表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第五話『イカ耳より猫耳の女の子の方がかわいいよな』

<登場人物>


サイキ シンタ

 『根之国学園』の一年生

駒形十郎 

 どう見てもシンタには天狗にしか見えない年老いた山伏姿の大男

兎森丸すずね

 シンタと出会う巫女装束の女の子 本来は別の姿をしている

スマリ

 シンタが救った兄妹の兄。山に入ったところを化け物に捕まった

モユ

 シンタが救った兄妹の妹

チロシ

 スマリとモユの暮らす村の少女で弓矢の名手 獄門村の名門キギス家の令嬢でもある

長老

 村の長老

キノコ蜘蛛

 老人の姿に身をやつし、男性器に似た第二の顔を持つ化け物、シンタの刀によって倒された。

坊ちゃんフナムシ

 幼児の顔を持つ化け物、捕らえた獲物を骨玉という袋に蓄えておく習性をもつ


「キャー」


 その不気味な姿を見たモユが叫び声をあげた。


「うわっ、はやっ!」


 地面を腹ばいになって這いずる幼児は、俺の方に顔を向けたまま左右に素早く移動する。


 この並々ならぬ速さで移動する動きは、どこかで見た記憶がある。這いずりまわっているのだが前後にすばしこく動いては止まり、踏めそうに踏めない。ゴキブリではなく……。


(フナムシ!そうだ!海に釣りに行ったとき堤防の上を集団で走りまわるフナムシだ……それに幼児のような顔、こ、こいつは……『坊ちゃんフナムシ』!)


 幼児は目を吊り上げ、小さな牙を見せながら俺のことを威嚇してくるが、俺はもう、そいつのことをフナムシとしか見ることができなくなっていた。そう考えると、もう奴の真剣な顔が余計に変なものにしか見えない。しかし、油断していると、前のように腕が切り落とされるような目にあうかもしれない。複雑な気持ちになりながらも俺は右腕を刀身に変化させた。


 坊ちゃんフナムシは、唾のような液の塊を俺に向かってすぼめた口から吐きかけてくる。何やら強烈に酸っぱい臭いが液から漂ってきた。こんな液が身体に付いたら絶対に嫌だ。

 絶対に……。

 と思った矢先、そいつの吐き出す液は顔を無意識にかばおうとした俺の左手の甲に直撃した。


「痛―っ!」


 粗い紙やすりで鋭くこすられたような感触と強い痛みが神経を伝わって脳にゆっくりと届いた。そう、ゆっくりだった。だから余計に痛みが強烈に押し寄せ、それは我慢ができないくらいに頭の中を占有した。手をひっくり返してみると皮膚どころか肉まで泡を立てながら溶けていた。


「指が動かない、これじゃ力が入らねぇ……」


 すずねの姿はない。おそらく右手の刀身に力を集中させているから人間としての姿を保てなくなっているのだろう。


「いけぇーっ!」


 俺は右手の刀身に力をこめ、その坊ちゃんフナムシに刃を振り下ろした。絶対に切ってみせる!火事場の馬鹿力を舐めるな!


「外れた!」


 舐められた。まぁ、当然のことだろう、気合だけで上手くいくことなんて現実ではありえなくはないが、確率は俺が数学のテストで百点を取る方が高いはずだ。

 案の定、刃の先は土の中に深くめり込み、片手だけじゃ引き抜きにくくなった。


「や、やばいじゃない」


 『やばい』という江戸時代から使用されている単語の語源は諸説あり、矢場という射的場からきた説や牢獄の看守からきたなどがあり、はっきりとはしていない……などと、まったく関係ないことばかり想像してしまうのはどうしてだろうか。

