのでも文芸同好会でもないのだ!
「え、いや……」
「そんなこと……ひどいよ龍太くん」
……これを恐れていたのだ。
これこそひなのの必殺技、嘘泣き。
その完成度の高さは、男なら誰でも抱きしめてあげたくなり、女子なら味方してあげたくなってしまうくらいだ。
「えっ、山川さん大丈夫……?」
「ひなのちゃん?! 芥川くん、何したの?」
いろんなところから飛んでくる、ひなのへの心配の声と俺への非難の声。
「私がっ、ちょっとおんなじ部活入ろうよって言っただけなのにっ、龍太くんに『無理、あっち行って』って言われて……」
いや俺そんなには言ってないだろ。
明らかに盛っているのに、側で一部始終を見ていたはずの颯ですらうんうんと頷いている。
なんなんだ、コイツの嘘泣きは幻覚まで見せる力があるのか?
「ひどい、最低、芥川くん」
「その言い方はないだろ、芥川」
はい、人生ツムツム。
これで女子からはもちろん、男子からの評価もガタ落ち。
ひなのという恐ろしい生物によって、初日にして俺のキラキラ高校生活は打ち砕かれたのだった。