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25.こどもたち

「あの廃墟は」

 リズムを取るように、ぽんぽんと頭を撫でられる。幼い子をあやすような手つきは、長男ゆえ、だろうか。

「ユーゴが住んでいた家だったそうです」

「!」

 突然出てきた名前に、驚いて顔を上げる。そこまで突き止めてくれていたのか、と。危険を冒してまで、と。

優しく見下ろす瞳に、自分が映っているのが見えた。が、すぐに涙で滲んで視界が霞む。


「その情報を得たのは、あの日……店のオープン前日、貴女の家を出た後でした。調査に出していた部下からそれを聞き、取るものも取り合えず」

 申し訳なさそうに眉を下げるテオドールが、さらりと髪を指先で梳いた。


「ポーリーンの店のオープン祝いに、何か素敵な情報を渡したかったのです。それが……危険な場所だと思って行ったわけではないのです、まさか刺されるなんて思いもよらなかった」

 焦っていたのかもしれない、とテオドールは目を伏せた。ただの廃墟に人が潜んでいるなんて思わなかった、と。不審な男がいると聞いていたのに、うかつだった、と唇を噛んだ。


「情けない……一般市民に刺されて意識を失うなど。騎士としての訓練も受けていたはずなのに」

「ほんとです。ほんとに情けないわ、……わたくし、自分が情けない」


 テオドールがそんな目に遭っているとも知らず、のうのうと店で客と話し、クロードの相手をしていただけの日々。

「ポーリーン、」

「知らされなかったのです、わたくしには何も。知らなかった」

「落ち着いて、ポーリーン、」

「知らせてもらえない立場なのです、わたくしは」


 まだ、クロードの妻であるから。ただの公爵夫人であり、テオドールはただの侯爵嫡男であるから。

 クロードは毎日店に来ていた。が、テオドールのことを一度も話さなかった。隠していたのか、と一瞬疑ったけれど、そのようなことはしないだろう。良くも悪くも、隠し事の下手な男だ。

 愛人を隠すのすら、下手だった男だ。

 テオドールが重体だということを知っていたら、あんなにのんびりと知らんふりを決め込んでいたわけがない。おそらく、テオが意識を取り戻したことで初めて、クロードもこの事件について知ったのだろう。


 テオドールの入院着の隙間から、包帯が覗いているのに気付いて目を逸らした。

 そして、自分の中に納まりきれないほどに膨れ上がっていく気持ちからも目を逸らすように、深く息をついて訊いた。


「――で、何かわかったのですか」

「……」


 テオドールは、手帳を出そうとしたのだろう、一瞬自分の胸に手を当てて、いつもの上着でないことに気付いたらしい。取り繕う様に姿勢を正して、頷いた。


「廃墟は、ユーゴ、……本当の名前はジャンというようですが、彼の住んでいた場所で間違いない。ユーゴと、一人の女性が1年ほど前から住んでいたようです」

「ユーゴと女性? ユーゴの母親ではないの?」

「違うようですね。女性が来るよりも前から、ジャンはそこに住んでいたようです。どこから来たのかは不明」

 ユーゴと呼ぶと切ない気持ちになるのだろう。敢えてジャンと呼ぶテオの横顔は、微かに強張っている。


「グレイルという男は、一年位前に妻が攫われた、と騒いでいたそうだけど」

「えぇ。どうやらそう思い込んでいたようですが、実際はグレイルから逃げていたようで」


 臨月のお腹を抱えて逃げたのか。先程聞いた、半狂乱で怒鳴り散らしているというクロードの言葉からも、まともな精神状態の男とは思えない。よっぽど耐えられない生活だったのだろう。

 逃げて逃げて、ジャンの住む廃墟にたどり着いて幼い少年と身体を寄せ合って暮らし、子を産み、……亡くなったのか。


「遺体、というのは」

「はい。クロエの母親ですね。部屋の中を見た限りでは、ジャンの名前の分かるものしか置いていなかったので、クロエの本名は不明です。出生届も出していなかったのでは」

「では、テオを刺した男が、クロエの」

 こくりとテオドールが頷いた。


 そんな男に、クロエを渡せるわけがない。

 ぞわりと背筋に何かが這うように怒りがこみ上げる。


「クロードにお願いしてきます」

 すっと立ち上がり、ポーリーンはそう言った。

 自分を見上げるテオドールに一度頷き、スカートのすそを払う。

「殺人未遂の現行犯の子であるなら、他に親族がいなければ即施設行きでしょうね、クロエは。ユーゴは身元不明なままだし……。ユーゴがわたくしの店で働いてくれていることはクロードも知っているし、引き取る手続きを取ってもらって、」


「ポーリーン」


 遮るように呼ばれ、ポーリーンは言葉を切った。

 テオドールにまっすぐに見つめられて、動きを止めた。



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