 左手の痛みはアドレナリンが出ているせいか感じないけれど、人間ではないすずねの白い太ももとか、授業中の些細な一場面など、変なことばかり脳裏に浮かんできやがる。


 背後からガサガサと坊ちゃんフナムシが走り寄ってくる音が迫る。俺に振り返ってみる余裕はなかった。


「ギュッ!」


 風を引き裂く音が連続した後に、ゴム風船を踏んづけたような悲鳴があがった。


「大丈夫か!」


 弓を手にした人影が道の向こうから走ってくるのが見えた。矢が刺さったままの坊ちゃんフナムシは悲鳴をあげたまま草むらの中へと姿を消した。


「チロ姉ちゃん!」


 人影を見たモユは嬉しそうに声をあげた。どうやら知っている村の者のようだ。


「モユ!スマリ!よく無事だったな!」


 矢櫃を背負い、弓を持った人は黒い髪を後ろで一本に束ねた俺と年の変わらないくらいの女の子だった。モユとスマリは泣きながらその女の子に抱きついて泣きじゃくった。


「シンタ様とすずね様に助けてもらったんだ」


 モユはそう言って俺の方を指さした。いつの間にか髪の毛や顔に土埃をいっぱい付けたままのすずねが俺の横にいる。


「すずね、お前さぁ、随分、汚れているな」


「何言ってんの、シンタ様が私を力任せに土の中に半分埋めたんじゃないの、適当に振り回したら相手を切れるなんて大間違いよ」


「ご、ごめん、俺だってわざとやったつもりじゃないんだよ」


 少し、安心してきた俺に左手の痛みがぶり返してきた。


「いぃってぇ!ここに来てから痛いことしかないんじゃないのか」


「見せて」


 弓の女の子は俺の左手を手に取って、腰の竹筒に入っていた水をかけ、大根おろしに似た薬草のような物をのせると手際よく布で巻いていった。


「奴の毒つばにはこの薬が効く、痛みはまだ続くと思うが我慢してほしい」


 確かにこの子の言うように、傷口の痛みは一瞬で少し弱まったように感じた。彼女が前かがみで包帯巻いてくれている時、何気なく見たいたら着物の首周りから胸の谷間が目に入った。


「シンタ様、鼻血が!」


 スマリが俺の異変にすぐ気付いた。


「なに?頭も打っていたのか、それは大変だ」


「い、いえ、大丈夫です」


 赤くなった俺の顔をすずねは冷ややかに見ている。あいつは気付いているに違いない。


 しかしだ、この女の子の化粧はしていないが、長いまつげとパッチリとした目は、テレビに出てくるアイドル以上のかわいさであった。


「わたしはキギス家のチロシ、シンタ殿、すずね殿、スマリたちを救ってくれて感謝している、もしよければ私たちの村に来てほしい、長老にもぜひ紹介したい」


 出た、長老!ゲームの世界だとここが分岐点だな。「はい」か「いいえ」かで運命が変わってくる。いや、ボーナスミッションで何かいいことが起こり得るかもしれない。


「すずね、どうする?」


「好きにすればいいでしょう、何ならかわいいあの子の胸とシンタ様の鼻血にでも相談してみたら」


 やはり気付いていた。ご神刀恐るべし。


「案内をしてくれ、スマリたちの故郷も見てみたい」


 スマリやモユはその返事を聞き、飛び上がって喜んだ。


「シンタ殿、歩くのがつらかったら肩を貸そうか?村までまだ少し歩くのだが」


「い、いや、それは遠慮する、それならモユを負ぶってやってくれ、小さいなりにここまで頑張っていたからな」


「優しいのだな、シンタ殿は」


「それほどでも……」


「勇敢だし、強いし、頭もいいし、チロ姉ちゃんのお見染め相手にふさわしいお方と思います」


 シンタが思わぬことを口走った。


「モユもそう思う、いつもおなかいっぱいにしてくれるし、面白いし、良い旦那さまになる」


「何を言う、シンタ殿に失礼ではないか、まだ、出会ったばかりだぞ、シンタ殿、申し訳ない、子供たちが勝手なことを言って」


 チロシは耳たぶまで真っ赤にしながら否定した。


「子供の言っていることですから、ははは……」


 心臓の鼓動が大きくなること感じる俺はそう言いながらすずねを見たが、すずねはわざと目をそらせた。なぜか、すごく不機嫌だ。


「それはそうと、どうして、君はここに来ることができたの?」


 俺はわざと話をそらした。


「この辺に骨玉がぶら下がっているのを見た村の者がいたので、他の村の者たちと手分けして探しにきた、そうしたら子供の声が聞こえたので来てみたらというわけだ」


(骨玉?……枝からぶら下がっていたあれか)


「近くに村の者たちもいるはずだ、シンタ様の手当てもしっかりしなくてはならないからな」


 チロシの言った通り、武器を手にした村の若い連中と合流し、俺たちは彼らの村にたどり着くことが出来た。

村は想像していたよりも小規模で小高い丘の山頂に小屋が密集していた。丘の周りは先がとがった杭の突き出た堀があり、二重の木塀にも囲まれ、遠目からは小さな山城のようにも見えた。

