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第三話『スカートのひらひらはアレに似てるよね』

<登場人物>


サイキ シンタ

 『根之国学園』の一年生

駒形十郎 

 どう見てもシンタには天狗にしか見えない年老いた山伏姿の大男

兎森丸すずね

 シンタと出会う巫女装束の女の子

スマリ

 シンタが救った兄妹の兄。山に入ったところを化け物に捕まった。

モユ

 シンタが救った兄妹の妹。

キノコ蜘蛛

 老人の姿に身をやつし、男性器に似た第二の顔を持つ化け物、シンタの刀によって倒された。

ハク

 シンタの同級生


 すずね所有の俺は、化け物に捕らえられていた子供たちを戻すべく山道を下っている。はじめは警戒して何も話すことのできなかった二人だったが、次第に兄だという子がポツリポツリとこれまでの経緯を話し出した。

 最近、人の住む村々に魔物が現れだし、山に入った人たちが殺されたり子供たちがさらわれたりする出来事が多発しているそうだ。そんな時、この兄妹の祖父が病に倒れ、薬草を探しに行った時に、あのキノコの化け物と出会ったそうだ。


「薬草?病院とか、ドラッグストアとか近くにないの?あぁ、そうか、ここって田舎だもんな、車で旧道下っても……」


 子供たちは俺の言葉の意味が分からないようできょとんとしていた。すずねは白い目でそう言った俺を見ている。


「ない……ないよな、分かる、分かるけどちょっと言ってみただけだから」


 すずねの緑色の瞳から放たれる視線はさらに冷たくなっていく。


(いったい、俺はどこにいるんだ)


 スマホはもうどこかに落としてしまったようでそれも確かめようが無い。


「お兄ちゃん、おなかがへってもう歩けない」


 そう言って下の妹が半べそをかきながら道の真ん中でへたりこんでしまった。兄の方は声を何度もかけていたがもう歩く体力は残っていないようだった。


「すずね、なんか食べ物持ってないか?」


「わたしは人のように食べなくても平気です、この身体だってシンタ様の便宜上こうした姿をしているだけだし」


「便利にできてるね」


「いえ、人という存在そのものが不便にできているのです」


 このままだと必ず俺も夜までには腹がすくはずだ。俺は足を止めて考えた。火のおこし方は学園で教わったんでどうにかなりそうだ、食える植物は……。一学期の学園での勉強はサバイバル系の学習が多かった理由が何となく分かってきた。


「あの茂っている草、くずだよな」


 すずねはこくりと頷いた。


「すずね、あの刀はどうやって出すんだ?」


「あなたが心で願えばすぐに使用できますが?どうして今それを?」


「ちょっと使ってみたいと思って」


「え?」


 俺は心の中で右手に光の刀が伸びるイメージをした。見る間に腕全体が熱くなり、刀剣が輝きを放ちながら出現した。


「あぁっ!」


 すずねが止める間もなく俺の刀は葛の根元が伸びるかけあがり気味の地面を引き裂いた。土や小石が爆発したかのように吹き上がった。


「きゃあ!」


 爆風ですずねの千早と緋袴の裾がまくり上がり白い太ももがあらわになった。俺は突然のことに呆然と裾が押さえられるまで不謹慎だが見とれてしまった。弁明するわけではないが、その行灯袴の裾の布の動きがきれいな蝶の羽の動きに似ていたからが大きな理由なのだが。いや、こんなことを言っても誰も信じてはくれまい。俺自信だって信じないと思う。


「何をするのです!」


崖が深くえぐれたそのあとには葛の太い根があらわれた。


「あ、あれ、茹でればそんなにうまくないけど腹の足しになるんじゃないか、くず餅にするには手間がかかりそうだけど……」


 俺は何とかそう言ってごまかしたが、脳裏に一瞬で焼き付いたあの袴の色と対照的な白い太ももに鼻の穴の奥が痛くなってきた。


(鼻血が出そうだ……いかん、子供も見ているのにここで鼻血なんて垂らしたら俺はスケベ国代表選手になっちまうぞ)


 俺は『痴漢』と太字で書かれたゼッケンを胸にゴールテープを華やかに切るイメージが脳裏の太ももの画像の前を横切っていった。


「古の神刀であるわたしをそのように扱うなんて許せないことです!」


 すずねがえらい剣幕で怒ってきたが、俺は何とか理由を付けごまかしながら道を外れ、逃げるように小さな土手を駆け下りた。


「もう一回使うから危ないよ」


 目の前の沢は結構水量があり、小さな滝や淵がいくつもあった。

 俺はそのまま光の剣先をその沢の淵に思いっきり突き刺した。すぐに湯気がもうもうと立ち上がり、魚が何匹も茹で上がった状態で浮かんできた。それを見ていた子供たちはとても喜んだ。


