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後日談.やっぱり次男はつらいよ

 やっぱりね、としか言えない。

 執務室に山積みになっている書類の束は今にも崩れそうなほどの高さになっており、毎日その標高は更新中だ。

 兄、テオドールの優秀さを今になって痛感している。リュカは「テオドール兄さんを連れて戻ってくる!」とか言って出て行ったきり、2日帰ってこない。逃げられたことには腹が立っても、仕事ぶりはあまり期待が出来ない。

 まだ16歳。仕込み始めるのはちょうどいい時期かもしれないが、遊んでいられるのも今のうちだし、と諦め半分で書類を繰る。


 コツコツ、とドアがノックされた。

「どうぞ」

「忙しいところ、ごめんなさい」

 そっと開けられたドアの隙間から、プラチナブロンドの妹の顔が覗いた。

 笑って手招きすると、申し訳なさそうに目を伏せたまま、ベルタがお茶を持って入ってきた。


「ヴァルターお兄様、……」

「ベルタ、身体は平気か?」

 昨日、夫とともに実家に報告のため帰ってきた妹は、そっと自分のお腹に手をやって恥ずかしそうに小さく頷いた。

 父も母も初孫に大喜びだったが、それよりも衝撃の報告をされたベルタは、そのまま顔面蒼白になったのだった。


「テオドールお兄様のこと、あの、……」


 独り言のようにそう言い、ソファに腰かけてベルタは俯いた。

 自分の結婚式の手伝いをするためにポーリーンがここへ滞在したのがきっかけで、テオドールが恋に落ちた、と思っているらしい。実際は全く違うのだけど、ヴァルターからその話をするのは、……と思ったが大概迷惑をこうむっているのは自分であるのだから言ってもいいか。

 ヴァルターはペンを置き、お茶を取った。優しい香りがふわりと揺らぐ。


「大丈夫。兄さんは、昔からポーリーンさんのことが好きだったからね、ベルタが気にすることじゃない」

「え? 昔って……ポーリーン様はもう10年も前にご結婚されて、……わたくしの結婚式の日に離縁されたと言っておられましたけれど、」

「そのポーリーンさんの、というかオクレール公爵の結婚式に、僕と兄さんは出席したんだよね。兄さんは15歳、ポーリーンさんは18歳。……花嫁に一目惚れが初恋だなんて、不毛だよね」


 あの時の兄の表情は、今でもはっきりと思いだせる。頬を赤くしているのに青ざめていて、泣き出しそうな逃げたそうな表情で、唇を震わせながら祝辞を述べて。それが恋に落ちた瞬間だったと知ったのは、つい最近のことだったけれど。

 あの日から、活発で明るかった兄は変わった。真面目に誠実に、自分を殺すように、ただただ責任を全うするだけの人生を送っているように見えた。楽しいことなど何もないのではないかと思うほどに常に真剣で冷静。浮いた話もなく、ただ時折つらそうに空を見上げていた。


「では、ポーリーン様のお手伝いをしたい、と出て行かれた時にはすでにこの家を出るおつもりで?」

「いや、あのときはまだうまくいくとは思えないって言っていたから。多分、ポーリーンさんがクロード様のところに戻りたがっていたら、それの協力をしてから戻ってきたと思うよ」

「……うまくいってよかった、と思ってもよいのでしょうか」

「そそ。そんな感じで気楽に祝ってあげて。じゃないと、お腹の赤ちゃんも困ってしまうから」


 ストレスは妊婦には大敵。

 廃嫡、だなんてよそから見たら結構大きなお家騒動だけれど、兄も自分も父も母も、意外と何とかなると思っている。


「ヴァルターお兄様」

「ん?」

「マティアス様も、お兄様のお手伝いが出来ればって言ってました」

「はは。その時は頼むよ、義弟のほうが実弟より頼もしいわ」


 逃げていったリュカ用に残してある仕事の山を見ながらそう言うと、ベルタは嬉しそうに笑った。

 素直に惚気て行けばいいのに、実家に来た時くらい。


「お兄様」

「ん?」

「ホイットモー家をよろしくお願いいたします」

「おー、……善処するよ、ギルフォード伯爵夫人」


 まぁ、どうしてもどうにもならなかったら厳しく仕込めばリュカでも多少の戦力にはなる。

 今はただ、父がなるべく長生きしてくれることを祈ろうと思う。



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