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第六話『理性より行動力なんて認めたくないものだ』


 その夜の晩餐は食料が乏しい中、それでも村人たちは気持ちの詰まった歓待を僕らにしてくれた。俺は食べるふりをしながら配膳してくれるスマリに木の実の茹でたものをこっそりと手渡した。

 異世界とはいえ、未成年なので酒は遠慮させてもらった。長老は残念そうな顔をしたが、事情を説明したら不思議そうな顔をしながらも了承してくれた。


「これ」


 俺の目の前にすずねは剥いた栗をいきなり差し出した。


「あ、ありがと」


「手をけがしてる間だけですから、だって、また顔に泥塗られたらたまったもんじゃないもの」


すずねはそう言って俺に栗を食べさせてくれた。その味は今まで食べた栗の中で一番甘く感じた。


「美味しいよ、すごく」


「そ、そう……なら、いいんじゃない」


 俺と目を合わせないまま、すずねは横を向いた。


 楽士の一人が小さな太鼓を手でたたき、一番若そうな青年が竹のようなもので出来た横笛を吹き始めた。そのメロディーはゆっくりとそして静かだった。。


「何ていう曲なの?宴の曲にしては随分と悲しげだね」


「百穴の亡骸なきがら


 近くに控えていたチロシに聞くと小声ですぐに教えてくれた。


「百穴で亡くなった戦人を弔う曲です。古来よりあの地へ戦人を送り出す宴の際には、必ず楽士が奏でることになっているのです」


百穴岳ひゃっけつだけの妖将を退治してもらいたい)


 俺は長老の頼みを思い出した。長老がそう口にした時、周囲の目は俺に懇願の視線を浴びせた。


「あの……俺、妖将なんて見たこともないし、そんなに剣術ができるわけじゃないんだけど」


「ご謙遜を……スマリらはあなた方が輝く剣をもって魔物を倒したと言っている。嘘を言うような子供たちではない」


「それはここの『すずね』が……いてっ!」


 俺の右手に激痛が走った原因はすぐに分かった。すずねが俺のことを目を吊り上げて睨んでいた。


「もちろん、あなた方だけで、あの百穴に行かせようとは思っていない、そこに控える弓の名手『チロシ』もお供に付けよう、明日の朝に村の若い衆も集めるそこから気に入った者を連れて行ってもよい、本当であれば、全員付けたいところなのじゃが、この村周辺の守りも重要なのじゃ、そこだけはどうか分かってくだされ」


 また、長老の耳がイカ耳になってるよぉ、もう逃げ場なんてないよぉ、ここで断ることが出来るほどの奴を俺は心から尊敬するよ。


「チロシ一人でも村には痛手なのじゃが……あと三人、いや、あと二人……あと一人でもよいか」


 これは他に連れて行ってほしくないということなのじゃないか……それなら集めなくていいよ、選ばれた奴が涙目になっている姿を想像しちゃうよ。


「いえ、俺とすずねだけでいいですよ、村の近くにあんな変な生き物がいるなら誰だって心配になる、ましてや弓の名手なら、村にとっちゃ、一人でも二人でも欲しいところですよね、俺たちだけでやってみますよ」


 おぉっ、さっきのすずねのきつい視線がウルウルとした視線に変わってるぞ、こいつも結構、単純な奴なんだな、まぁ、確かにご神刀とは言っても本体は刀だからなぁ、いざとなったら逃げちまえばいい……って。


 『チロシ』泣いてるじゃねぇか。何で泣いているんだよ。俺?俺、何か変なこと言ったか。


「輝く剣を振るう者は神より選ばれた者と聞いておりまする、そのシンタ殿の優しくも頼もしいお言葉に心底、感激しておりました、長老様、ぜひ、わたくしめだけはこの討伐においてシンタ殿のお供衆になることお許しください」


「もう許しておるではないか、古来より力ある神には妻となる姫が複数いることが習わしじゃ、チロシよ、この討伐が成った折には、その末席にでも加えてもらえばよい、お子ができれば我が村の長になってもらいたいくらいじゃ」


 お子って何?河原から段ボールに入った子猫拾ってくるような感覚だとしたらやばいだろ。キャー、子猫生まれたの?この可愛い猫、一匹飼いたいなぁ、この白いフワフワな毛の子がいいなぁとかじゃねぇよ。

 このでっかい猫はこの期に及んでなんてこと言っているんだ、女の子を二人を連れての旅なんて、夢だよ、ずっと想像していたことだよ、夢じゃなかったら本当に嬉しいよ、たしかにあんなかわいい子が彼女がいたら最高!なんて思っていたかもしれないけれど、で、でも、すずねの方、俺、見ることできねぇよ、やめてくれよ、さっき、すこし機嫌がよくなってきたっていうのに、殺気、すずねから殺気がめちゃめちゃ伝わってくるよ、


「あ、あの……疲れたので、今日は休ませてもらってもよろしいでしょうか」


 この場のわけが分からない雰囲気から一刻も早く抜け出したい俺はおずおずと申し出てみた。


「そうか、明日からは草を枕にする日々が続くからのぅ、すぐに床の用意をいたす」


 長老の耳はもう普通の耳の形に戻っていた。


 それからすぐ侍女の案内で寝室に通された。


「一部屋……」


 ビジネスホテルじゃないのは分かっている。


「すずねも同じ部屋なのか!いいのかぁ、それで?」


「申し訳ありません、お屋敷と言ってもお客様をお通しできる部屋はここだけで」


「わたしはいいですよ」


 すずねは大して気にも留めていない。


 いくら刀の化身とはいえ、年頃の娘と同じ部屋にいる。この部屋に通されたときから俺の緊張度はレッドゾーンを振り切っていた。

藁に柔らかい布をかぶせただけだが、寝心地のとてもいいベッドの上で横になっている。旅館の広めな大きさの部屋の真ん中には急ごしらえのカーテン代わりの布が一枚。

 そして……その向こうにはすずねが寝息をたてている。


 目がギラギラしていて寝れるものではない。


(すずねの寝顔が見てみたい)


 俺は理性を持っていると信じていた。言葉が不適切だ、理性を持っていたのだ。ちょっとだけ、寝顔を見たいと思ったのは罪か?罪じゃない。なんか道徳的な単語だけがグルグルと頭上を回転している。

 おぉっ、風が、風が起こっている。違う、これは俺の鼻息じゃないか。


 この布をめくった向こうに……。


 俺の禁断の指が布にかかり、静かにめくってみた。隣のベッドにはすずねが寝ているはずだ。


(ああ、神様、天狗様、やっぱり俺は悪い男です、触ったりなんてしません、それは犯罪ですから、そこだけは絶対にしません)


 布の向こう、すずねは確かにそこにいた。

しかし、ベッドの上にいたのは、いやあったのは、一本のきれいな鞘に入った短い刀であった。


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