第九話『引きずられる運命』
「やっぱり夢だったのかもしれないな……」
俺は、あの世界で切られたけれど、普通に戻っている右手を何度か動かしてみたが、あのしびれたような違和感はなくなっていた。俺は歩きに疲れて意識失ったまま……それでも一時間も経っていないと思う。でも、向こうの世界ではあれだけ長く過ごしていたのに。
(ハクたちに追いつかないと……)
立ち上がろうとしても、膝に力がまったく入らない。それでも俺は顔だけは上げた。
「あっ……」
ハクたちが歩いて行く道の先に、トンネルのような黒い穴がぽかりと開いているのが見えた。そのトンネルに気付いていないのか彼らは談笑しながらその穴の中に姿を消した。
俺は錯覚かと思い、目をこするとその穴は消えていた。そして、まだ見えているはずの友人の姿もどこにもなかった。
「消えた……あいつら、消えてしまった」
「もう疲れちゃったの?」
突然の声
赤い鼻緒の草履
ゆっくりと顔を上げると帯に金魚の絵が画かれた浴衣姿の少女が目の前に立っている。
おかっぱ頭の少女の目は目をつぶった時の猫の目のように細くなっている。
「い、今、友達のところまで行こうと思っていたけれど、まだ、立てないんだ」
「どっちのお友達?」
「先に歩いて行った友達のところまで……でも、消えてしまったんだ、みんな」
俺はそう言って山に向かう道の先を力なく指さした。
「ほかのお友達は?」
「ほかには……分からない……ほかには……」
「こっちじゃないの?」
俺の右腕を指さして少女は首をかしげた。
地面に無数の黒く大きな蟻がせわしなく行き交っている。その中で一匹の蟻が羽がぼろぼろになった蝶の死骸を軽々と咥え、自分の巣に戻ろうとしていた。
「どんなにきれいに生まれてきたものだって、死んでしまったら虫の餌にしかならないから……」
少女は俺の前でしゃがみ、右腕を指していた指をハクの歩いて行った方向に向けた。
「お兄ちゃんが早く行かないとみんな死んじゃうかもね、向こうで死んだらこっちに戻ってきても死んじゃっているから、こっちのお友達はみんな引っ張られているよ」
「引っ張られている?」
「そう、あっちは食いしん坊ばかりいるから、餌が足りなくなったか、みんなの力になりに行ったか」
「お前……何か知っているのか」
「知ってるよ、でも言わない、言葉って話した途端にいろいろなところに逃げていってしまうから」
少女はそう言ってしゃがみ、細い木の枝で地面に円をいくつも描き、それぞれを線でつないでいった。
「また会おうね……私も友達と行くことになっている」
女の子がそう言って閉じていた目を開いたとき、俺の視界がゆがんだ。
空の高いところで円を描いて飛ぶトビが一声鳴いた。
道を挟んだ向かい側に小さな石仏が草むらから上半身だけのぞかせていることに気付いた。
もう少女の姿はなかった。