見張り塔で警備していた者たちの合図で表門の大きな扉はゆっくりと左右に開いた。


「すずね、物騒な村だと思わないか?この世界はみんなこうなのか?」


「私の知っていた世界とはだいぶ違っている、十郎様が危惧していた通り、それだけ魔物が増えてきたのでしょう」


「村の名前も物騒だったよな」


「獄門村って言っていたはず、あまたのクニの一つね」


「名前には合っているな……天狗のオヤジになんか教えてもらったような気がするけど……まっ、いいか」


 この世界に来た本来の目的なんか、もうどうでもよくなっている自分がいる。ただ、手が痛い。


「スマリ!モユ!」


「お母ちゃん!」


 魔物にさらわれた者は二度と帰ってこないと半ばあきらめていたスマリとモユの家族は二人の元気な姿を見て、涙を流し喜んでいた。

 俺とすずねはチロシに案内されるまま長老の屋敷に赴いた。

 大きな茅葺屋根の屋敷は高床式になっていて、他の家とは明らかに異なっていた。

 扉を開けてくれた品のよさそうな老女が先に立って部屋の中へ俺たちを導いてくれた。部屋は上段と下段で分かれており、上段には手の込んだ刺繍が施された座布団が敷いてある。俺たちが控える下段には上段の座布団と比べると少し見劣りするが、それでも高価そうな座布団が用意されていた。


「板張りだけど、ちょっと見たところ和室みたいだね」


「お静かに願います、間もなく長老が参ります、頭をお下げください」


 チロシはとても緊張している。

俺は昔からこの緊張する時間というのがどうも苦手だ。

 俺は頭を下げながら長老と言われる者の姿を予想した。背はそれほど大きくなく目が見えないほどの長い白髪が生えているとか、木でできた杖を常に手にしているとか。声だって、何かフガフガ言ってお付きの者が翻訳したりするんだよな。いや、本丸のようなこの雰囲気、バカ殿のような白塗りの奴が出てきたらどうしよう、俺は笑ってしまうのをがまんできないかもしれないぞ……これはマズイ

 

 引き戸が開く音が聞こえ、座布団に座る音が聞こえた。いよいよお出ましだ。


「客人の方、顔を上げよ」


 俺は命じられた通り、ゆっくりと顔を上げた。


「!」


 長老の姿は俺の想像したはるか斜め上を突き抜けていく姿をしていた。


(ス、スフィンクス!)


 猫だ、そう、それもでかい猫、ライオンなんてもんじゃない、座った前足の先から頭のてっぺんまで三から四メートルはある巨大なトラ柄の猫だ。


「我が村の子たちを魔物から救ってくれた件、心から礼を申し上げる」


 何だよ、この幼くかわいい声は!まるで女児じゃないか、それに金色の瞳に見つめられている俺は鼠のような気分だ、どこが長老だよ、長老を。おぉっ、何か長いしっぽをぶんぶんと振っているよ。


「しばらくこの村でゆっくりしてほしいところじゃが、お主の腕前を見込んで一つ、わしから依頼をしたい」


 これ、絶対、村人を救ってくれとか、魔物を退治してくれとかそういうパターンだよな。でも、俺にはそんな技術はもっていないし、使い方を失敗するとすずねにも怒られる。どうすればやんわり断れるだろうか。


「依頼の内容は……」


(あちゃー、正面から見て美しいくらい耳が三角になっているじゃねぇか、こんなの断ったらその瞬間、頭から喰われるぞ、喰われなくてもおもちゃにされて散々、遊ばれて最後にとどめをさされたりするんだ、猫パンチなんて鉄球ぶち当てられるようなもんだろ)


 大猫の耳は通称『イカ耳』になっていた。怒っていたり、緊張していたり、不安だったりする時にこういう形の耳になるって猫好きの友人から前に聞いたことがある。


 俺は大猫、いや長老の口から洩れる言葉を緊張しながら待った。というか、逃げるときにこの大猫にマタタビの粉は有効なのかなど違うことも考えている。それに……


(左手も痛くなってきた……早く治療してほしい)


 俺の悪夢のような夏休みはまだまだ続きそうだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