「俺、さっきの戦いで気がついたんだよな、調理器にもなるし、掘削機にもなるし、すごいなぁこの刀剣、販売したらすっごい売れるぞ」


 俺が魚をすくい上げてそう言って振り向いたとき、すずねが頭を抱えて道端でうずくまっていた。


(どうして十郎様はこんな変な少年にわたしを預けたのだろう……こんな人が世界を救えるとは思えない……)


 すずねがそんなことを考えていることなどまったく知らない俺は、子供たちと魚や食べられそうな野草を石で囲んで作った沢の小さなよどみで煮て食べていた。薄味だったが、極限に近い空腹だった俺たちにとっては十分過ぎるくらいのごちそうとなった。


「お前たちの村はあとどのくらい歩けばいいんだ?」


「分からない」


 妹は満腹になって眠くなってきたのだろう、そう答えてからすぐに俺に寄りかかって寝息をたてている。


「ここまで来たことないから、でも薬草採っていた場所から一回だけ夜になった」


 兄の方も眠くなってきたのか目をこすりながらも俺の質問に答えようとしていた。


「そういえば名前を聞いていなかったね、なんて言うんだい」


「スマリ、この妹がモユ……ずっと前、ポル山に行ったお父さん、お母さん、婆はいなくなった、多分、魔物に食われた、爺は体が痛くて動けない、みんな魔物の毒にあたったって言っていた、だから早く帰らなくちゃ……」


 こんな小さな子供が二人だけでがんばっていたのかと思うと、高校生にもなった俺が生活に不満を言っていたことが少し恥ずかしくなった。


「心配すんなって、スマリが住む村までは必ず俺たちが送ってあげるよ、たとえ俺がダメでもすずねがいてくれるし」


「え?誰がいるですって……別料金になりますけど」


 すずねはいつの間にか俺の後ろに来ていた。


「スマリさん、少し休んだ方がいいですよ、ポル山の近くならまだまだ歩かなければいけない、必ず起こしてあげますから今は寝ておきましょう」


「ありがとうございます、シンタ様、すずね様」


 スマリは、すずねの言葉に安心したのか大きなあくびを一回し、その場の草の上ですぐに横になった。


「ねぇ、さっき私の……見たでしょ」


 すずねの声に俺は身体をこわばらせた。


「な、何を言ってるのか分からないなぁ……俺、子供たちの食べ物採るのに必死だったから……」


 多分、今の俺の頬に冷や汗が大量に流れているはずだ。冷静、冷静を装うんだ。というか痴漢ゼッケンのイメージが上書きされていて、もう俺の記憶媒体に接続できなくなっている。


「それならしょうがないわ……さっきのスマリの話聞いていたでしょ、十郎様が予想していた以上に、この世界の神と魔の力の均衡が崩れかけているみたい……」


 すずねの顔が少しこわばっている。


「でも、この右手の刀があれば大丈夫じゃないか、こいつでバーって切っちゃえば……」


「あの……よく伝えていなかったかもしれないけれど、力を使ったらその分、元の身体に跡が残っちゃうの」


 すずねがそう言って自分の袖の中から銀でできた小さな鏡のような物を俺の顔の前につきだした。表面が傷やゆがみの一つも無いよく磨かれた鏡は俺の顔を明るく映しだした。


「あーっ!」


 俺は自分の姿を見て思わず子供たちが起きてしまいそうになるほどの声を上げてしまった。髪の半分が白くなっていた。


「前の戦いでは暴走気味だったし、魚を採るだけなのにあれだけ力を放ったから……」


 俺の髪の毛が半分白くなっている。中学校の頃、図書館で読んだ昔の漫画に出てきたブラック何とかという名の医者のように。


「何で?どうして?そういうこと先に教えてくれよ」


「白くなるだけだったらまだマシです、暴走させて使えば使うほど影響は強く身体にでてしまいます、髪の毛が一本残らず無くなることがあるかもしれません、ううん、それは歯かもしれないし、視力低下くらいならまだマシ……場合によっては歩けなくなるかもしれません」


「ど、どうしよ……どうする?」


「どうにもできません、あの光の力は天の源から流れてくる理を借りているだけです、借りた物を返すのは当然のことですので」


(そこのお嬢ちゃん……この飴ちゃんでも舐めるかのぅ、いらないんだったらわしが舐めるぞよ)


 もう俺の頭の中は白く輝く太ももではなく、十六歳にして杖をつき、おしめパンツをはきながら甘露飴をほおばる爺さんになった自分の姿であった。



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